第63話 村から旅立つ者たち

 俺は今まで、この村での平凡な生活を続けてきた。これから先も、村から出て行くつもりは無かった。しかし他の若者たちは、そうではないようだ。


 村に立ち寄る商人から、王都やら人が多く住む街の話を聞いて夢を抱く若者たち。こんな辺鄙な村とは違って都会は凄いんだぞと語る商人の話を聞いていると、一度は行ってみたいと思うようになるらしい。




「リヒト先生、俺も王都に行ってきます」

「そうか。君も村から旅立つのか。寂しくなるな」


 俺の教え子であったアルノルトも、都会に夢見て村を旅立つらしい。報告しに来た彼の表情は、希望に満ち溢れていた。魔法を習い始めた頃の表情と同じだ。


 まだまだ教えたい魔法の知識がたくさん有るけれど、王都に行くというのならば、仕方ないか。


 彼も、もう15歳になっていた。ちょうど10年前である。彼が5歳の子供、俺が15歳だった頃に、彼の母親からお願いされて魔法を教え始めた。彼がキッカケで、今のように村の人たちに魔法を教えるようになったのを覚えている。


 その時の俺と同じ年齢になった彼は、村から旅立って王都を目指す。希望に溢れたアルノルトを、止めることは出来ない。


 出発前、挨拶をしに来てくれたアルノルトを、俺は快く送り出した。すると彼は、真剣な表情を浮かべて、こんな提案をしてきた。


「先生も、一緒に行きませんか?」

「俺も? 王都にかい?」


 一緒に行かないか、と言われた。つまりは俺も村から出ないか、と誘われていた。思いもよらない誘いに困惑していると、アルノルトは続けて必死に説得してくる。


「そうです。先生のような人が、こんな村でひっそり暮らしているのは勿体ないじゃないんですか」

「俺は、この村での暮らしが性に合っている。だから、この村から出ていくつもりはないかな」


 もう25年も、この村で暮らしてきた。今さら、この村から出て行くなんて気持ちには、ならないよなぁ。王都に対しての憧れもないし。


「……そう、ですか」


 一緒に行かないかという提案を断ると、彼は表情を曇らせた。申し訳ないけれど、アルノルトに誘われたぐらいでは、村から出て行こうなんて気持ちになれなかった。

誘ってくれたのは嬉しいと思ったけれど。だからといって、一緒には行けないかな。


「まぁ、気を付けて行きなさい」

「はい、行ってきます!」


 アルノルトを送り出すと、彼は気合を入れ直して元気よく返事をした。それから、数日後には荷物をまとめて村から旅立っていった。


 その後にも何人かの若者たちが旅立っていくのを見送りながら、俺は村に残る。


 この村で生活している人たちは、互いに助け合いながら生きている。俺も村の人に魔法を教えたり、困っていると手を差し伸べたりしている。その日常は変わらない。




「リヒト、あなたは村から出て行かないの?」

「村から出て行くつもりはないよ、母さん」


 夕食の時間、母親のゼルマが心配そうな表情で尋ねてきた。最近、村の若者たちが旅立つことが多かったから、もしかして俺も出て行くのではないかと心配になったようだ。


 これから先もずっと村から出て行くつもりはないよ、と母親のゼルマにきっぱりと言い切って安心させる。その言葉にウソはない。


「そうなのね」


 ホッとした表情になったゼルマ。しかし、また困ったような表情に戻った。今度は何だろうか。


「それなら、早くお嫁さんに来てもらわないと」

「あ、いやぁ……」


 ぐっと詰まる。結婚するつもりもない、という俺の思いについては言えなかった。もう20歳を超えた成人だというのに、まだ俺は誰とも結婚していない。その事を、母親のゼルマに強く心配されていた。


「マテウスからも、言ってやってよ」

「結婚するなら、早めが良いぞ」


 黙々と食事を続けていた父親のマテウスも巻き込まれて、母親側の味方になった。2対1となる。俺の味方は居ない。


「そうよね」

「う」


 満足そうに頷いてから、ジッと俺に視線を向けてくる母親のゼルマ。どう答えて、この話題を切り抜けようかな。俺は困った。


「リヒトは、村では人気でモテモテなんだからね。気に入った子が居るのなら、早くプロポーズを決めちゃいなさいよ」

「うーん」


 相手に困っているから結婚をしない、という訳ではない。どう説明したら納得してもらえるのか。この気持ちを、全て打ち明けるべきなのかな。元々結婚しようという気持ちが一切ない事を。


「あ。既に相手が居る子はダメだからね!」

「いやいや、そうじゃないけど」

「それなら、良かった」


 もちろん、そんなつもりは無い。結婚するとしても、既に相手が居るのなら絶対に遠慮する。それだけは、とにかく駄目だ。


「あっ、そういえばね――」


 結局、結婚について俺は答えられず。それを察したのか母親のゼルマも別の話題に変えてくれた。


 なんとか、結婚の話については有耶無耶になった。けれど、両親を安心させるためにも、やっぱり結婚はしておいたほうが良いのかな。


 でも、両親を安心させるためだけを目的に結婚するのはどうなのか。相手の女性に失礼だし、申し訳ないしなぁ。うーん、どうしよう。考えを変えて、結婚してくれる相手を探すかな。その相手を幸せにすることを新たな人生の目標にする、とか。

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