第40話 力比べ

 力の強い者が部族の中で発言力を持ち、色々なことに関与することが出来る。


 先日行われた狩りの成果を目の当たりにして、ようやく俺達の実力を知ってくれた大人達。実力を認められて、力比べにも参加させてもらえるようになった。


 この力比べの勝敗によって、部族内での地位が決まる。武器は持たず、己の鍛えた肉体だけで勝負する。純粋な実力勝負。


 強い者が上に立つ。そういう決まりが、ナジュラ族の中にはあった。




「たぁ!」

「ぐうっ! ま、まいった」


 大人より背が高いシハブが、力押しで相手を吹き飛ばす。地に倒れた男は呻き声を上げながら、負けを認めた。


「シハブの勝ちだッ!」


 審判の男が勝者の名を叫んだ瞬間、周囲で見物していた男達から歓声が上がった。シハブは速攻で、勝負を決めた。


 あれだけの実力があれば、かなり上の地位を約束されるだろう。一緒に鍛えてきた成果が目に見える形で現れていて、俺は自分のことのように嬉しくなった。


 経験のある大人と、まだ成長中の青年による対決。経験は相手の方が豊富だけど、実力ではシハブが負けなかった。完勝である。


 周りで観戦していた大人達の一部が、騒然としている。


 どうやら、たった今シハブが倒した相手というのが、ナジュラ族にいる戦士達の中では5本の指に入るほどの実力者だったらしい。


 まだ15歳の青年だというのに、初参加の力比べでも臆せずに戦って大人の戦士に勝っていた。そして彼は、新たに上位5位に入る実力者となる。勝敗による結果が、部族の皆の目の前でもハッキリと出てしまった。


「やったぜ、リヒト」

「うん。よくやったよ、シハブ」


 勝負が決まった彼は額から汗を流して、余裕そうな表情で闘技場から戻ってきた。


 とても嬉しそうな笑顔を浮かべながら、勝利したと俺に報告してくれる。シハブと一緒に訓練してきた甲斐があるというものだ。


「次は、君の出番だろう。勝てるのか?」

「どうだろう。やってみるよ」


 今度は、俺が力比べを行う番だった。立ち上がって、心の準備をする。力比べでは武器を使わないので、このまま行って始める事ができるから問題ない。


「応援している。リヒトなら族長が相手でも、きっと勝てるさ」

「頑張ってみるよ」


 シハブからの応援を胸に刻んで、闘技場に移動する。向かい側から出てきたのは、ナジュラ族の族長であるタミム。つまり、俺の父親である。戦いの場で、初めて彼と向かい合って立つ。


「息子だからといって、手加減はせんぞ」

「よろしくおねがいします」


 眼光を鋭くして、言葉の通り容赦しない、本気だという空気を感じた。いつもは、笑顔を浮かべて優しそうな男なのに。今までに見たことない表情をしている。威圧感もある。だから俺も、訓練の成果を存分に発揮する。


 試合が始まって、まずは攻撃の間合いを測りながら、どうやって攻めるか考える。まだ、お互いの位置は悪くない。すぐ近くに審判が立っていて、目の前には警戒しているタミム。ここまで攻撃は届かないだろうけど。


 年齢の割には、俺の体は成長していると思う。父親のタミムと比べたら、まだまだ俺の体の方が小さいけれど。


 身長の差によってリーチの差があるので、少しだけ不利だった。体は小さいけど、筋力はある。パワーでは負けない自信がある。どうやって戦うか。そこから攻め方を考えようかな。


 仕掛けるタイミングに悩んでいると、相手から動き始めた。


「ふんッ!」

「ぐっ」


 タミムは勢いよく距離を詰めてきて、両手で掴もうとしてきた。その手を俺が逆に掴んで、相手の動きを止める。手四つの状態になって、お互いに力を入れた。


 ギリギリ……と、お互いの両手の間で攻防が繰り広げられている。


 まだまだ本気は出していないが、相手も余力を残しているだろう。まだ今は、力が互角といったところだろうか。どこで、仕掛けるか。


 力を込めて、すくい上げるようにして投げを試みる。相手の体は微動だにしない。足腰がしっかりしていて、踏ん張って耐えているようだ。さすが、族長だ。簡単にはいかないか。


 少しでも気を抜けば、逆に俺の方が投げられそうになる。


 今まで学んできた戦いの知識を総動員して、相手の力を込める瞬間を察知。相手の呼吸とタイミングをずらして、なんとか投げられないように耐えた。耐えきったが。


 今度は逆に、体を引き寄せてられて地面の上に叩きつけられそうになった。巧みな技に翻弄される。慌てて握り合っていた手を外して、距離を取る。


 一旦、仕切り直し。


「……」

「ふぅ」


 やはり体格差による有利不利は大きかった。しかも、族長に君臨するだけあって、勝負に強い。黙ったまま集中を途切れさせないし、スキが少ない。


 武器があれば、もう少し戦える。だけど、力比べは武器を使わない肉体での勝負。素手の戦いは、相手の方が有利のようだ。その事実を認めるしかない。油断をしないように、気を付けないと。


 そう思った瞬間だった。


「ドリヤァ!」

「うわぉ!?」


 族長は雄叫びを上げて、ものすごいスピードで距離を詰めてきた。やはり素早い。防御しようと構えたら、足を掴まれてしまった。上に意識を取られていたら、足元が疎かになってしまったようだ。


 掴まれた足を、引っ張られる。耐えることが出来ずに、地面に倒された。と思ったら、力いっぱい上空へと俺の体は放り投げられた。なんとか空中で姿勢を立て直し、追撃に備えようとする。しかし、既にタミムは勝負は終わったという顔で俺を見下ろしていた。


「ッ、しまった!?」


 上空に投げられた俺は、闘技場の外で着地していた。場外により、負けとなった。一瞬のスキを狙って、対処できないスピードで勝負を決められてしまったのだ。


 慎重になりすぎたな。相手は大胆に攻めてきて、全て後手に回ってしまった。その結果が、敗北である。


「それまでッ! 勝者は、族長タミム!」


 審判の男が勝者の名を告げると、周りの大人達はワッと盛り上がり歓声を上げた。 残念、負けてしまったのか。俺は、応援してくれていたシハブのもとに戻る。




「ごめんね。負けちゃったよ」

「なんで、本気で戦わなかった?」

「いやいや、本気だったよ。負けたのは、俺の実力だよ」


 今回の戦いでは、魔力で身体能力を強化する魔法を使わなかった。使ってしまうと流石に、実力の差が大きくなりすぎて勝負にならないから使えなかった。そもそも、力比べは肉体での勝負だから。


 何度も転生してきて積み重ねてきた知識と技術があるので、それを全て使って勝利する、といのうは本意ではない。ズルいかもしれないと思ってしまったから、今回の戦いで身体強化の魔法を使用するのは自主的に控えた。


 今回は、自分の肉体だけで勝負してみたかった。この世界に来て、鍛えてきた体。それで俺は負けてしまったので悔いはなく、納得のできる負けだった。


 それから、こんな子供に力比べで負けてしまうと、族長としての威厳が地に落ちてしまうだろう。タミムは、俺の親父でもある。まだまだ、頑張ってもらいたかった。


 武器を使わない、肉体のみの勝負では負けてしまった。族長を務めるだけあって、戦いが本当に強いんだと感じることが出来た。まだまだ俺も、未熟だ。そう思わせてくれた。だから、負けたことにも意味があった。


「そうか。それなら、もっともっと鍛えないとな」

「そうだね。素手の戦い方、近接戦のやり方も勉強しないといけないかな」




 力比べで族長には負けたものの、俺は大人顔負けの実力があると知れ渡った。族長以外の相手には負けなかったから。


 それからシハブも、若いながらにして飛び抜けた実力を持っていることが、今回の力比べで証明された。多くの大人達が目撃している場で、部族内ではトップクラスの実力がある大人に勝ったから。


 ナジュラ族の皆にも、俺達の実力を知ってもらえた。

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