第21話 走り込み

 一番上の兄であるアルヴィーンが、俺の剣の師匠となった。他の兄弟とも一緒に、今日から俺も剣術を学ぶことになる。


「本日から、リヒトの訓練を始める」

「よろしくおねがいします」


 練武場で、アルヴィーンと一対一で向かい合う。頭を下げて、訓練の挨拶をする。真正面から見ると、兄の立ち姿は本当に美しい。俺も、あんな風になれるかな。


 身長の高い彼と、まだ子供で背の小さな俺が並ぶと、身長の差がとても大きいのがひと目で分かった。つまり、リーチの差が大きいということだ。これは接近戦をする場合には、大きな不利になりそうだった。


 そんな分析をしながら、どんな訓練が始まるのかワクワクしていた。すると、彼は言った。


「うん。じゃあ、まずは走ろうか」

「えっ? 剣の振り方は、教えてもらえないの?」


 剣術の訓練と聞いていたので、てっきり剣の振り方を教えてもらえるのかと思っていた、けれど違うらしい。


「剣を覚えるよりも先に、戦場で動き続けられるように。強靱な体力をつけることが最優先だね。これは戦うために必須の能力だから。武器の扱い方について習うのは、十分な体力がついた後だ。だから、まず走ろう」


 走り込んで体力をつける。それが、最初のトレーニング。


 体力は、戦うために必須の能力。そう説明するアルヴィーン。最初は剣を握らせてもらえず、練武場の中をぐるぐる走り続ける特訓が始まる。魔法のトレーニング以外に関しては知識がないので、俺は素直に兄から言われた通りやるだけ。


「なるほど、わかりました!」


 納得できる理由だったので、師匠アルヴィーンの指示に従った。言われた通りに、練武場の周りを走る。アルヴィーンも一緒に走ってくれるそうで、彼の後ろについて一緒に走り続けた。いつまでも、止まることなく。


 これは大変そうだと走り始めて、すぐに思った。めちゃくちゃ疲れそうだ。


 一応、魔力で身体能力を強化しているけれども、体力を消耗しないわけじゃない。無限に走ることなんて無理だし、それなりに疲れる。しかし、アルヴィーンは疲れた様子など微塵も見せない。涼しい顔で走り続けていた。ものすごい体力だ。


「おーい! ディモにハンモ。お前達も一緒に走るぞ。体力をつける特訓だ」


 訓練にやって来たディモとハンモが、アルヴィーンに呼ばれる。一緒に走るようにという指示を出されていた。


「えぇ……。また、走るの?」

「もう僕は、十分走ったけど……。勘弁してほしいな」


 アルヴィーンに声をかけられた2人は、うんざりした顔を浮かべていた。その間も止まらずに走り疲れていた俺は、彼らも一緒に巻き込まれてしまえ、と思った。


「戦場に出るため、体力をつけておく事の大切さは、前に何度も説明しただろう? それにほら、一番下の弟であるリヒトが走ってるぞ。いいのか、お前達は走らなくて?」


 アルヴィーンが2人を説得する。一緒に走っている俺のことをダシにして、弟達も走らせようとしていた。なかなかやるな、と思う。


「わかったよ!」

「うぇぇ。疲れるから走りたくない、けど負けたくないからなぁ」


 そう言われた彼らは、当然のようにやる気を出していた。ということで渋々だが、ディモとハンモの2人が引き込まれて、一緒に走り込みを行うことに。


 4人になって、ぐるぐるぐるぐると、練武場の外周を何周もするぐらい走り続けていた。いつ終わるのか、わからないまま。終わりがわからないのが、辛い。


 どれぐらい、俺達は走っていたのだろうか。分からなかった。測っていなけれど、数時間ぐらい走り続けたかも。合計すると、とんでもない長距離。


「ふぅ、とりあえず今日はここまで」

「ハァハァハァハァ……」


 ようやく、アルヴィーンが終わりの合図を出してくれたので止まった。このまま、もう少し走っていたら倒れていたかも。それぐらい、限界ギリギリ。


 一番先を走っていたアルヴィーンは立ち止まると、少し呼吸が深くなるぐらいで、すぐに落ち着いた呼吸を取り戻していた。そんな彼と一緒に走っていた俺の呼吸は、乱れまくっていた。なかなか落ち着きそうにない。回復するのに、時間が必要だ。


 身体強化する魔法が無ければ、こんなにも走り続けることは不可能だった。魔力による強化を使ったというのに、これだけ疲れたのだから。


 それを余裕で走り続けたアルヴィーンは、やはり凄い。


「はぁ、はぁ。疲れたぁ」

「はぁ、ふー。僕もダメだ」

「2人とも、よく頑張った」


 そして、地面に倒れ込んで休憩している2人も、かなり鍛えていることが分かる。走り終えた後、呼吸は荒いけれど、しっかり話せている。ちゃんと最後まで走り続けていた。一度も立ち止まることなく、アルヴィーンについていった。


「初めての訓練で、これだけ走れるのは凄いぞリヒト」

「ハァ、ハァ、ハァ、そ、うですか……ふぅ……」


 アルヴィーンに褒められて、嬉しくなった。呼吸を整えながら、なんとか答えた。声を出すだけで、かなり大変だったけど。

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