第42話 ラビア族の要求
シハブと一緒に俺も、部族の訓練に参加させてもらえるようになった。それから、一緒に訓練を受ける青年たちの指導も頼まれるようになっていた。シハブ以外にも、戦い方について教える生徒が増えた。
「さぁ、走って走って!」
「「「はい!」」」
まずは定番である、指導を受ける彼らを走らせることから特訓を始めた。最初に、体力をつけてもらうように。長時間の特訓に耐えられるような体作りから始めないといけないから。そのために、とにかく走り込みを繰り返す。
しかし、その方法に反対する大人たちが居た。ナジュラ族のやり方に反すると。
正直に言って、ナジュラ族が代々受け継いできたという訓練方法は効率が悪くて、改革が必要だった。
脈々と受け継がれてきた歴史のある訓練方法だったので、ナジュラ族の長老たちや大人たちの中には、俺が他の方法で青年たちに指導するのを批判する人たちも居た。やり方を変えるのは効率が悪いからだ、と丁寧に説明しても聞く耳を持たなかった。
力比べの結果で立場が上がっても、一部の人間は反発するようだ。
それなら、強くなりたい者だけ集めて、新たな訓練方法で鍛える。指導を受けたい者だけに、俺やシハブが直接指導する形に切り替えた。
族長のタミムには許可をもらっていたので、周りの意見を気にせず指導を続ける。指導を受ける青年たちに、言い聞かせる。時間はあるから、じっくり進めていこう。
訓練を続けていけばシハブのように強くなれるからと、訓練に励んでいる者たちのモチベーションも高めていく。それでどんどん、彼らは成長していった。
そんな時に、予想外の出来事が起こった。
ある日、ラビア族から使いの者が来た。彼らの代表者が突然、ナジュラ族の拠点にやって来ると、唐突に要求してきた。
「我々は既に、戦う準備が出来ている。要求を受け入れなければ、争うことになる」
「な、なんだと!?」
ナジュラ族は今すぐラビア族に無条件で、女子供全員を引き渡すこと。引き渡した人数分の食料三ヶ月分を用意すること。この要求を拒否すれば、ナジュラ族に戦いを仕掛ける、と言ってきた。
無茶苦茶な要求だった。普通なら、こんな要求は受け入れるはずがない。しかし、相手が三大勢力と呼ばれているような部族。大勢力のラビア族が、中勢力でしかないナジュラ族に対して武力による強引な手段で、要求してきたのだ。
「我々は、降伏するしかない……!」
「だけど、そしたら俺達はどうなる!?」
「俺の妻は?」
「無条件なんて、そんな馬鹿なこと受け入れられるか!」
「しかし、拒否すれば全滅だぞ!」
どうするべきか、ナジュラ族の実力者たちが集まって会議をしている。ラビア族と戦って、勝てる可能性は低いだろうと多くの大人たちは予想していた。なら、要求を受け入れるしかないと。
そんな重要な会議に俺とシハブも参加して、黙って大人たちの様子を眺めていた。
「要求を受け入れても、我々の勢力が崩壊するだけだ。ならば、戦うしかない!!」
「だが、勝てないんだぞ! 相手は、大勢力のラビア族だから!」
「そうだ。戦っても、負けるだけだ」
「俺は、死にたくない!」
「俺も死にたくない。なら、従うしかないだろう!」
ナジュラ族の長老と大多数の大人たちは、ラビア族の出した要求を受け入れるべきだと主張した。けれども族長のタミムは、応戦するべきだと意見を述べている。
本来なら、ナジュラ族のトップである族長の判断を優先するべきだろう。けれど、ラビア族と戦うことを反対する者たちが多すぎた。
降伏派の主張は、ラビア族と戦ったらナジュラ族は皆殺しにされる、だから戦いは避けるべきだという。おとなしく、要求を受け入れるべきだと。
抗戦派のタミムは、女子供を奴らに引き渡してしまえば、ナジュラ族の人は減り、小勢力に落ちてしまう。そうなってしまえば、他勢力の標的にされてしまうだけだ。最終的には崩壊してしまう。どっち道、未来が途絶えるのだから、いま戦うべきだと主張していた。
俺も、族長タミムの意見に賛成だった。要求など拒否して、応戦したほうが良いに決まっている。戦うべきだ、と強く思った。
奴らの要求する者たちの中には、ナジャーや他の女性たちの身柄が含まれている。せっかく仲良くなった女性たちを、また奪われるなんて嫌だった。相手が、大勢力の部族だとしても命を懸けて、抵抗するべきだろう。
「……ふぅ」
いや。ダメだ、ちょっと落ち着かないと。また俺は、命を軽く賭けてしまいそうになっていた。そんな自分の考えに気付いて、一旦冷静になるべきだと思った。
女性たちを見捨てるわけじゃない。とりあえず一回、落ち着いてから考えよう。
敵が、どの程度の戦力を持っているか調べに行ったほうがいい。それから、最善の方法を考え出す。戦う以外にも、何か他に方法があるかもしれないし。
大人たちが言い争っている場から、少し離れて状況を見守っていた俺は、横に並び一緒に話し合いを眺めていたシハブに声をかける。
「シハブ。俺は、これからラビア族の偵察に行ってくるよ」
「なに? まだ、戦うと決まったわけじゃ……」
突然起こった出来事に、まだ戸惑っているのか、弱気になっているシハブ。そんな彼に、俺の考えを説明する。
「奴らの要求は、絶対に受け入れられない。部族の女性たちが奪われてしまうから。お前のガーダも奪われてしまうぞ」
ガーダというのは、シハブが強くなって守ると誓った女性の名前だった。
ラビア族の要求を飲んだら、彼女を奪われてしまう。そう言うと、シハブの眼光は鋭くなった。
「そんなのダメだ」
「うん。だから、敵の偵察に行ってくる。どうにかする方法を、探してくるよ」
そう伝えると、シハブが身を乗り出した。
「俺も行く」
「ダメだ。シハブは、ここで大人たちが会議をしている様子を、見守っていてくれ。もしも、要求を受け入れると決まりそうになったら、絶対に大人たちを止めてくれ」
偵察に行くだけだから、シハブはナジュラ族の拠点に待機しておいてもらう。彼が足手まといというわけではない。会議の行方も怪しい、もしも要求を受け入れそうになったら、止めてもらう人が必要だった。その重要な役目を、シハブに任せる。
「ッ……、わかった。こっちは任せろ」
「話し合いの方は、任せた。それじゃあ行ってくる」
そして、俺は身体強化の魔法を駆使して、1人猛スピードで拠点から飛び出すと、ラビア族が待ち構えている場所へ偵察に行った。
ラビア族の使いの者が伝えてきた話によると、要求を拒否した場合に戦いを仕掛けるため、ラビア族の戦士たちがナジュラ族の拠点近くに待機していると言っていた。
視界が広がる草原なら、すぐにでも待機しているという敵の戦士たちを発見できるはずだ。俺は草原を全速力で走って、ラビア族の戦士たちを探した。敵には見つからないように、気を付けながら。
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