第5話 魔法使いのお勉強

 屋敷の一室で、今日も魔法教師のフリオが行う授業を受けていた。彼の授業内容は主に座学メインで、俺にとっては既に本で学んでいたことの復習になってしまった。


 ただ、基本は大事。知っていることも、もう一度確認しておこうと真面目に授業を受ける。そしてようやく今日、実技を行うようだ。


「これを、受け取りたまえ」

「はい」


 杖を渡される。30センチほどの木製だ。細くて、すぐに折れてしまいそうな木の棒である。


「私の真似をして」

「わかりました」


 教師のフリオが真顔で杖を持ち、構える。指示された通りに俺も同じように右手で持って、指揮者のように構えた。


 棒を持った子供の俺と、教師のフリオが向かい合う。これから魔法を学べるのか。高揚感に包まれる。だが冷静に、教師の言葉に耳を傾ける。彼の言葉を聞き逃さないようにしないと。


「その構えのまま、次は呪文を唱えて魔力を使って魔法を放つ」

「魔力って、何ですか?」


 教師フリオの説明を聞いていると、魔力という言葉が出てきた。魔法を使うために魔力があるというのは分かるが、俺はまだ魔力というモノを感じたことは無かった。


 今まで学んできた知識の中でも、魔力というものがどういうモノなのか、具体的に書いてあるものは無かった気がする。


 魔力を使うとは、どういうことなのか。質問してみた。しかし。


「今は余計なことは考えずに、私の言う通りにしなさい」


 魔力とは何か。疑問に思って質問したのに、静かな声でそんな返事をするフリオ。口答えは許さない、という雰囲気だった。それぐらい、答えてくれたっていいのに。でも今は、彼の言う通り実技に集中するべきか。


 好奇心を抑えて、指示された通りにやってみる。すると、体の中に何かを感じた。お腹の辺りから、全身に広がっていく感覚がある。もしかすると、これが魔力というモノなのか。確信は持てないけれど、たぶんそうだろう。


「そう。杖を構えて。私が、これから唱える呪文を間違えないよう繰り返しなさい。フラマム・チ・エネ・トゥータ」


 教師のフリオの持つ杖の先に、小さな火がついていた。彼が呪文を唱えて、魔法が発動したのだ。


「えっと、……フラマム・チ・エネ・トゥータ」

「ダメだな」


 今習った呪文を真似して口に出してみる。少しだけ恥ずかしかったけれど、教師のフリオと同じように呪文を発してみる。しかし、何も起きなかった。何かを間違えてしまったようだ。


「もっと、ハッキリと呪文を唱えて」

「フラマム・チ・エネ・トゥータ」

「ダメだ、ダメ。全然なってない! これは、才能が無いのかもしれないな……」


 俺が何度も呪文を唱えると、教師のフリオは首を横に振って呆れた様子を見せた。そして小声で、ブツブツ呟いているのが聞こえた。


 火の素質はあるのに、魔法を発動させる才能は無いのかもしれない。ショックだった。全然、感覚が分からない。俺が今感じているこれは、魔力じゃないのだろうか。この魔力を、どうすればいいんだ。


 呪文を繰り返しながら、どんどん分からなくなってくる。


「もっと、呪文を発音する速さを一定にして唱えなさい」

「フラマム・チ・エネ・トゥータ」


 だけど、何も起きない。指摘されるのは呪文の発音やイントネーションなど。それを直しているつもりだけど、何の変化もない。


 本当に、そんなことで魔法が発動するのか不安になってきた。もっと、別の部分に直すべき問題があるんじゃないだろうか。


「違う違う! ちゃんと聞け。フラマム・チ・エネ・トゥータ!」

「フラマム・チ・エネ・トゥータ」

「はぁ……」


 思っていたモノとは違う、魔法の実技が続いていた。魔法を発動させることが、こんなに難しいなんて。やっぱり俺は、魔法の才能がないのか。


 これみよがしに、ため息をつく魔法教師のフリオ。嫌な感じだ。早く、魔法を発動させたい。そのために、俺は質問してみる。


「他に、直すべき所があるんじゃないですか?」

「君は、初歩が全く出来ていない。それなのに、よくも偉そうに私に質問をしてきたものだね。今は疑問なんて持たず、私の言うことを聞いていればいい。まずは、それからだろう。さぁ、さっさと続けなさい」

「……」


 呪文の言い方だけ指摘されるが、他に何か変えるべき部分があるはずだ。しかし、他には何も教えてくれない教師のフリオ。質問しても、答えてくれない。厳しい言葉を返されるだけ。ひたすら発音とイントネーションを指摘され続ける。


 これじゃあ、ダメだ。自分で考える必要があるのか。魔法を発動するために、何が必要なのか。やっぱり、魔力をどうにかするべき。この全身に広がっている感覚を、杖を持っている指先に集めて。なんとなく、思いついたのでやってみた。


「フラマム・チ・エネ・トゥータ」


 今まで何も変化がなかった杖の先に、小さな火がついた。いとも簡単に。これが、魔法か。


「ようやく発動したか。ほら、私の言う通りにすれば出来るじゃないか」

「……」


 教師のフリオは、満足そうに頷いていた。私がちゃんと教えたから出来たんだと、自信たっぷりに言う。


 これは自分で考えてやってみたから出来たのに、テンションが下がるなぁ。初めて発動した魔法なのに。


 教師のフリオに対して、不満がたまる。だけど俺は、何も言わない。面倒なことになりそうだったから。そんな事よりも今は、魔法を覚えることが大事。


「その成功を忘れないうちに、復習しなさい。もう一度、呪文を唱えろ」

「フラマム・チ・エネ・トゥータ」


 次も、ちゃんと魔法を発動することが出来た。やっぱり、体の中にある魔力を操作して魔法を使う。この手順をちゃんと教えてもらっていれば、もっと早く発動できたはずだろう。結局、1時間ぐらい無駄にしてしまったな。とにかく辛い時間だった。


 でも、初めて魔法を発動することに成功して良かった。ちゃんと魔法を使うことが出来て、本当に安心した。

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