第23話 特訓の成果

「はぁぁぁ!!」


 俺は、相手を威圧するような気合いを込めた声を発する。そのまま、地面を力強く踏み込みながら、大剣を正面に振り下ろした。相手の防御ごと砕くために。


「ッ!? 流石、だな!」

「くっ!?」


 少し驚いたアルヴィーンは呟きつつ、わずかに体を半身にする。俺の振るう大剣を綺麗に受け流した。力は下へ誘導される。相手の思惑通り、地面に刃が突き刺さる。


 上手く回避されてしまった。そのままでは、態勢を崩されてしまう。瞬時の判断。そこから、さらに一歩前へ踏み込んで相手の間合いを無くした。反撃を許さないよう注意して。


 アルヴィーンは懐に入り込まれた距離を嫌がって、後ろに大きく飛び退き離れた。振り上げようとした剣を止めて、同じ瞬間に俺も後ろに下がって一旦距離を取った。仕切り直しだ。


 すると、アルヴィーンは殺気を消して、剣を収めた。そして、話しかけてくる。


「よく成長したな、リヒト!」


 兄のアルヴィーンが、剣の腕前を認めてくれた。訓練を始めてから既に、5年が経っていた。


 俺の年齢は10歳になったし、アルヴィーンは23歳。彼は、帝国騎士団に所属していて、戦争にも何度か参加した経験のある猛者となっていた。


 俺は、毎日欠かさず訓練を続けてきた。その成果が出たようだ。この5年間で、かなり強くなったと自負している。剣の達人である兄と対戦したら、なかなか勝てないけれど。


 経験の差が大きいのだろう。戦闘の最中に冷静に判断を下して行動することが、まだ俺にはできない。判断力が足りない。まだまだ、未熟なのだ。


 でも、負けることも少なくなってきた。この先、彼の実力に追いつけると思う。


 そんなアルヴィーンが、嬉しそうな声で俺を褒めてくれていた。笑顔を浮かべて、まだまだ余裕そうだ。なんとか彼の余裕を崩したいけれども、まだ難しいか。


「しかし、まだ若いのに凄い実力だよ。本当に」

「師匠のお陰ですよ」

「いいや、お前の才能と努力の賜物だろう。しかし、まだまだ剣を極める道は長いから。気を抜かずに、精進を続けるんだよ」

「はい!」


 この5年で剣の技術を習得できたのは、アルヴィーンに教えてもらった。指示された通りに訓練を続けてきたから、ここまで成長することが出来た。それは事実だ。


 しかし兄は、俺に才能があること、自ら努力してきたからこそ成長したんだと褒めてくれる。


 嬉しいことだ。頑張ってきて良かったと思える瞬間だった。


「それじゃあ、もう一本。やろうか」

「はい! お願いします! ッ!」


 返事をした瞬間に、アルヴィーンは動いていた。俺は咄嗟に大剣で防御する。目の前に、力のこもった剣の先端が。金属音が三度、練武場に響き渡る。


「よく、守った!」


 意表を突くアルヴィーン三段突きを、なんとか受け止めることに成功した。いつも油断しないよう、常に警戒しておけと言われていた。その助言のおかげで、この攻撃を防ぐことが出来た。実践だと、一瞬たりとも気を抜いてはいけないんだと。


「それじゃあ、これは受けきれるかな?」

「ぐぅ!? ッ! っくぁっ!」


 不意打ちの一撃は手を抜いてくれて、なんとか受け止めることが出来た。だけど、次の攻撃は本気に近い。気合を入れて、見極めないと。


 アルヴィーンの挑発が聞こえる。やってやるさ、と思いながら対処する。


 一撃、大剣で打ち払った。二撃、体を逸して避ける。三撃を対処できそうにない。くそっ。避けようとするが、アルヴィーンの剣は追ってくる。逃してくれない。


「うぐっ!?」

「勝負あり」


 寸前で、アルヴィーンの剣が止まった。模擬戦の様子を見守ってくれていた男性が宣言する。俺の負けだった。兄の攻撃を受けきれずに、胸に、致命的な一撃を受けて勝負が決まった。戦場ならば死んでいた、その一撃。完敗だった。


 その三連突きは、アルヴィーンの得意技だと分かっていた。対処法も色々と考えてきて、試してみた。今回も、本気の技を受け止めることが出来なかったな。悔しい。


 模擬戦だけど、真剣な剣の勝負。想定していた以上に体力を消耗していたから、体の動きが鈍って動作が遅れた。三撃目にカウンターを仕掛ける予定だったのに、失敗である。


 今までの模擬戦でも、何度か仕掛けられてきた攻撃だった。毎回、対処する手段を考えて試してみるけれども、いまだにアルヴィーンの技を攻略することが出来ていなかった。兄は、本当に強いよ。


「だいぶ成長したな、リヒト」

「でも、師匠に負けました」

「まだまだ負けるつもりは、ないからね」


 攻撃を避けようとして地面に倒れていた俺に、アルヴィーンが手を差し伸べてくれる。


 彼の手を握ると、腕を引っ張り立たせてくれた。訓練を始めてから俺の体も成長して、身長も伸びてきていた。今では兄との身長差が、ほぼなくなってきている。リーチの差も埋まっていた。


 つまり、身体能力の差で負けたわけじゃない。剣を扱う技術と経験の差で負けてしまったということ。兄とは剣の実力差があるから、負けたんだとハッキリ原因が分かってしまう。


 アルヴィーンは成長を褒めてくれていたけれども、本当に悔しかった。俺の体も成長してきた、剣術の訓練を積み重ねて、技術も習得してきた。身体強化の魔法も密かに使ったから、今回は勝てそうだという可能性を感じていた。


 それが油断を招いたのか。心に無駄な余裕が。その結果が完敗だったから、だから悔しいんだ。


「いやいや! その年齢で、それだけの実力を身につけたというのなら、十分だよ。誇っていいぞ」

「そうなのかな?」

「もちろん! お前は、強いぞ。これは嘘じゃない」


 剣の達人であるアルヴィーンに認められたら、自信になる。嬉しくて、自然と笑顔になっていた。


 そんな俺に、アルヴィーンはこんな提案をしてくる。


「それだけの実力を身につけたのなら、そろそろお前も大会に出てみるかい? 成長した、今のお前の実力なら、上位入賞は間違いなしだぞ」

「大会って、あの大会だよね」


 年に一回ほど開催されている、アルタルニア帝国の剣術大会。それに参加してみるのはどうかとアルヴィーンから提案される。全国から集ってくる剣士たちと戦って、腕前を競い合う大会だ。確かに、その大会に出場すれば今の自分の実力というものが、よりハッキリ分かるだろう。


「うん。出てみたい!」

「よしっ! なら、父上には私から言っておこう」


 挑戦してみたいと思ったので、正直に告げる。するとアルヴィーンが、大会に出場するための準備を進めてくれるそうだ。父親であるテオドシウスに大会の出場について話すと、約束してくれた。


「ありがとうございます、アル兄様!」

「もちろん、参加するのならばアインラッシュ家の人間として、恥をかかない成績を残さないといけない。約束できるか?」


 自分の実力というものが、どの程度なのか。この実力が通用するのか、今のところ分からない。大会で優秀な成績を残せるかどうかも分からなかった。プレッシャーを感じる。けれど、大会に出場してみかった。試してみたかった。自分の実力を。


「もちろん、全力で頑張ります!」


 俺は、大会で上位に入賞するという約束をアルヴィーンと交わして、大会に参加する覚悟を伝えた。これは、絶対に負けられないな。アインラッシュ家の者として。




 その後、アルヴィーンは約束した通り、俺が大会に出場できるように色々と準備をしてくれた。


 俺は、次の剣術大会に出場することになった。上位入賞を目指して。


 大会で上位入賞出来るように、訓練する時間を増やした。大会当日までに、ほんの少しでも実力を高めるために。負けないように、少しでも勝ち進めるように。


 剣術大会が行われる日は、すぐにやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る