第62話 辺境にある村の魔法先生

 ある日、同じ村に住んでいる女性に呼び止められて、こんなお願いをされた。


「リヒトくん。この子に、魔法の使い方を教えてくれませんか?」

「えーっと……」


 その母親は、自分の息子に魔法を教えてくれとお願いしてきた。どうしようかと、俺は迷った。


 魔法を学びたいのなら、喜んで教えてあげようと思っている。だが、この世界ではまだ15歳でしかない若造の俺が、他所の子を預かって教育するなんて。彼の将来に対する責任を負えるのか。


 魔法の実力を隠していなかったので、そんな事をお願いされるかもしれないと予想はしていた。でも、予想していたよりも早かった。もっと大人になってから、お願いされる事だと思っていたが。


 この平和だと思われる世界では、俺の使っている魔法の使い方を覚える必要は無いかもしれないし。覚えて使えるようになったら便利だけど、生きていくのには必須の技能ではないので。


 しかも、俺の使う魔法は独自に研究してきたモノだから、村の人たちが知っている魔法とは少し違っている。それを俺が子供に教えていいものかどうか、悩む。


 それに、この村には俺以外にも魔法を教えている立派な大人の先生がいる。なので俺よりも、そっちの先生にちゃんとした方法を習ったほうが良いんじゃないかな、と思って子供の方に視線を向けてみた。


 彼は頭を下げて、こう言った。


「ぼくに、魔法のつかい方を、おしえてください。おねがいします」

「……分かりました。彼の教育、引き受けましょう」


 そんな風にお願いされたら、断れないよなぁ。少し考えてみてから、引き受けますと答えていた。俺の返答を聞いた母親は、パッと明るい笑顔を浮かべる。そして俺に向かって頭を下げて、お礼を言った。


「ありがとうございます、リヒトくん! 良かったね、アル」

「やった!」


 一瞬遅れて、アルと呼ばれている男の子も魔法を教えてもらえると分かり、喜んでいた。この子には、ちゃんと魔法の使い方を教えないといけないな。




 こうして俺は、アルノルトという5歳の子供に魔法の使い方について教え始めた。このアルノルトという男の子は魔法が好きなようで、学ぶ意欲が非常に高くて、筋も良かった。


 魔法の使い方を、凄いスピードで学んでいくアルノルト。そんな彼の成長する姿を見ていた村の人たちが、うちの子もお願いしますと言われたので引き受けていくと、1人、2人と生徒の数がどんどん増えていった。


 気が付くと、村の子供たち全員の魔法教育を俺が受け持つ事になっていた。


 この村で魔法の先生をしていた人の役目をうっかり奪ってしまうことになり、申し訳なく思って、どうしようか相談しに行った。


 すると、村で魔法の先生をしていた彼は怒ることなく、問題ないと言ってくれた。それどころか。


「それより、私もリヒトくんの授業を受けて一緒に魔法を習っていいですか?」

「えっ!? それは、もちろん良いですよ」

「では、ぜひ! よろしくお願いします」


 俺が驚きながら了承すると、彼は子供のように喜んでいた。純粋な反応だったので、微笑ましい気分になった。この村に住む人は、本当に良い人たちばかり。


 というわけで、子供たちの中に混ざって、前まで村人たちに魔法を教えていた先生だった彼が一緒に、俺の行う魔法の授業を受けるようになった。


 子供たちよりも、魔法の先生だった彼のほうが熱心に授業を受けて、学んでいた。




「俺達も、授業を受けていいかな?」

「もちろん、いいですよ。どうぞ、来てください」


 さらに、魔法の先生を務めていた彼が俺の授業に参加するようになってから、村に住んでいる一部の大人たちも俺が行う授業に参加するようになった。


 魔法を習いたいと言って、俺が行っている魔法の授業を受けに来てくれるのならば大歓迎だった。子供の生徒に、大人たちも加わり、規模の大きな授業となっていた。


 子供たちに何かを教える楽しさは、前世で自分の子供たちを鍛える時に知った。


 大人を訓練する大切さは、ずっと昔に、帝国騎士団で団長を務めていた頃に学んでいた。部族の皆と一緒に訓練を欠かさなかった時にも、彼らを強くするために色々と考えてきた。


 意外と俺は、人にものを教えることが好きなんだ、ということを自覚した。先生と呼ばれて、生徒たちに慕われるのも嬉しいと感じる瞬間だった。


 人にものを教えるのには、情報の整理が必要だった。情報を整理していると研究のアイデアをひらめく時があって、先生をするのは俺にもメリットがあるようだし。


 俺は楽しみながら、村で魔法を教える先生を務めるようになっていった。




 週に2回、研究室の小屋前に生徒たちを集めて、魔法の授業を行う。理論の授業と実技の授業、内容のバランスを考えながら教えていく。


「魔法を発動させるためには、魔力というものが必要で――」

「リヒトせんせい、まりょくって何ですか?」

「良い質問です。この魔力というのは、ですね――」


 授業を進めながら、生徒たちの質問にも答えいてく。


 やはり、実技の授業が好きな生徒が多いようだ。魔法を実際に使って覚える授業。ただ、実技だけでは魔法を使いこなせない。魔法の仕組みを学ぶ理論の授業の時に、どうやって生徒を飽きさせないようにするのかを考えるのが、大変だった。


 いつでも俺は、生徒たちからの質問を受け付けていた。授業以外の時間にも、学習意欲の高い生徒には熱心に教えた。


 生徒が増えてきて授業の規模が大きくなってきた頃、村の人たちが協力して、俺が魔法の研究室として使っていた小屋を増築してくれた。


 魔法の研究室を兼ねた、授業を行える教室となる部屋が増えた。それからは、その教室で授業を行うようになった。


 俺が授業を行うようになってから時が過ぎ、村の人たちが使う魔法は俺流の方法に変わっていった。辺境にある村に、魔法を使いこなす人も増えた。その様子を見て、俺は満足する。生徒の皆も、よく学んでくれている。


 ただ最近、魔法の使い手が村に増えたせいなのか、前まで俺が頼られていたような厄介事の解決も、頼られることが少なくなっていた。それが少しだけ寂しい。ただ、魔法の研究を進めるための時間やら、授業する時間が増えて忙しくなっていたので、ありがたくもあるけれど。


 俺の、村での生活が少しずつ変化していった。そんなつもりは無かったけれども、魔法の先生を務めることになっていた。そして、村人たちからは先生として慕われるように。

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