第43話 敵情視察

 敵の偵察をするため、俺は1人で草原を走る。まだ明るい時間なので、向こうには見つからないように気を付けながら、敵を発見しなければならない。敵に見つかった場合には、逃げられるよう十分な距離も確保して。


 見つかったら、ナジュラ族の皆にも迷惑をかけるだろうから、気を緩めないように集中して敵を探した。


 魔力を目に集中させて、視力を上げる。これで遠くの方もよく見える。身体強化の魔法で、こういう使い方が出来ることを最近になって気が付いた。前は出来なかった魔力を体の一部にだけ集中させる方法を習得して、今では出来るようになったのだ。


 他にも、足だけに魔力を纏って走る速度を上げる方法も習得している。今、走っただけで地面が抉れていくほどの力を込めて、猛スピードで草原を駆けていく。


 遠く離れた所に、武装した人間たちが居るのを発見した。あれが、ラビア族かな。


 足を止め、気配を消して徐々に近づき観察する。そこは、ラビア族がナジュラ族に女子供と食料の受け渡しに指定した場所だった。近くで待機しているようだ。


 遠距離から観察を続ける。普通の人間の肉眼ならば見えないだろう距離。望遠鏡があったとしてもかろうじて見えるかどうか、というほど。


 まぁ、この世界に望遠鏡があるのかどうかについては知らないが。


 とにかく、敵を発見したので観察を続ける。しかし、なぜ奴らは急にナジュラ族を標的にしたのだろうか。


 この草原には暗黙のルールとして、大勢力が中勢力や小勢力といった武力に格差のある部族には戦いを挑んではならない、というものがあると聞いたことがある。


 そのルールが、今まで守られてきた。過去に何度か破られたこともあるらしいが、何十年も前のこと。つまり、とても珍しいことだ。


 それを今回、ラビア族はルールを無視をしてナジュラ族に仕掛けてきた。しかも、理不尽な要求を突きつけて。この事実を他の部族が知ったら、ラビア族の評判は地に落ちるだろう。


 それほどのリスクを負い、理不尽な要求をして、武力で脅してきた理由は何か。


 さらに言えば、最近は中勢力同士の争いが沈静化していて、戦いもなく平和なものだった。というのも、大勢力同士の戦いが激化していたようで、情勢を見極めるため中勢力の部族は静かに過ごしていた。


 もしも、どこかの大勢力が敗れた場合には標的にするため。中勢力の部族が、上に戦いを挑むのは特に問題にはならないので、弱っているタイミングで漁夫の利を狙って戦いを仕掛けることはある。返り討ちにされることも多いけど。


 ラビア族とワフア族、バディジャ族の三大勢力同士の戦いで大きな何か、があったのだろうか。例えば、ラビア族が他の部族に仕掛けて手痛く負けた、とか。


 戦いで負ったダメージを回復するために、ナジュラ族から人と物資を奪い取ろうとしたのだろうか。


 俺は、ラビア族の事情について考えを巡らせながら敵の観察を続けていた。


 敵の数は、やはり多い。ざっと数百人ぐらいは居るだろうか。ここ以外の場所にも待機している可能性がある。流石、大勢力だと言われるだけあって戦士の数が多いな。敵の数が多いと、それだけで厄介だった。


 ちなみにナジュラ族は、100人ぐらいだ。中勢力の部族では、それぐらいの数が普通だった。


 ラビア族の戦士たちは、それぞれ立派な装備を身に着けていた。革でできた立派な鎧、刃の部分がピカピカと輝いている質の高そうな立派な剣、弓もしっかりと手入れしてあるようで、誤射は少なそう。ナジュラ族のモノと比べてみると、装備の質でも圧倒的に向こうが上。


 ただ、戦士の練度はそれほど高そうには見えなかった。実際に戦ってみないと実力は分からないけど。ちょっと観察してみた感じだと、普段の足の運び方や体重移動に強者の雰囲気がない。


 それに、これから戦場になるかもしれないという場所にもかかわらず、戦士たちの気持ちが緩みまくっているようだ。これから相手しようとしているのが格下の中勢力だから、という理由なのか。俺達、ナジュラ族を舐めているのかな。


 だとすると、色々と攻めるスキがありそうだった。


 偵察した情報から、前世で学んだ戦争の知識を活かして、戦術を考え、勝つための道筋を探す。


 敵の会話も聞いておきたいが、流石に隠れる場所がない草原で、これ以上近寄るとバレてしまうだろう。だから、断念する。


 敵の情報については、これで充分か。よし戻ろう。最後までラビア族の戦士たちに見つからず、偵察を終えることが出来た。




 敵情視察を終えて、ナジュラ族の拠点に戻ってきた。すると、シハブが駆け寄ってくる。彼は、険しい顔をしていた。どうやら、何かあったようだ。


「リヒト!」

「シハブ、話し合いはどうなった?」


 どうするのかい会議して、ラビア族の要求を拒否して戦うのか、要求を受け入れて降参するか言い争っていたが、今は静かになっている。彼らの会議は終わったのか。


 シハブに聞くと、彼は表情を暗くした。


「実は、長老たちと戦いを拒否する大人たちは逃げた」

「なに。それは、本当か?」

「あぁ、臆病者たちは逃げていった」


 あの後、話し合いの決着はつかず。最終的には族長の権限により要求を拒否して、ラビア族との戦いを強行することになったらしい。長老と大人たちも族長の命令だから仕方なく従うことで、納得したはずだった。


 しかし、その後。長老と、戦いを拒否していた大人たちが、ナジュラ族の拠点から姿を消したという。戦いの準備を進めている最中に判明して、今も行方知れずらしい。従ったフリをして、逃げたのだろう。


「拠点に残っている戦力は、族長のタミム様と、戦いに賛成をした少数の大人たち。それから、訓練を始めたばかりの青年ぐらいだ」

「そうか」


 ナジュラ族に残った戦力は、数十人だけだった。その中には、まだ初陣を済ませていないような戦士もいる。シハブも、狩り以外の実践は初めてだろう。しかも、戦う相手が人間だ。


 俺は転生を繰り返してきて、対人戦の経験はあった。この世界では初めてだけど。


 そんな心もとない戦力に対して、ラビア族は数百人の戦士がいた。装備も向こうの方がしっかりと揃えている。兵数でも、装備でも不利になってしまったか。


 さて、どうしたものか。俺は頭を悩ませた。

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