第33話 早めの行動
俺は、草原に吹く風を肌に感じていた。視界いっぱいに、どこまでも広がっていく草原を見ていると、俺はまだ3歳になったばかりの子供だけど何でも出来るような、自由になった感覚があった。
自然の恵みを受けて、それを食べて生きる。そんな生き方が、美しく見えた。
今までの2回の転生では、貴族という枠組みの中に生まれてきた。けれど、今回は部族という自由気ままに生きることが出来そうな環境だった。だから、そう感じるのかな。
とにかく今の俺は、自由だった。ナジュラ族の集団から少し離れて、1人で草原の真ん中で立ち、目を閉じる。目の前に広がっていた景色は、真っ暗で見えなくなる。だけど、感じることは出来ていた。
体中に魔力を行き渡らせる。肩を回し、腕を振って、足を上げたり、地面を蹴る。それから手をグーパーと、握ったり開いたりして、指の先までの感覚をゆっくり確認していく。うん、いい感じだ。
目を開くと、先程まで見ていた草原が変わらずにあった。さらに集中する。
今度は、体中に纏っていた魔力を指先に集中させてから外に放出した。指の先に、青い炎の玉が出現する。それを、空中に向けて放った。
高温度に熱された空気が揺らめき、青白く発光しながら上昇していく。その熱が、雲を蒸発させた。次に、風を操り空気中の水分を集める。集めた水分を魔力で冷やしていく。すると再び、空中には雲が発生する。さっきまで見えていた景色と同じように、元通りになった。
「ふぅー」
無事に成功して、息を大きく吐いた。それらの行動は全て、魔力を制御して魔法を発動するための練習だった。調子はバッチリ。
剣を使って戦うための訓練も行いたいのだけど、部族の大人達からは訓練するにはまだ早いからと言われて、追い返された。彼らが訓練している場所に、一歩たりとも近づけさせてもらえなかった。やる気があるのは評価されていたけれども。やっぱりまだ俺は、若すぎる。
まだ3歳の子供なので、仕方ないと諦める。訓練場に近づけさせてもらえなくても、今のうちに1人で出来ることを積み重ねていくだけ。
魔力を操作する技量が上がったのを感じていた。どうやら、魔力の量を増やす成長スピードも上がってきているような気がする。転生を繰り返して、トレーニングするのに慣れてきたからなのか。
前の人生、その前の人生と比べてみても、まだ3歳の子供である今のほうが魔力の量が多いような気がする。感覚なので、実際はどうなのか分からないけど。しかし、どんどん魔法を使ってみても、疲れを感じなかった。魔力が多いから、だと思う。
これは、大きな武器になるだろう。
ある時、俺が1人でトレーニングしていると、その様子を覗き見してくる男の子がいた。浅黒い肌に黒色の短髪、鋭い目つきをした子だった。俺よりも少しだけ年上のように見える彼。
ジッと視線を向けてきて、こちらの様子をじっくり観察している。何もない草原で立っているので、男の子の姿は丸見えだ。隠れている、というわけではないのかな。でも、向こうから話しかけてくる様子はない。それなら。
「どうしたの? 何か聞きたいことでも?」
「おい、お前ここで何やってるんだ?」
話しかけてみると、返事があった。その男の子は、俺の行動に興味津々のようだ。質問してきたので、答えてあげる。
「トレーニングだよ」
「とれーにんぐ?」
彼は首を傾げる。言葉の意味が分からなかったのか、俺の言ったことを繰り返す。そんな彼に、簡単に説明した。
「訓練してる。つまり、鍛えているんだよ」
「やっぱり! 俺も一緒に、やらしてくれよ! な!」
訓練に混ぜてくれと、必死に頼み込まれる。彼の話を聞いてみると、どうやら俺と同じように、大人達が行っている訓練に参加させてもらおうとしたらしい。だけど、門前払いされたという。まだ子供だから、という理由で。俺と同じ理由だな。
彼と一緒に訓練するかどうか、決める前に聞いておくべきことがある。
「話をするのは初めて、だよね。君の名前は?」
同じナジュラ族だから、今までに彼の姿を何度か見かけたことがあった。しかし、直接会話するのは初めて。そんな薄い関係である彼の名前を尋ねる。
「俺は、シハブ。よろしくな」
「俺の名前は、リヒト。よろしくね」
自己紹介をしながら、シハブという名の男の子と握手を交わした。彼は、ギュッと力強く繋いだ手を握ってきた。まだ幼い子供の手だ。俺も、そうなんだけど。
「知ってるぞ。リヒトは、族長の息子だろ」
「うん、そうだよ」
どうやら彼は、俺の素性は知っていたようだ。族長の息子だから、当然なのかな。それから2人で、色々と話をした。シハブの事について、詳しく知るために。
会話している最中、戦う方法を教えてくれよ、と何度もシハブが頼み込んでくる。どうしたものか。
「どうして? 大人達には、まだ訓練するのは早いって言われたでしょう?」
「でも俺は、誰よりも強くなりたい。早く、訓練しないといけないんだ」
真剣な表情を浮かべながら俺の目を真っ直ぐ見つめて、強くならないといけない、と語るシハブ。何やら事情がありそうだった。その事情を聞いて、どうするのか決めようと思った。
「強くなって、どうするの?」
「えっと、その、強くなって、……好きな子を守りたい」
強くなりたい理由を尋ねると、恥ずかしそうにしながらも教えてくれた。それは、とても立派で素敵な理由だった。
俺が言えたことではないだろうが、まだ幼い子供だと言うのに、シハブは早熟した考えを持っているようだった。強くなって誰かに勝ちたいとか言うのではなく、他の誰かを守りたいと思うなんて。そういう理由なら、一緒にトレーニングしていいかもしれない。
年の割には、ちゃんと会話が出来ている。頭が良いのかな。俺の言うことも、聞いてくれそうだ。これなら、大丈夫そうだな。
「いいよ。じゃあ、一緒にやろう」
「いいのか!? やった! すぐに、やろうぜ!」
シハブが、強くなりたいと思う理由も気に入った。これから俺は、彼を受け入れて一緒に特訓することに決めた。一緒にやろうと伝えると喜んでくれたし、やる気があるのも良い。
だから俺は、前世で得た知識を惜しむことなく、シハブにも教えることにした。
これから、俺の持つ色々な技術を彼に教えていくつもりだった。前世で習得した、剣術、弓や槍の扱い方。魔法の使い方についても、教えてみようかと思っていた。
だけど、まず初めはコレから始めるべきだろう。
「じゃあ、走ろうか」
「え」
こうして俺達は草原を走れるだけ走り続けて、体力をつける特訓から始めることにした。尊敬する師匠から学んだ、大事な基礎中の基礎。これを疎かにしてしまうと、強い戦士にはなれない。まずは、体力を徹底的に鍛えることから。
ただひたすら草原を走り回るだけの地味な訓練だけど、これが一番大切なんだ。
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