第49話 新たな族長
元ラビア族と合流したことによって、ナジュラ族の規模は大きくなった。
彼らと少しずつ融和を図り、互いに一つの集団であることに慣れていこうと努力をした。
元ラビア族の女性たちは最初の頃どうなるか、将来を不安がる表情を浮かべながらナジュラ族の拠点で過ごしていた。
ナジュラ族の女性たちと一緒に生活していくうちに、どんどん慣れていって危険がないことを理解してくれたようだ。徐々に、不安そうな表情は消えていった。
最近はナジュラ族の男たちに対する恐怖も無くなって表情が明るくなり、俺たちも安心した。良い関係になった者たちも居た。
子供たちは慣れるのが早かった。すぐに子供同士で仲良くなり、楽しそうに拠点で一緒に遊んでいる様子をよく見かけたりする。
そんな感想を述べる俺も、子供たちとは変わらないような年齢だった。精神的には大人だし、体も成長している。なので、大人たちの中に混じって訓練する日々を送っていた。
元ラビア族の戦士たちは、ナジュラ族が訓練している様子を見学しに来る。
草原で、走り込みをしつこいくらいに繰り返して体力を鍛えている、そんな特訓を続けているのを見て、怪訝な表情を浮かべていた。
ナジュラ族の特訓には参加せずに、ラビア族に伝わるという彼ら独自の訓練方法でトレーニングしていた。
それぞれの部族に、それぞれ特有の受け継いできた特別な鍛錬方法が有るようだ。チラッと見せてもらったけれど、やはりちょっと効率が悪いような気もする。だが、それを指摘して直させるほどの関係も築けていないぐらい。余計な口出しはせずに、しばらく様子を伺ってみようと思った。
まだ少しだけ、部族一丸にはなりきれていない部分もありつつ。それぞれが戦いに備えて、日々の訓練を積み重ねて鍛えていた。
それから、しばらく時間が経った。警戒していた大勢力のワフア族とバディジャ族は、どちらも戦いを仕掛けてくる様子はなかった。とても平和な日々が続いている。とりあえず、安心して大丈夫そうな状況になっているかな。
気を抜かないように、警戒は続けるけれど。
そんな時に、族長のタミムが戦士たちを訓練場に集めた。皆が集まったことを確認してから彼は、こう言った。
「俺は今日で、ナジュラ族の族長を引退する。ナジュラ族の次の族長を決めるため、力比べを始めよう。力に自信がある者は、参加しろ。優勝した者が次のナジュラ族、族長に任命する」
集められた戦士たちは話を聞いて驚き、ざわついていた。急な話だったから。彼が族長を辞めると言い出すなんて、何の予兆もなかったから。
その場にいる皆が、驚いた表情を浮かべていた。事前に誰も、タミムが族長を辞めるという話は聞いていないかったようだ。俺も、これは初めて聞く話。最近は一緒に行動することも多かったが、相談すら無かった。族長1人で決めたことなのだろう。
「俺たち、元ラビア族も参加を認められるのか?」
恐る恐る手を上げて、質問をした元ラビア族の人間。その場には、ナジュラ族だけでなく元ラビア族も集められていた。族長のタミムは、彼らも呼んでいた。
質問を聞いて、頷きながら答える族長のタミム。
「もちろん。お前らは既に、ナジュラ族の一員になっている。ナジュラ族であれば、力比べに参加する資格があるぞ。そして、後ろにいるお前達もな」
元ラビア族との戦いから逃げ出した者たちも、力比べの参加を認められた。実力があればちゃんと認めて、族長になれるというチャンスが与えられた。
「俺たちも……!」
話を聞き、やる気を出す者たち。この力比べで結果を出して、少しでも前の立場に戻ろうと頑張るつもりのようだ。残念ながら、見込みがある戦士は少ないけど。
力強い者が部族の中で発言力を持ち、立場を決める。元ラビア族が加わってから、初めて行われることになった力比べだ。その結果によって、次の新たなナジュラ族の族長が決まる。
武器は持たずに、己の鍛えた肉体だけで勝負をする。前回の俺は、族長のタミムにギリギリで負けた。身体強化の魔法は使わず、鍛えた体だけ使って勝負した。
その時に比べて、体も成長している。身長の違いによるリーチの差は、まだ僅かにあった。けれど前ほど、不利になるような大きな差はないはず。
そして今回は、族長のタミムが力比べに参加しない。次の族長を決めるためなので観戦している。だから俺は、次々と勝ち上がっていった。
元ラビア族の戦士を倒し、戦場から逃げ出したナジュラ族の戦士も倒して、親友で弟子のような存在でもあるシハブにも勝った。こうして、順調に力比べを勝ち進み、あっさりと優勝の座を手に入れることになった。
「やはり、お前が勝ち上がってきたか。嬉しいぞ、リヒト」
「ありがとうございます」
力比べの結果が出て、嬉しそうな表情で俺を褒めてくれる族長のタミム。俺が勝つだろうと、予想していたらしい。
これで、族長の座は俺が引き継ぐ、ということになるのかな。
そう思っていると、今までの戦いを観戦していた男が構えた。タミムは、これから俺との戦いを始める気のようだ。
「強い者が上に立つ。俺に勝てれば、お前が族長だ」
「そういうことか」
タミムの言葉を聞いて、俺も構えた。戦闘態勢に入る。彼を倒して初めて、族長の座は受け継がれるようだ。
前の力比べでは負けてしまったが、その時の再戦が叶った。
身体強化の魔法は無しのまま、今まで鍛えてきた体だけで今度こそ勝ってみせる。勝ちたいという気持ちが湧き上がってきた。
「ふんッ!」
「ん!」
先制は相手から。タミムの拳が、容赦なく俺の腕を打つ。ものすごい力でぶつかり合っていた。肉を打つ音が、訓練場の中に響き渡る。でも、前の時に感じていた力の差は縮まっているように思えた。何か警戒して、タミムは力を抑えているのか。
冷静に相手の動きを観察して、対処していこう。
「くっ!」
「はッ!」
お互いが、体を掴もうと腕を伸ばすが避け合う。リーチの差は無くなったと思ったが、その少しの差が大きかった。手が届く前に避けられてしまう。もっとスピードを上げないと。
焦るなよ。自分に言い聞かせて、戦い続ける。どっしり構えて、今回は負けない。
「ドリヤァ!」
タミムは早々に勝負を決めようと、体を低くして一気に接近してくる。この瞬間を狙っていたのかな。ならば、カウンターで。
「甘いッ!」
「なにッ!?」
ものすごいスピード、だが前にも見た。前回の俺は足を掴まれて投げられた。だが今度は俺がタミムの足を捕まえて、そのまま一気に彼を上空へと放り投げた。
「しまっ――!?」
空中に居る、タミムの驚いた顔が見えた。俺の顔は、ニヤリと笑っているだろう。思い通りに返すことが出来たから。
「クッ!?」
「リヒトの勝ちッ!」
姿勢を立て直そうとするけれども、間に合わず地面に足がついた。闘技場の外に、体が出てしまったので負け。前とは逆となって、俺が勝った。
身体強化の魔法も使わずに勝てたことが、嬉しかった。そして、勝ててよかったと安心した。
「強くなったな」
「うん」
闘技場の上に戻ってくると、タミムが目の前に立つ。タミムは微笑みながら、俺の成長を喜んでくれた。その言葉が聞けて、本当に嬉しかった。
「これから、ナジュラ族の新しい族長はお前だ」
「うん。任せて」
周りで戦いを見守っていた戦士たちが、声を上げ祝福してくれた。ちゃんと認めてもらえているようで、良かった。
こうして、ナジュラ族の新しい族長が決まった。と思われた、が。
「おい! アタシとも戦え!!」
「ん?」
闘技場の上に居た俺の耳に、少女の声が聞こえてくる。誰かが、その場に乱入してきたのだ。
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