第41話 価値観の違い

 シハブは部族の力比べに初めて参加をして、無事に勝利したことを報告しに行くという。例の、彼が強くなって守りたいと言っていた女性に。


「行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい」


 そんな短い言葉だけを交わして、シハブと別れた。俺は、どうしようかな。母親に報告しに行こうかな。


 何年も黙々と特訓を続けてきて、だいぶ成長していることを実感した。


 上位の実力者に匹敵する能力があるんだと、大人達にも知らしめることが出来た。これから、俺達に対する周りの扱いも変わっていきそうだな。それが目的で、今まで鍛えてきたわけじゃないけれど。


 力比べの勝敗によって、ナジュラ族での発言力や地位が変わる。戦いで強い者が、部族に対して大きな影響力を持つことが出来て、上の地位にも立てる。


 重要な立場に就いておけば、色々と動きやすくなるのを知っている。だから、上を目指すのも良いかもしれない。


 俺とシハブの2人は、ナジュラ族の上位実力者を倒していた。だから、それなりに強い影響力を持てるようになるのかな。


 それともまた、年が若いからと言われて除け者にされるのだろうか。これからの、皆の反応が楽しみだった。先程の反応を見たら、おそらく大丈夫だろうけど。


「リヒト様」

「ん? やぁ、君か」


 考え事をしながら自分の住居に戻っている途中、声をかけられた。最近、ちょっと話すようになった、俺よりも少しだけ年上の女の子。


「結果は、どうだったの?」

「うん。バッチリだよ。族長には勝てなかったけど、上位には行けた」


 力比べの結果を聞かれたので答える。すると、結果を聞いた彼女の顔は、ぱあっと輝くような笑顔になっていた。


「すごい! おめでとう」

「うん、ありがとう」


 女性に褒められると、嬉しくなる。突然の会話でも慌てることなく気楽に、自然と言葉を返すことが出来るようになってきた。女性と接する方法を学んで経験を積んだ成果が、しっかりと出ていると思う。


「リヒトさん」

「やぁ、ナジャー」


 会話をしていると、また別の女性が現れた。俺の服を作ってくれる、ナジャーだ。挨拶をする。彼女は、手に何か持って近寄ってきた。


 俺の目の前に差し出されたのは、服だった。また、彼女の手作りの服だろうか。


 差し出されたソレを、俺は受け取る。


「リヒトさんが、族長と力比べをするって聞いて新しく作りました。どうぞ」

「俺に? ありがとう」


 一番最初に服を作ってもらった時は、初めての狩りの成果をお返しとして渡した。それから何度か、ナジャーが手作りの服をプレゼントしてくれるようになった。そのお返しとして、何かを渡すようにしている。今度は、何を渡せばいいだろうか。


 受け取った服を確認してみると、いつも以上に豪華な完成品だった。


 これに見合うお返し、何かあるのかな。


「これは、凄くいい出来だね。今度また、服を縫ってくれたお礼を持ってくるよ」

「あ、いや、お礼は、その、大丈夫、です……。その代わりに、私と一緒に、その、お食事とか」

「ん?」


 話している途中に、段々と声が小さくなって聞こえなかった。何故か、普段よりも緊張しているナジャーに、何と言ったのか確かめようとした時。


「「「リヒト様!」」」

「うわッ!?」

「「「おめでとうございます!」」」


 その後も次々と部族の若い女性達が集まってきて、声をかけられていく。一体どこから聞きつけたのか、力比べで上位実力者となった記念に、数々のプレゼントを渡されたりした。多くの女性に囲まれて、皆が祝ってくれて良い気分だった。




「大変だよな。あんな女ばかりに好意を寄せられて」

「え? 俺は嬉しいけれど」


 ナジュラ族の力比べが行われた翌日。いつものように特訓を始めようとする前の、ちょっとした会話でシハブ、から言われた。


「そっか。リヒトは、女の趣味が変わってるもんな」

「そうかなぁ」


 俺の目から見ると、力比べの結果を喜んで祝ってくれたり、プレゼントなど渡してくれた女性達は、みんな美人で見た目が良いと思うし、可愛い子ばかりだった。


 だがシハブは、そう思わないようだ。怪訝な顔をして、俺の反応を見ている。


「あんな体の細い女じゃ、子供を産むのに耐えられないだろう」

「なるほどね。シハブは、子供を産めない女性はダメなの?」


 重要なのは、そこなのか。確かに出産は大変だろうし、健康なのは大事だとは思うけど。


「そりゃあ、もちろん! そうだろう」


 俺の問いにシハブは、そんなこと当たり前だろう、という表情で頷いた。


 なるほどな。彼は、子孫繁栄を第一優先だと考えて、体の丈夫そうな体型の女性を好むようだった。だから、部族の皆は豊満な体をした女性が好きなんだろうな。


 俺は、どちらかというと見た目も大事だと思っていた。女性は細身でスラッとした体型の方が美しいと思うから。顔の美しさも重視している。健康や性格とかも重要だろうけど、やっぱり美しい方が良いと思ってしまう。


 ナジュラ族の中では、俺の持つ価値観のほうが変わっているようだった。


 俺と、ナジュラ族のみんなとの価値観の違いについて、改めて認識をした。好みや価値観は人それぞれのようだが、豊満な体をしていて、丈夫そうな女性が部族内では好まれているらしい。


 父親も、相変わらず豊満な体をした女性たちばかり愛しているようだし。そういうのが好きなんだと、ハッキリ分かってしまう。


 あれだけの美人や、可愛い女性達に需要がないのは、俺にとって好都合な状況だ。誰も狙わないから、俺が狙う。モテモテになって良い思いを作りたい。前の人生で、女性に対して嫌な思い出があるから。これから良い思い出を作って、払拭したい。


 シハブとも価値観が違って本当に良かった。好みが違うお陰で、今もシハブの恋を全力で応援することができる。彼が守りたいと思って、強くなろうと目指した要因となった女性。実は、ナジュラ族で一番の人気になっている女性らしい。


 そんな女性と、幼い頃から仲良くしているシハブ。二人の相性も合っているようだし、近いうちに夫婦になるだろうと俺は予想している。


 俺とシハブは、好みが違った。だから彼に対して、全く嫉妬する気持ちがない。


 まぁ、好みが同じだったとしても、親友から愛する人を奪い取ろうだなんて思考は無い。だから結局は、シハブの恋の行方を応援をしていただろう、とは思うけど。

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