5周目(異世界ファンタジー:魔法教師)

第58話 今度は静かな人生を

 再び転生した。またまた、赤ん坊である。長い長い人生を終えたと思ったら、最初から人生を再スタートさせられる。


 いつも通り、この世界でもリヒトという名前で呼ばれて、彼らが話している言葉も聞こえて、しっかりと内容が分かった。


 名前は変わらず言葉も分かるというのは、これから新しい人生を過ごすのに不便がなくて、ありがたいとは思うけれど。


 今度は、どこかの国にある小さな村に生まれたようだ。貴族とか部族ではないな。周りを森林に囲まれている、のどかな村だった。そこで暮らしているのは、おっとりしているような人たちばかり。おそらく、辺境の地なんだろうと思う。


 俺が生まれたのは、平凡そうだが仲の良さそうな夫婦の一人息子である。兄弟は、居ないようだ。農民らしくて、毎日畑を耕したりして農作業をしている。


 その村の人達は、日常で魔法を使っていた。これは良い発見だな。新しく生まれた世界では、魔法を使っているのか。その様子を観察してみた。


 しばらく観察を続けてみて分かった。どうやら、俺の知っている魔法と似たような技術だった。呪文を唱えて、杖を使い、魔法を発動している。俺の知っているモノと非常に似ているような。俺が初めて魔法を習得して、貴族として生きてきた世界と。


 もしかして、俺が知っているあの世界に転生したのだろうか。そんな事ありえるのかな。疑いながら、少しだけ期待しながら村人たちの使っている魔法を注意して見てみた。すると、どうやらちょっと違っていたようだ。


 よく見てみると、俺の知っている魔法とは少しばかり違いがあることに気付いた。似ていると思ったけれど、やっぱり違うのかな。似ている部分はあるけれど、完全に違っている部分もある。


 村人の使っている魔法は効率が悪いし、技術も拙い。しかも、やり方が洗練されていない。なんというか、俺の知っている魔法技術と比べてみると古い感じがした。


 いや、しかし。結論を出すには早いだろうか。


 どうやらここは、僻地にある村みたい。なので、村人たちはちゃんと魔法を習っていないから、俺にはそう見えるのかしれないな。もっと多くの人たちが、住んでいるような街に行ってみれば、俺と同じ魔法を使っていることが分かるのかも。


 ここは、俺の知っている世界なのか、村を出て、外に調べに行ってみたら判明するかもしれない。だが今回の人生では、静かに生きようと俺は決意していた。一生を、この小さな村で過ごして、静かに死のうと考えていた。


 前回の俺の人生は、完璧に達成していた。妻を持って、子供が生まれたし、仕事は順調に進んで、お迎えが来るまで全力で生き続けて、人生を全うした。それで、少し疲れた。頑張りすぎたのかもしれない。


 人生を完全に成し遂げて死んだのに、転生のループは終わらない。あれ以外には、繰り返す転生を終わらせる条件が何なのか、思いつかない。


 繰り返す転生を終わらせる方法なんて存在していないのかもしれない、と思った。いや、何かあるはず。永遠なんて、ありえないだろう。ゾッとするような考えを振り払うために、俺は頭を悩ませ続ける。終わらせる条件があるとするなら何だろうか。


 普通の現代人だったはずの俺は知らぬ間に死んで、気付いたら転生していた。


 実の兄に憎まれて殺されるという悲惨な結末を迎えて、転生した。


 命を懸けて仲間を助け、 悲劇的というような最期を迎えても転生した。


 寿命が尽きるまで幸福な人生を送っても、また転生した。


 ならば、あとは何だろう……。考えてみても、思いつかないな。うーん。


 それぞれの人生の共通点とは何かを考えてみる。思い至る事が、一つだけあった。俺が、どの人生でも誰かを殺している、ということ。


 実の兄を殺したし、帝国騎士団を率いて他国と戦争して兵士を殺したし、部族との戦いでも他部族の戦士たちや帝国の兵士を殺したことがあった。


 どの人生でも戦って、殺人を経験している。いやでも、最初に転生した時には誰か殺したなんて記憶はない。


 いや、どうだろう。最初の人生についての記憶は思い出せない。今まで転生を繰り返して、色々な思い出が増えたから。忘れてしまった記憶も多くある。特に、最初の人生の記憶なんて曖昧だった。だとしても、普通の現代人なら殺人なんてしないはずだが。いや、でも。分からないな。


 とにかく、転生が始まってから今までの人生の中で誰かを殺してきた。生きるためには仕方なかった。そういう世界だったから。だけど。


 もしかすると、人生の中で一度でも殺人を犯してしまえば転生する、という可能性はないだろうか。


 その予想が合っているのかどうか、一度自殺をしてみて、人生を早々に退場すると分かるかもしれないと思った。殺人を犯さずに人生を終えた場合に、どうなるのか。しかし、それを試してみる勇気は俺にはなかった。


 何度か死を体験して、転生して、新しい人生が始まるのを繰り返してきたけれど、慣れるものではない。死ぬ時は、いつも怖い。いくら繰り返す転生を終わらせたい、と思っていても、自分で死ぬなんて考えられなかった。


 だから、その思いついた方法は試せない。なるべくなら、この考えが当たっているのかどうか、早く答えを知りたいけれど。それよりも、恐怖が勝つ。俺は生きたい。


 それに、そもそも人を殺したなら転生する、という予想が当たっているのならば、自分を殺した場合にも殺人に含まれそうだった。また転生して、新しい人生が始まる可能性があるよな。


 だから、今回は静かに暮らそう。何の事件にも巻き込まれないように、危なそうな場所には徹底的に近づかないようにする。小さな村で一生を過ごして終えてみよう。


 そうすれば、予想した条件には当てはまらず、繰り返しの転生人生が終われるかもしれない。そんな結論に至った。


 ただ自衛は出来るように、最低限は鍛えておこうかな。


 毎日訓練するのは、今まで転生を繰り返してきて染み付いてしまった欠かすことの出来ない習慣だった。強くなって実力がつくと、また何かの事件に巻き込まれそうな気もしていた。今までが、そうだったから。平穏な人生なんて、程遠い。きっと何か起こってしまうはず。


 それなら、鍛えることを止めたほうが良いかもと思った。戦いの実力なんて磨かずに、大人しく暮らしていくだけで大丈夫なはず。そんな考えもあった。


 だが、常に腕を磨いておかないと不安でしょうがなかった。鍛えることを止めようとすると、ストレスが溜まるから精神衛生上よくない。


 そんな言い訳を自分にして、体を鍛えることは止めないと決めた。


 それとまた、魔法の研究を進めてみるのも良いかも。1人で静かに研究に没頭し、出来ることをやりながら寿命が尽きるまで、暇をつぶす人生でも送ってみようかな。


 だから、今回の人生では妻を持つことも控えようと思っている。ナジャーやラナ、その他の妻たちとの記憶を大事にして、しばらくは1人で生きていこう。


 赤ん坊の頃からそんな事を考えて、早いうちから人生プランを立てていく。今度の俺の人生は、どんなものになるのか。楽しみでもあり、怖くもあった。

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