第59話 辺境村人の日常

 のんびりとした村で過ごしているうちに、あっという間に6年も時が過ぎていた。特筆すべき出来事が特にない。ずっと何も起きることなく、とても平和な村だった。気が付いたら俺は、赤ん坊から6歳に成長していた。


「リヒト、こっちだ」

「うん」


 父親のマテウスに連れられて、2人で畑に来ていた。そこは、父親が管理している畑らしい。快晴の空の下、しゃがんで地面に手をつく父親のそばに近寄った。


「これを見ろ」

「なに?」


 父親のマテウスに言われて、彼の手元を覗き込んだ。ウニョウニョした虫を素手に持っているのを見せられて、少し驚く。だけど、少し前に聞いたことがあった。


「なるほど。この害虫が、育った植物を食べてダメにするんだよね。こいつの対策をしないといけないのか」

「そうだ」


 覚えていたことを口にしてみたら、父親は満足そうに頷いた。それから、害虫が潜んでいる場所について、改めて丁寧に説明してくれた。俺は、その話を聞き逃さないように、注意深く耳を傾ける。


 農作業で育ててきた植物の葉っぱや茎の部分、根っこや土の中に害虫が潜んでいる可能性があるという。よく観察して一つ一つ根気強く害虫を駆除していかなければ、美味しい農作物は完成しない。そう熱心に語る、父親のマテウス。


 普段は口数が少なくて、無表情も多い。家族に対しても感情を表に出さないような人だけど、農作業の話をする時には饒舌になる。農作業が好きなんだろうな。




 俺は今、父親のマテウスから農作業についてを学んでいた。今まで、あまり触れる機会のなかった農業について改めて、父親から習っている。


 水はけの良い土づくりの方法、風通しも良くして、種まきや植えつけの前には必ずチェックする、こまめな環境の整備、収穫のやり方まで詳しく教えてもらっていた。


「まんべんなく、作物には日の光が当たるように。畑の配置は、適当じゃダメだぞ。しっかり考えなくちゃいけない。覚えておけ」

「なるほど、わかった」


 土を耕して、種を植えて、水をやるだけではダメらしい。

 

 畑に、どうやって種を植えていくのか配置を考えないといけない。土をいじって、水はけを良くしながら、日当たりも気にして、風通しには常に注意を払う。


 畑の環境づくりは色々注意するべき要素があり、必死になって頭を悩ませる。種を植えて、収穫するだけじゃない。他にも数多くの工程があって、大変な仕事だった。


「少しずつ、覚えていくといい」

「うん」


 こうして俺は、父親マテウスの畑作業を手伝いながら、農作業について学んだ。




「おかえりなさい、リヒト、マテウス」

「ただいま、母さん」

「あぁ」


 今日の農作業も無事に終えると、家に帰ってきた。母親のゼルマが迎えてくれる。どうやら夕飯の準備をしているらしい。


「手伝うよ」

「ありがとう」


 家に帰ってくるなり俺は、夕飯準備の手伝いもする。手伝いをしながら、母親から料理を習っていた。本格的なものではなくて、家庭料理だけど。


 料理に関しても農作業と同じく、今まで自分で調理したことがなかったので、知らないことも多い。だが手伝いをしているうちに経験が増えて、だんだんと慣れてきていた。


「母さん、野菜を切っておいたよ」

「バッチリね。じゃあ、今日のレシピは」


 実技を交えながら、味付けや調理法の説明を聞いて覚えていく。誰かに披露する、という予定もないがとりあえず、俺は料理の方法を学んでいた。


 1人でも満足できるぐらいの料理が作れるようにはなった。これから腕を磨いて、美味しい料理を作れるようになりたいと思っている。


 今までの人生で、学んできたことは戦い方ぐらい。今回は、モノづくりについての勉強をしてみようかなと思った。それで、両親から農業と料理の方法を学んでいる。


「はい、完成」

「美味しそうだね」


 料理が完成した。完成したばかりの料理を、お皿に移していく。その美味しそうな匂いに、空腹感を刺激される。


「あの人が、いつもの表情でお腹を空かせて待っているみたいだから。早く、持っていってあげましょう」

「そうだね」


 父親マテウスの仏頂面を思い浮かべながら、お腹を空かせている場面を考えてみると面白かった。母親と視線を合わせて笑いながら、完成した料理をテーブルに運ぶ。


「どうぞ」

「うむ」


 母親ゼルマがテーブルの上に置くと、マテウスは言葉少なく返事をした。そして、すぐさま完成したばかりの料理を食べ始める。だいぶ、お腹が空いていたらしい。


 俺たちは3人家族で、平和な時間を過ごす。農作業で働き、料理の手伝いをして、美味しいご飯を食べた。ゆっくりと時間が流れている。今までの人生と比べて、また違ったペースで時が流れていった。




 また、別の日。農作業の手伝いを終わらせた後に俺は1人で、村からは少し外れた場所にある小屋の中に入った。


 近所に住んでいる、とある村人の仕事を手伝って、対価として小屋を借りたのだ。村の人が誰も使わないで長年放置されていた小屋で、今は俺が利用している。


 その小屋の中で、俺は魔法の研究を行っていた。


 俺が今、研究しているのは木や石などのような物体に体から放出した魔力を移し、再放出することは出来ないかどうか。それを試している途中だった。


 このような研究を進めていけば、魔法道具と呼べるようなオリジナルのアイテムを自作できる、かもしれないと考えていた。研究に成功すれば、かなり多くの利用法がありそうで、発展していきそうだと感じていた。


 魔法や魔力、アイテムの自作や新しい活用法。そんな事を日々考えながら、楽しく研究に没頭していた。


 時々、村に立ち寄る商人から少しずつ素材や道具を買い込み、小屋の中に保管して実験する時に使っている。この小屋は、研究室という感じで便利に使わせてもらっていた。


 お金は、近くの森に生息している獣を狩ってきて、皮や肉を売って得ていた。


 この世界でも、俺は狩りをしている。動物の殺生は、大丈夫なのだろうか少し心配だった。転生の条件に引っかからないか。だけど、殺すことがダメだと考えるなら、農作業で育てた作物を収穫したら、植物の殺生とかに当てはまってダメそう。


 どこまで該当するのか考えた。俺が出した結論。とりあえず、殺人だけは犯さないように注意して、獣は狩ることにした。


 前世でも狩りは沢山経験してきて、得意である。魔法の練習も兼ねて、1人で森に入り、獣を仕留めていく。


 狩りの成果を家に持ち帰ると両親は驚いていた。これは魔法で仕留めたんだと説明すると、2人は納得していた。その後、危ないことをして怪我だけしないように気を付けなさいと、何度か注意された。だが、1人で狩りすることは認めてもらえたので、良かったと思う。




 今までの俺は、戦ってばかりの人生を送ってきた。今回は、父親から農業を学び、母親からは料理を教えてもらっている。魔法の研究も進めて、魔法道具を作ってみるモノづくりにも挑戦していた。


 辺境の村で生活することになって、暇になるかもしれないと思っていたけれども、案外やることが多くて忙しい毎日を送っている。

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