第20話 こちらの世界での兄弟関係
「お疲れさま、アル兄様。これで汗を拭いて」
「ん? リヒトか。ありがとう」
練武場にて、訓練を終えた瞬間に長男のアルヴィーンに近寄っていき、体を動かし流れた汗を拭くための布を兄に手渡す。彼は微笑みながら、お礼を言って受け取る。その布で、首元に流れる汗を拭き取っていた。
「リヒトは、私達の訓練を見学していたのか」
「はい、そうです」
「熱心だな。偉いぞ」
アルヴィーンに問いかけられたので、そうだと俺は頷いて答えた。つい先程まで、彼らが訓練している様子を見せてもらっていた。色々と参考にするために。感心した様子で、兄は俺を見ている。
「そろそろ、お前の訓練も始まるからな。今のうちから、よく見て学んでおけ」
「わかりました。ありがとうございます!」
俺の返事に、よろしい、と満足気に頷くアルヴィーン。彼は、アインラッシュ家の長男で、18歳だとは思えないほど優れた剣の腕前を持っていた。彼は毎日のように練武場で、部下やアインラッシュ家の兄弟達にも剣を教えている。
今日は、兄弟達を訓練する日だった。
「はぁ、はぁ……。リヒトぉ! お前に、この訓練に耐えられるかなぁ?」
厳しい訓練に疲れて、呼吸を荒くしながら地面の上に倒れている少年は、4番目の兄であるディモだ。ニヤリという感じの笑みを浮かべながら煽ってきた。
それは、俺を嫌って出た言葉ではない。ちょっとした、じゃれ合いのようなもの。兄弟での、コミュニケーションの1つである。
俺が答える前に、別の兄弟が答えた。
「僕はもう、無理だよぉ……」
ディモの隣で、同じように地面の上で仰向けになって倒れいてるヘトヘトの少年は5番目の兄、ハンモだ。
「そんな事を言って、うかうかしてるとすぐに実力で抜かされてしまうぞ、ディモ。それからハンモ、泣き言ばかり言わずにもう少し頑張れ、な」
地面に寝転がっている2人の様子を呆れながら見て、注意するアルヴィーン。兄の注意を受けた2人は、素早く起き上がって地面の上に姿勢良く座ると答えた。
「「わかったよ、アル兄様」」
アルヴィーンのから注意を受けて、素直に返事をするディモとハンモ。どちらも、一番上の兄を尊敬していたから。ディモはまだ10歳だし、ハンモは9歳という子供だけれど、兄の偉大さを理解していた。まだ子供なのに、戦闘訓練も常に真剣だ。
既に彼らには、アインラッシュ家の貴族である自覚を持っているようだ。
「はいどうぞ、兄様達。お疲れ様です」
「お! サンキュー」
「ありがとう」
そんな立派な2人の疲れを少しでも癒せるように、水分補給するように水を渡す。それから、兄のアルヴィーンにも渡した、汗を拭くための布を渡しておいた。厳しい訓練に、2人は滝のように汗を流していたから。顔や体も、練武場の土で汚れているので。お礼を言って、受け取ってくれた2人。
「あ、でも。コイツ凄いんだよ、アル兄様」
「リヒトが? どう、凄いんだい?」
渡した水を飲んで喉を潤しているディモが、俺を指さして、何やらアルヴィーンに伝えようとする。急な事だったのて、何を言われるのか分からずにドキッとした。
「コイツ、めちゃくちゃ足が速いんだよ。俺とハンモの2人が、負けたんだから」
「あ、うん、速かったね。僕ら、追いつけなかったよ」
あぁ、その時の話かと思い出した。少し前に屋敷内で、3人が遊びで追いかけっこをして、俺が逃げ回った時のことだ。
挑発してくるディモには負けないようにと、身体強化という新たに俺が生み出した魔力の使い道の実験も兼ねて、追いつかれないように全力で逃げ回った。
途中からはディモとハンモの2人が協力をして、俺を捕まえようと必死で後ろから追いかけてきた。それを、最後まで逃げ切った。ちょっと、大人げなかったかもしれない。
「ほう。そうなのか?」
「うん。走るのには自信があるよ」
どうなんだと聞いてくるアルヴィーンに、そうだよ、と俺は頷く。実は、身体強化の魔法で能力をアップしていたけれど、見た目だけだとバレないだろうし、その事は言わないでおく。説明すると、色々と大変そうだから。今はまだ隠しておく。
「なるほどな。それは、リヒトの訓練を始めるのが楽しみだな」
アルヴィーンの目がキランと光って、ジーッと興味津々な視線を向けられていた。すごく期待されているようだ。彼の視線、ちょっと怖いな。でも俺は、彼の視線を堂々と受け止める。俺も楽しみだったから。
「頑張るよ」
「やる気があるのは良いことだ。その意気だぞ」
剣の技を習得できるように、早く訓練を受けたかった。予定だと、もうすぐ訓練を受けられるようになる。
前は、魔法の勉強ばかりだったので、今回は体を動かして剣の技術を覚えたいな。この先も生き残れるよう、戦いに活かせるような技術を習得しておきたかったから。
「俺たちは負けないぜ、リヒト」
「僕も、ディモ兄さんと一緒に訓練を頑張るよ。だから、油断しないでリヒト」
2人がやる気をみなぎらせて、俺に宣言してくる。その対抗心は、心地よかった。俺も頑張ろうという気持ちになるような、良い刺激を受けた。
「ディモ兄さん、ハンモ兄さん、訓練が始まったら僕も容赦はしないからね」
六男の俺がいま5歳、四男のディモが10歳だった。五男のハンモが、9歳という年齢差である。
そんな2人に俺も負けないぞと、宣言し返した。家族の中で、年齢が一番近いのが2人だったから。実力を競い合う、良い相手になってくれるだろう。
精神的な年齢は、彼らよりもずいぶんと年上だけど。今は、5歳のリヒトとして。
「3人とも、その意気だ。さぁ、2人は十分に休憩をとれただろうから、訓練を再開しようか」
アルヴィーンが会話を締めくくって、訓練を再開しようと2人に言う。
「うん!」
「僕はまだ、もうちょっと、休みたい、かも」
「ほらほら頑張ろうぜ、ハンモ!」
「うぇー」
素早い動きでバッと立ち上がり、訓練を再開させようとするディモ。対して、まだ地面に座ったままのハンモ。
「頑張るんだよ、ハンモ! リヒトに負けないように、今のうちに訓練を頑張って、リードしとこうぜ」
「うーん。……そうだね。その方が楽かな」
ディモに説得されて、やる気を出すハンモ。アルヴィーンの訓練が受けられる2人が羨ましいな。俺も早く訓練を受けたいな。
そんな気持ちを抱きながら、俺は皆が訓練する様子を見学し続けた。
今度の家族は、長兄以外にも兄弟が沢山居た。そして、残念ながら妹は居ない。
練武場では、訓練をしていた長男のアルヴィーン、四男のディモに五男のハンモ。
彼らに加えて他の兄弟には、次男のベアートと、三男のエルンストという名の兄がいる。そして俺が、アインラッシュ家の六男リヒトだった。
生まれてきた兄弟は、男ばかり。母親のクリスティーナは、娘が欲しいみたいだ。しかし今のところ、その願いは叶っていなかった。
逆に、父親であるテオドシウスは武闘派の貴族として戦える息子がドンドン増えていくのを喜んでいるようだ。
これから、さらに兄弟は増えていくかもしれない。
これが、今回の世界での俺の兄弟関係だった。全員、それなりに仲が良い。前回の失敗を教訓にして、今度は上手くやっていけていると思う。
今は特に、長男のアルヴィーン、四男のディモに五男のハンモの3人と仲が良い。他の2人と仲が悪いわけじゃない。その2人も、積極的に話していた。それで、仲は良い方だと思っている。関係は悪くない。今の良い関係を、維持していけるように。
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