第50話 元ラビア族の少女

 俺は次の族長を決めるための力比べで勝ち上がって、族長のタミムにも勝利した。ナジュラ族の中で一番に強い者として、族長の立場を受け継ごうとした瞬間だった。


 待ったをかける少女の声が、闘技場に響いた。


「君は?」

「私の名は、ラナ。お前に勝負を挑む!」


 ビシッと指をさしてくる少女。俺よりも少しだけ年上ぐらいに見える少女が、宣言しながら近付いてくる。


 彼女は肩で風を切って歩き、俺の目の前までやって来た。身長は俺よりも低くて、まだ幼い顔立ち。スラッとした体型に、金色の綺麗な髪の毛と、真っ白な肌だった。


 なんとなく見覚えがあった。彼女は、ラビア族と合流する時に見かけた子だったと思う。


 そんな彼女に勝負を挑まれて、どう対処するべきか俺は困惑していた。周りにいる者たちも、面白そうだという表情で眺めている。


 大人たちは止めに入らなくて、見ているだけだ。周りから見たら、小さな子どもが揉めているだけなので止める必要もないと思っているのかな。


「ラナ!」


 また別の、女性の声が聞こえてきた。今度は大人の女性のようだ。慌てて闘技場に上がってきて、ラナという名前らしい少女に走り寄って、抱きしめた。


「申し訳ありませんでした、リヒト様!」


 金髪のふくよかな女性が焦りながら額に汗を流して、ラナを腕に抱いて涙目で俺を見上げる。そして必死に、心の底からの謝罪された。そんなに謝ることでもないが。


「馬鹿な娘が大変なご無礼を働いてしまい、お詫び申し上げます! 本当に、申し訳ありませんッ!」

「大丈夫ですよ。気にしてないから」


 ラナの母親かな。体型は真逆だが、髪色は同じ金色だし、顔も似ているような気がする。泣きそうな顔で必死で謝られると、罪悪感が凄い。もちろん許すよ。


 しかし、必死に謝罪を続ける女性に抱きしめられていたラナは、女性の腕の中から俺に視線を向けてくる。反省した、というような様子はない。


「アタシと勝負しろ、リヒト!」

「こ、コラ! リヒト様に対して、そんな言葉遣いダメでしょ!」


 俺の名を呼び捨てにして、母親に怒られているラナ。そんな彼女は、母親の言葉を聞き流しているようだった。


 そんな娘の態度を見て、どうして勝負をしたいのか理由が気になった。


「どうして勝負を?」

「アタシが代わりに、族長になる」

「馬鹿なことを言ってるんじゃないよ、この娘はッ!」


 信じられないという表情で、娘のラナを叱りつけて、必死で止めようとする母親。しかし、それでも止まろうとしない彼女。本気で戦うつもりのようだ。


「まぁまぁ。お母さん、落ち着いて。俺は、そんなことで怒らないから」

「ッ……!」


 母親は顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたりして、見てると可哀想になってくる。ラナが、それを気にしていないのも哀れだった。


「リヒト、彼女に挑まれた勝負を受けるんだ。今回の力比べは、誰の挑戦でも認めると言ってしまったからな」

「うん。わかったよ」


 横で見ていた父のタミムが、面白そうだという表情で言う。確かに今回、そういう条件を提示していたな。とりあえず、少女ラナの勝負を受けることにした。


「ということで、お母さん。その娘を離してあげて」

「そんな、でも」


 俺がそう言っても、ギュッと抱きしめて、ラナを離そうとしなかった。


 大切な娘だろうし、とても心配だろうな。俺も子どもとはいえ、成長している体は既に、大人のようにも見える。男女の違いがあって、鍛えている。身長差もあるから怖いと思う。戦ったら、怪我するかもしれない。最悪の場合、死んでしまうかも。


 まあ、そんな事はない。彼女もナジュラ族の大切な一員だから。族長として、皆を守るのが役目でもある。だから、安心してほしい。


「大丈夫。怪我はしないように、細心の注意を払って手加減するから」

「むっ! アタシに手加減なんて、必要ない。本気でかかってこい」

「ありがとうございます、リヒト様。よろしく、おねがいします」


 疲れた表情を浮かべて、ようやくラナを離した。そして、闘技場から降りるラナの母親と、俺の父親であるタミム。


 もちろん手加減する。実力差は、明らかだったから。戦う前に、見て分かるほど。それに、大人に近い体つきの男が、少女を殴り倒す場面なんて印象が悪すぎるから。力加減は気を付けないと。


「それじゃあ、よろしくね」


 闘技場の上で、俺とラナの2人が向かい合った。ちゃんと審判も居て、勝負が開始した。すると最初に彼女は、名乗りを上げた。


「私の名はラナ。ラビア族、ハラフの娘だ!」

「ハラフの娘?」


 彼女が言ったハラフというのは確か、ラビア族の族長だった男の名前だったような気がする。ちゃんとは覚えていない。けれど、彼女の父親がラビア族の族長だとするなら、彼女の目的は俺に復讐することか。


「ヤァァァ!!」


 覇気は凄い。幼い女の子にしては、かなり力とスピードがあるようだった。誰かに教えてもらった、という動きでは無いようだが。なかなか様になっている。これは、かなり戦いの素質がありそうだった。


「ウォォォッ!」

「うん」


 しかし、磨いていない原石は、残念ながらただの石だった。輝きを放つためには、ちゃんと磨いてあげないといけない。ラナは、まだ誰にも磨かれていない。勿体ないと、彼女の動きを見て思った。


「くっ! 当たらない! でもっ!」


 攻撃を避け続ける。彼女が疲労するのを待った。これなら、彼女は怪我を負わずに終わらせることが出来るだろう。


「ハァ、ハァ……ッ。まだ……まだッ!」


 攻撃する手を止めない。根性もある。しかし、なぜそうまでして族長にこだわるのだろうか。理由を知りたかったので、彼女に聞く。やはり俺の予想した、復讐という線が濃厚かな。


「なぜ、そんなにまでして族長の座が欲しいんだい?」

「フゥ、ッフゥ、フゥ……。強く、なるために!」


 先ほどまでの激しい動きを止めて、呼吸を整える。俺の質問に答えてくれた彼女。その答えは、予想と少し違うな。さらに詳しく、少女ラナの話を聞いてみる。


「それは、俺に復讐するためか?」

「はぁ、はぁ……。ふくしゅう? なんで?」


 俺の問いかけが、あまりにも予想外だったのだろうか、キョトンとした表情で聞き返してくるラナ。あれ、俺の予想ではそっちかと思ったんだけど。違ったみたいだ。


「君の父であるハラフを殺したのは、俺たちだから。その復讐かと思ったんだけど」

「そんなことは、どうでもいい。それにアイツは、母さんをイジメるから嫌いだ!」

「そうなのか。イジメる?」


 家庭内暴力、ということだろうか。


 俺は、ラナの母親の方に視線を向けた。しかし、彼女の顔や体に目立つような傷は見当たらない。本当にイジメられていたのかな。家庭の事情をラナが話してしまったことが恥ずかしかったのか、彼女は顔を赤らめているし。


 なんとなく、少女ラナの勘違いだと思った。事実は分からないけれど。


「それじゃあ、なんで強くなりたいと?」

「理由なんてない。アタシは強くなりたいだけ! 誰にも負けないくらい。アンタにだって負けない!!」


 シハブのように、好きな人を守りたいから強くなる。そんな考えがあるというワケではないのか。ラナはただ純粋に、強くなりたいだけのようだ。


 俺が彼女に戦い方を教えてみようかな。強くなりたいという理由だけなら、部族の訓練に参加させるだけで十分。だけど、彼女は直接指導してみたい、鍛えてみたい、と思ってしまった。それほど素晴らしい素質の持ち主だったから。かなり鍛え甲斐がありそうなので。


 それに彼女を放っておくと、色々と無茶をしそうだし。部族内で問題を起こさないよう、近くに置いて見張っておいたほうがよさそうだと思ったから。


「強くなりたいなら、俺が戦い方を教えようか?」

「え? 本当に? ウソじゃない?」


 ラナは目をキラキラさせて、何度も確認してくる。この提案は、素直に受け入れるのか。俺に対して、憎しみも抱いていない様子。


 単純に強い者に憧れを抱いているだけのようだ。先程の戦いで、俺の実力を認めたらしい。


「本当だよ。それで、どうする?」


 強くなれるように戦い方について教えてあげようと、俺はラナに提案した。すると彼女は、俺に向けて勢いよく頭を下げた。


「よろしくお願いしますッ!」


 初めて、礼儀正しく対応してくれた少女ラナだった。こうして彼女は、俺の弟子になった。

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