第39話 初めての狩りに参加して

 少し離れた場所から見ている大人達の視線を背中で感じながら、俺は前方に見えている大きな獲物の方に意識を集中する。


「シハブ、準備はいい?」

「いつでも」


 横に並んで気配を消しているシハブに小声で確認する。彼の返事を聞いて、すぐに火の魔法を目標を狙って撃った。


 獲物は、背中に苔を生やしている巨大なイノシシのような獣。正面から戦ったら、その巨体で突進してきて押し潰されてしまうだろう。だから、まず遠距離から一撃を喰らわせてダメージを負わせる。そのための攻撃魔法。


 脳天と脇腹の2箇所に向けて同時に、矢を射るように火の魔法を放った。


 外すことなく、キッチリと目標の体に命中して発動。当たった部分が燃え上がり、焼け焦げた匂いが周囲に漂った。だけど、まだ目標は生きている。


「ギュガアァァァ!」

「いま」

「任せろ」


 目標の獣が悲鳴を上げて暴れている最中に、気配を消していたシハブはすぐに移動した。言葉は短く、連携を取って獣を仕留めにかかる。


 先制の魔法攻撃が命中した直後に、短剣を手に持って獲物に近づいていくシハブ。反撃を警戒することを忘れずに、接近していく。


 イノシシの獣は苦しみながら、逃げようとする。だけど、致命的となるダメージを負って、思うように走れないようだ。もがくように地面を蹴るが、逃げられない。


「ギガァァァ! ァァァ……」


 シハブが獲物に飛びついた。鋭い短剣で目標の脇腹を突き刺す。すると獲物は、弱々しい声を上げて動かなくなった。最小限の攻撃で、獣を仕留める。


 倒した獲物の近くに寄って、俺も確認してみる。間違いなく仕留めていた。狩りは完了だ。


「お疲れ様、シハブ」

「やった」


 出来るはずだと確信していたが、実際に獲物を倒せたことを確認して、俺はホッと一息ついた。横で、シハブも喜んでいる。


 初めての狩りは、無事に成功。怪我人を出すことなく、2人だけで仕留めきった。本来であれば大人が数十人ほど協力して、長い時間をかけて倒すような獣を。




「「「……」」」


 獲物を発見してから、非常に短い時間で作業は全て完了していた。後ろで見物していた大人達が、口を大きく開けたまま黙っている。信じられない、という表情。


 そんな雰囲気の中で、父親のタミムが俺達に近寄ってきて言った。


「凄いじゃないか。ここまで出来るとはな。お前、そんな強力な魔法が使えたのか。魔法を使えるとは聞いていたが」

「これでも威力は制御したよ。獲物に余計な傷がつかないように。それに、この力はシハブも使えるよ」


 絶命して地面の上に倒れた獲物を確認しながら、父親のタミムに説明する。彼は、俺達の実力を認めて、絶賛してくれた。


「何だと!? そうか……、あれで威力を抑えて。シハブも使えるなんて、凄いな」


 シハブも魔法が使えることを聞いて驚くタミム。呟くように感嘆の言葉を漏らす。しばらくしてから大人達も事態を飲み込めたのか、今の出来事についての感想を口に出していた。


 凄いな、とか、やるじゃないかと称賛する声。どうやら、ちゃんと大人達に実力を認められたようだ。良かった。


 それから、俺とシハブは2人で協力して獲物を狩って行った。大人達の狩りも手伝いながら、今までにないぐらい大量の成果を持ち帰ることに成功するのだった。




 ちなみに、初めての狩りで得た成果の一部をナジャーにプレゼントした。


「私が、受け取ってもいいの?」

「もちろん、いいよ。俺は、君にプレゼントしたかったから」

「ありがとう! 大事に使わせてもらうね」


 昔、父の服や俺の服を作ってくれた彼女にお礼として渡した。すると満面の笑みで喜んでくれた。彼女が喜ぶ姿を見れただけでも、頑張った甲斐があった。


 この数年で、かなり彼女と親しくなれたと思う。女性と接することにも慣れてきたような気がする。


 前のような失敗をしないように気を付けてきた。積極的に、彼女に話しかけたり。これからは、贈り物もしようと考えていた。狩りの参加が認められて、働けるようになったから、プレゼントを用意する余裕もできると思う。


「私も、リヒトに新しい服を作ってあげる!」

「本当? それは嬉しいな」


 お返しにナジャーは、新しい服を作ってくれると約束してくれた。断るのは悪いので、ありがたく受け取ることにした。


 今までに彼女は、俺に何着も作ってくれていた。ようやく恩を返せたと思ったら、新たな恩を積み上げてしまったような気がする。本当にありがたいことだ。

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