第44話 抗争前のミーティング
俺は偵察を無事に終えて、ナジュラ族の拠点に戻ってきた。すると、抵抗して戦うことに反対していた部族の長老や大多数の大人たちが逃げ出した、という事をシハブに教えてもらった。
ラビア族との戦いを反対した者たちが逃げ出したことによって、ナジュラ族にいる戦士の数は一気に半減した。長老たちは、もとから戦力に含まれていなかっただろうけど、戦える大人たちが逃げ出してしまったのは痛い。これから俺たちは、ラビア族に立ち向かおうと考えているのに。
戦闘している最中に逃げ出していたかもしれないと考えたら、今のうちに逃げ出してくれたほうが、まだマシだったのかも。そう考えないと、やっていられない。
「仲間たちを見捨てて、戦いから逃げ出すなんて。奴らは、腰抜けの卑怯者だッ!」
「落ち着け、シハブ」
シハブは怒り、逃げ出した奴らを罵っていた。俺も戦いを恐れて逃げ出した奴らに対して、色々と思うところはあった。けれども今は、とりあえずラビア族との戦いに向けて準備しないといけない。
俺たちは急いで、族長のタミムに偵察をした結果についての報告に向かった。
「1人で偵察したのか。なんて、危険なことを……」
「必要だったので。それに、敵には発見されなかったので大丈夫です」
ナジュラ族の拠点中央、族長の専用住居で戦いの準備をしている最中のタミムに、俺が1人で敵の偵察に行ったと報告した時、彼は大きく口を開けて絶句していた。
必要なことだと思ったので偵察しに行ったと、冷静に伝える。
「ッ!? ……そうか。無断で偵察しに行ったことについては、この際、一旦置いておく。それで、敵の状況はどうだった?」
何か言いそうになったが、口を閉じたタミム。気持ちを切り替えて、偵察してきた情報の説明を求めた。族長も落ち着いてくれている。一刻を争うような状況だ。今は余計なことなど言わず、俺が偵察して集めた情報だけを聞こうとするタミムは、話が早くて助かる。
流石、族長をしているだけあると思いつつも、俺は手に入れた敵の情報についての詳細を、タミムに一つ一つ説明していった。
「そうか。ラビア族と我々は、そんなにも戦力差があるというのか。それなのに、俺たちで勝てるというのか?」
「大丈夫です。勝てます」
敵の情報を聞いて、弱気になってしまう族長のタミム。戦う準備を終えて、周りに集まってきて、俺の話を耳にした若い戦士たちも、不安そうな表情を浮かべていた。
ラビア族の要求を拒否して、戦うと言ったが本当に勝てるのか、と動揺している。さらに、その向こうにはナジュラ族の女性たちと、まだ戦いに出られない子供たちも心配そうに、俺たちへ視線を向けてくる。
彼らや彼女らも、これから始まろうとしているラビア族との戦いの空気を感じて、不安になっているようだった。
そんな者たち背後にいると意識しながら俺は、勝てます、と自信満々に告げた。
なぜ俺が、そう思ったのかについての理由をタミムに説明していく。敵を偵察して感じた、攻め込むスキについて。
それから、シハブには簡単な戦術についても説明した。前世で帝国騎士団の団長を務めていた時に学んだ知識と経験から導き出し考えた、勝つための戦い方について。
俺の説明を聞くシハブの表情にも、力強さが戻ってきていた。
「お前一体どこで、そんな事を覚えたんだ? いや、今は聞いている暇はないな」
俺の説明を聞き終え、疑問を持ったシハブが聞きたそうにしていたが頭を振って、話を先に進めた。
「それよりも今回の戦いの指揮は、お前に任せる」
「え? それは」
俺よりも、族長であるタミムが指揮を取るべきだろう。そう考え、拒否する寸前になって、俺は口を閉じていた。少し、考え直す。指揮を任せてもらえるなら、全力で立ち向かうことが出来るだろう。
「分かりました、指揮は俺に任せてください」
戦いが始まったら、戦場で指揮する者が必要だ。本来ならば、部族のトップであるタミムが務めるべきだと考えていた。
しかし、ラビア族との戦いに勝つためには戦術をしっかり把握しておく必要があるだろう。こんなギリギリの直前に説明していたら、思った通りに指揮するというのは難しいだろう。だから指揮することが出来る俺が責任を負って、今回の戦いの指揮を取るべきなんだ。
タミムに言い放った。周りから様子を見ていた青年戦士たちにも、俺が指揮を受け持つと。これから俺たちは、ラビア族に戦いを挑む。奴らの理不尽な要求を拒否するために。
「俺が、指揮することになった!」
そう言って、皆の反応を見る。俺が指揮することに、反対する者は居ないようだ。俺を信じて、ちゃんと指示に従ってくれる。
残ってくれたナジュラ族の戦士たちと、まだ若い戦士に向けて宣言した。
「絶対に勝つぞ」
「「「おう!」」」
「リヒト様!」
「ナジャーか」
ナジュラ族の拠点から出陣する直前、女性の声に呼び止められた。ナジャーだ。
彼女は目の前で祈るように手を組んで、気遣わしげな表情をして俺に聞いてきた。今では、背の高かった彼女と同じぐらいな高さの身長まで成長した俺は、ナジャーと目線を合わせる。
「大丈夫、なのでしょうか?」
色々な思いのこもった質問だった。彼女の問いかけに、俺は笑顔を浮かべて頷き、言った。
「大丈夫、安心して拠点で待っていて」
「はい!」
ナジャーの肩に手を置いて、伝える。
俺の言葉を聞いて、少しは心配が和らいだだろう。わずかに表情が明るくなった。ナジャーの後ろに、他にも集まってきていた女性たちがいるのが見えた。よく会話をしている、女性たち。
「「「生きて、必ず帰ってきてください」」」
「もちろんだ!」
この戦いで、死ぬつもりはない。彼女たちを残して逝くことも。
彼女たちにも笑顔を向けて、安心させる。絶対に生き残り、守らなければらないと、心に誓いながら。
「それじゃあ、行ってくる」
「ご武運を」
ナジャーと他の女性たちに見送られながら、俺はナジュラ族の拠点から出陣した。
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