第61話 前世の習癖
俺は、いつものように小さな小屋の研究室で魔法の実験を行っていた。実験結果と内容をまとめて紙に書き込んで、記録していく。資料は、どんどん積み上がっていき膨大な量になっていた。
作業をしている最中、小屋の扉を叩く音が聞こえた。誰かが訪ねてきたようだ。
「はーい?」
「リヒト。今ちょっと、いいか?」
「大丈夫だよ。どうしたの、父さん?」
返事すると、小屋の中に入って来たのは父親のマテウスだった。直前まで農作業をしていたのだろう、服が手足が土で汚れていた。
「あぁ。実はな、カールさんと一緒に新しい畑を耕してたんだが土の中に大きな木の根が残っていて。俺達では掘り起こせなくて、どうにもならんようだ。それでお前に相談しに来たんだが」
「わかった。魔法でなんとかしてほしい、ってことだね」
父親の説明を聞いて、事情を把握した。土の魔法で解決してほしい、ということ。マテウスは頷いて、助けてくれとお願いしてきた。
「頼めるか?」
「了解」
断る理由もない。実験を中断して、小屋から出る。父親に案内されて、新しい畑を耕しているというカールさんの元へ向かう。
「こんにちは、カールさん」
「おぉ、リヒトくん。助けに来てくれたのか。すまんのぉ」
案内された先には、近所に住んでいる老人のカールが笑顔を浮かべながら、1人で待ち構えていた。俺も笑顔を浮かべて、カールさんと挨拶を交わす。
カールさんは頭やヒゲが全て真っ白になっている、高齢の人物なのだが、いまだに農作業をして働いている人だった。今日も新しい畑を耕しているそうだから、とても元気な人だ。
「いえいえ、これぐらいお安いご用ですよ。魔法を使えば、さっさと終わるんでね。俺もカールさんに、お世話になっているんで、ここで少しでもお返ししておきます」
「うむ。頼む」
魔法の研究室として使っている小屋は、カールさんから借りた場所だ。農作業など手伝った報酬として、貸してもらった。
自宅で研究を進めようとすると色々と危ないし、小屋に保管している道具や素材の中には、取り扱うのに非常に危険なモノもあったりする。
そのため、自宅から少しだけ離れた場所にある小屋は研究するのに最適だった。
魔法に関係する危険なモノの保管場所としても重宝している。そんな場所を俺は、カールさんから借りている。そのお礼をするためにも、喜んで手伝おう。
俺が熟練の魔法使いだという事は、村に住む人達も知っている事実だった。
時々、今回のように困っている村人から助けを求められて、魔法を使って解決するという事もあった。
「ここじゃ」
「わかった。今すぐやるから、ちょっと離れてね」
カールさんから、根っこが埋まっている部分を教えてもらう。目標を確認してから土の魔法を発動させて、集中した。地中に埋まっている木の根っこ部分も感じ取る。これかな。
地中に埋まっている根っこを発見すると、それを魔法で地表に押し出す。数秒で、土の中からボコボコと大きな木の根っこが現れた。
地表に現れたモノは、かなりの大きさだった。これを人の力だけで引っこ抜くのは非常に困難だろうな。村の男達が10人ぐらいは必要かも。
しかし魔法を使えば、たった1人でも土の中から取り出すことが簡単に出来た。
「近くに埋まっていた岩やら木の根も、ついでに出しますね」
「おぉ、それは助かるのう」
ついでに察知していた、畑を耕すのに邪魔になりそうな物を魔法を使って、地面の上へと取り出していく。畑のあちこちに、地中から掘り出された物が散乱していた。
「こんな感じで、大丈夫ですか?」
土の魔法による作業が終わって、カールに確認する。すると老人は頷いてくれた。
「あぁ。凄く助かったぞ。後は、我々で運び出すからな。ありがとう」
「助かったよ、リヒト」
魔法で問題を解決すると、カールとマテウスの2人から感謝の言葉が伝えられた。役に立ってよかった。
「俺も、それを運ぶの手伝おうか?」
「流石に、そこまでは大丈夫だ。この作業までお前に任せてしまったら、俺達がやる仕事が無くなってしまうからな」
地中に埋まっていた木の根っこや岩など、結構な量が俺の目の前に転がっている。
全てを運び出してから、この新しい畑に種を植えて、作物がしっかりと成長できるように環境を整えてあげないと。
俺も手伝おうかと申し出たが、マテウスにやんわり断られる。魔法の研究に戻って大丈夫だと、気遣ってくれているのを感じた。
それなら、お言葉に甘えて研究に戻ろうかな。
「まぁ、そっか。わかった。じゃあ、後は頑張って。何かあったら、すぐ呼んでね」
「助かったぞ、リヒト」
「ありがとうね、リヒトくん」
2人に別れを告げてから、魔法の研究室に戻ってくる。中断していた実験の続きを再開した。
こんな風に、俺は両親や村人達と助け合いながら生活していた。
魔法の研究に熱中して小屋の中に引きこもりがちな俺だけど、意外と村に馴染めていると思う。
前世の記憶が蘇る。部族で生きていた頃は、仲間達と助け合って生きてきたから。その頃の習慣が、今も変わらずに俺の身に染み付いているようだった。村の人達から助けを求められたなら、断ることは出来ない。助け合いは大事だと知っているから。
今回の人生で俺は、静かに生きようという目標を掲げていた。
けれども、人との関わりを完全に断つことは難しそうだ。
こんな村人の少ない僻地の村でも、1人きりになって生きていくのは困難なのか。いや、むしろ村に人が少ないから関係が濃くなって、関わりを断つことが出来ない、ということなのかな。
両親は健在だし、この村を出ていく予定も考えてない。今のままで問題なければ、このままで大丈夫そうだけど。
それでも出来る限りは、変な事件に巻き込まれないように注意する。静かに生きるという人生の目標を忘れずに、今日も平凡な一日を過ごしていた。
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