第64話 村を訪れる者

 魔法の先生として慣れてきた、今日この頃。次の授業に向けて準備をしている最中に、誰かが研究室の小屋を訪れた。この時間に珍しいな。生徒なら、そのまま教室へ向かうだろうし。準備する手を止めて、対応する。


 扉がノックされたので返事をしながら開けると、そこには見知った顔があった。


「すみません、リヒト先生」

「あれ? どうしたんですか? 授業内容で、何か質問がありましたか?」


 小屋にやって来たのは、この村で魔法を教えていたもう1人の先生だった。今は、俺の授業を熱心に受けていて、魔法について学んでいる最中。小屋にやって来たのも何か質問しに来たのかな、と思って聞いてみると彼は首を横に振って否定した。違う用事らしい。


「実は、リヒト先生にお客さんが」

「俺に?」


 一体、誰だろうか。それになぜ、わざわざ彼が俺の元に連れてきたのだろう。村の人であれば顔見知りだし、お客さんなんて言い方はしないはずだ。そう疑問に思っていると、彼の横に1人、先生とは別の男性が立っているのが見えた。


 顔を見るが、俺の知らない人だった。黒髪で、シワの入った老人のようにも見える男の顔。男は紺色のローブを、その身にまとっていた。


 村の人ではないようだ。つまり、外から来た人。商人には見えないが、そんな彼が俺を訪ねてきたという、お客さんなのだろうか。誰かと会う約束もしていないはずだし、思い当たる節がないんだけど。


 訪ねてきた人物を見ていると、見知らぬ誰かも、俺を正面からジッと見つめ返してきた。向こうも何やら、俺のことを観察している。


 しばらく観察を続けてから、見知らぬ男性が口を開く。


「貴方が、リヒトさん、で間違いないですか?」


 名を呼ばれて、確認される。向こうは俺のことを知っているのか。わざわざ訪ねてきたらしいから、当然なのか。もしかして、知り合いなのかも。いや、違うか。


 いくら考えても、やはり知り合いではない。なので本人に直接、貴方は誰なんだと問いかけてみた。


「えぇ。まぁ、俺の名前はリヒトですが。そう言う貴方は、誰ですか?」


 しかし男性は、こちらの質問を無視して答えなかった。


「魔法に関する知識が豊富で、この村の者たちにも魔法を教える教師をしている、と聞いたのですが」

「確かに、俺は村の人たちに魔法の使い方を教えていますが」


 俺の質問には答えようとせず、ローブ姿の男だけが次の質問をしてくる。


 誰から聞いたのかは知らないけど、魔法の先生をしているのは事実なので、頷いて肯定した。それで、お前は一体誰なんだ。こちらが聞こうとするけれども、すかさず次の質問が飛んできた。


「あの伝説の魔女しか使えなかったと言われている、無詠唱魔法を使えると聞いたのですが本当ですか?」


 質問しているうちにヒートアップしていくローブ姿の男性の圧に、俺は戸惑った。何なんだ、この男は。というか、伝説の魔女? 無詠唱魔法が?


「その無詠唱魔法をぜひ、使って見せて頂けないでしょうか?」


 男の口調は丁寧だけれど、拒否は許さないというような強い目を向けてきていた。流石に、ちょっと頭にきた。いきなりやって来て、誰なのかも分からないのに魔法を見せろだなんて。


「ちょっと待て」

「はい?」


 俺が手のひらを男の顔に向けて会話を止めると、男は疑問の表情を浮かべていた。なぜ止めるんだ、という表情。だけど、ようやく人の話を聞く姿勢になったのかな。とりあえず、俺の話を聞いてくれ。


「いきなり、名乗りもせずに失礼じゃないんですか?」

「も、申し訳ありません」


 ようやく、こちらの話を聞いてくれた。それから、不機嫌になっている俺の態度に気が付いたのだろう、慌てて男が頭を下げて謝ってくる。失礼ではあるけれど、謝る気持ちがあるなら良いか。


 でも、謝罪はそれだけでいいから。早く事情を説明していほしいのだけど。そんな俺の気持ちを込めて視線を向けていると、ようやくローブ姿の男は名乗った。


「私の名前は、コルネリウス。王都ロウノトア魔法学校で、教師を務めています」

「はぁ……、そうですか」


 王都にある魔法学校で、俺と同じように魔法の教師ををしている人らしい。まぁ、小さな村で先生をしている俺と比べて、王都で教師をしている彼のほうが身分は高いだろうけど。比べるのも失礼なぐらい。


 そんな人がなぜ、わざわざ俺を訪ねて来たのだろうか。どうやって、王都の教師に俺の存在が伝わったのか疑問だった。そんな俺の疑問を察したのか、コルネリウスがこの村に来た経緯について説明してくれた。


「貴方が、この村で魔法を教えていたというアルノルトから、話を聞いたんですよ」

「なるほど。彼から」


 それだけ聞いて、経緯は分かった。1年前に村から旅立っていったアルノルトか。どうやら、無事に王都には辿り着いたようだし、今は魔法学校に在籍しているのか。ちゃんと生活できているようで良かった。


 しかし、王都に居るというアルノルトが俺の事を話したのか。


 それを聞いて、こんな辺境の村まで見に来たという魔法学校の教師ね。


 一体、どんな風に俺のことを聞いたのだろうか。王都の魔法教師だという男は目をキラキラと輝かさながら、興味津々という様子で見てくる。


「アルノルトは、非常に優秀な生徒ですよ。王都ロウノトア魔法学校始まって以来の歴史に残るような魔法使いかもしれないです。そんな彼を育てたという魔法教師が、こんな辺境の村に居るとは夢にも思いもしませんでしたよ」

「はぁ」


 アルノルトが、王都の魔法学校というところで活躍をしている話を聞けて、嬉しい気持ちはある。けれども、それ以上に、なんで俺の事を話したんだアイツは、という責める気持ちが大きかった。言わなくてもいいのに。


「さらに彼から話を聞いてみると、あの歴史に残る伝説の魔女マリアにだけしか使えなかったという無詠唱魔法が使える、と言うじゃありませんか! その技を、私にも見せて下さい、ぜひ!」

「……」


 1人で白熱して喋っているコルネリウスを、俺は黙って眺めている。


 何だか、面倒なことに巻き込まれそうな予感があった。アルノルトが村を旅立ってから1年、こんな事になるとは予想できなかったが、彼に口止めしておくべきだったかな。


 今になって気付いても、もう遅いか。俺はアルノルトに何も言わず、村から旅立つ彼を見送ったことを、少しだけ後悔するのだった。

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