第十五章 お日さま色のお日さまの匂い 優弥の匂い(チュッ)

 * * *


 み、みなさま。

 す、すみません。

 わ、吾輩。

 ちょっと、厳しくなってきました。

 語るのが。

 い、意識が。

 意識が途絶えがちになってきました。

 ちょっと最後まで語れそうもありません。

 すみませんね。

 あぁ。

 何か食べたいなぁ。

 お腹が空いてるんですけどもね。

 力がね。

 なかなか入らなくて。

 ごめんなさい。

 すみません。

 こうしてるとですね、

 なんか、

 意識が、

 こう、

 ふーっと、

 です、

 ね、


 * * *


 「また眠っちゃったね」

 優弥が言った。

 「うん。今夜はケンケンをわたしが見るから、優ちゃんは自分のお部屋で寝なさい。明日の初戦に備えないと」

 お母さまが言う。

 「そうさせてもらおうかな」

 「まだお風呂沸かせないからさ、バケツの水使って、タオルで身体を拭くといいよ。今のままだとイケメンが台無しなかんじだから」

 「そうかな」

 「そうよ。清潔にしないと。モテないよ」

 「あい」


 よかった。

 今夜は。

 久しぶりに、優弥と二人きりになれそうだ。

 久しぶりに、優弥と二人きりで眠れそうだ。

 今夜。

 わたしは。

 思うところがあって。

 思うところ。


 優弥の部屋にあったベッドは片付けられていて、その代わりにお布団が敷いてあった。お布団は、親切な方が寄贈してくれたものなのだそうだ。今夜はそこで眠る。

 さっきまで蒸し暑かったけれど、夜が更けてきて少し涼しくなってきた。網戸にした窓からそよそよと風が入ってくる。

 わたしがお布団の傍で待っていると、身体を拭き終わった優弥がお部屋に入ってきた。

 布団の上に寝転んで、スマホを眺めている。

 優弥の匂いがする。

 お日さまの匂い。

 よく干した洗濯物の匂い。

 お日さまの色。

 太陽の色。

 わたしは、寝転んでいる優弥の前に座った。

 正座をした。

 そして優弥を見る。

 優弥さん。

 と、わたしは言った。


 「わたし、交通事故に遭ってしまい、死んでしまって、大変な心配とご苦労をお掛けしまして、すみませんでした。あなたがわたしの死を受けとめるのは、たいへんなことだったろうと思います。ほんとうにごめんなさい。

 そして、わたしが死んでしまった後も、変わらずわたしを思っていてくれて、大事にしてくれて、ご本尊にまでしてくれて、ありがとうございました。とてもうれしかったです。

 わたし、一生懸命がんばったつもりですけれど、あまりご本尊としての役目は果たせなかったように思います。それも含めてごめんなさい。許してください」


 それはわたしが言いたかったことだった。

 わたしが伝えたかったこと。

 改めて。

 優弥に。


 「わたしはこれまで、あなたと約束をして、あなたの恋人候補でした。

 ここまで、わたしと恋人候補でいていただいて、ありがとうございました。

 わたしは幸せでした。ありがとうございました」


 わたしはもう一度優弥を見た。

 そして続けた。


 「優弥さん。

 今日は、わたしから、折り入ってお願いがあります。

 一生のお願いです。

 一生といっても、わたしの一生は既に終わってしまっていますが。

 でも、一生のお願いです」


 優弥。

 優弥は布団の上にいる。

 寝そべっている。

 スマホを眺めている。


 「優弥さん。

 お願いです。

 抱いてください。

 わたしを抱いてください。

 ふつつかもののわたしですが。

 わたしを抱いて、あなたのものにしてください。

 わたしにキスをしてください。

 いっぱいキスをしてください。

 裸で。

 わたしを抱き締めてください。

 いっぱい抱いてください」


 言い終わった。

 わたしは言い終わった。

 言い終わると、わたしは服を脱いだ。

 セーラー服を。

 死んでからユーレーになって、ずっと着ていたセーラー服を。

 丁寧に脱いだ。

 セーラー服を脱ぎ終わると、下着も脱いだ。

 脱ぎ終わった服を丁寧に畳んだ。

 畳んで、お布団の横に置いた。

 そうして、わたしは横たわった。

 生まれたままの姿で。

 優弥の寝ている横に。

 お布団の上に。


 「約束を破るようなことをしてごめんなさい。

 本当は優弥が甲子園へ行ってから、恋人になる筈だった。わたしたち。

 でも、その前に、わたしを抱いてください。

 わたしを恋人にしてください」


 わたしはわたしの指を、優弥の鼻先へ持って行った。

 さっき百円ショップに行って、瓦礫の中からキンモクセイの匂いがする小瓶を見つけ出し、指にからめておいたのだ。

 キンモクセイの匂いが漂った。

 甘い匂い。

 金色に近い橙色。

 夕焼けの色。

 わたしたちが初めてお話をした日。

 あの路地で匂っていた。

 キンモクセイ。

 この匂いが、優弥に伝わるだろうか。


 優弥は立ち上がって、部屋の蛍光灯の電気を消して、常夜灯にした。

 部屋が暗くなった。

 毛布をお腹に掛けたので、わたしもその中に入る。

 そして優弥はスマホを立ち上げる。

 SNSを立ち上げる。

 わたしとの会話を立ち上げる。

 そう。

 優弥。

 思い出して。

 わたし。

 わたしよ。

 優弥がSNSで写真を開いた。

 わたしの写真。

 わたしが写っている写真。

 そうよ。

 そう。

 ああ。

 優弥。

 暗闇の中で、優弥の顔がスマホの画面に照らし出されていた。

 優弥の目にわたしの写真が映っている。

 優弥の目の中に、わたし。

 わたしがいる。

 わたしは優弥が見ている画面越しに、その画面に映るわたしの写真を通り越すようにして、優弥にキスをした。

 優弥の唇に。

 わたしの唇を重ねた。

 そっと重ねた。

 ああ。

 優弥。

 初めてのキス。

 キス。

 初めての。

 初めてのキスだよ。

 優弥。

 キスしよ。

 いっぱいしよ。

 いっぱいキスしよ。

 優弥。

 興奮が伝わってくる。

 優弥の興奮。

 息が荒い。

 胸が上下している。

 鼻息が荒い。

 そうよ優弥。

 わたし。

 わたしがいるのよ。

 裸でいるのよ。

 ここにいるのよ。

 優弥が、履いていた短パンを脱いだ。その下のパンツも脱いだ。一緒に脱いだ。

 股間が開かれる。

 優弥の股間。

 優弥の大事なところ。

 おっきくなってる。

 すごくおっきくなってる。

 わたしは何回かそれを見てきた。

 ユーレーになってから。優弥のそれを。優弥が一人でするのを。

 だからそれを見るのは今日が初めてじゃない。

 だけど。

 今日はすごい。

 すごくおっきいと思う。

 前よりおっきいと思う。

 興奮してるんだ。

 伝わってる?

 わたし。

 わたしだよ。

 だってわたし。

 裸だよ。

 裸なんだよ。

 優弥。

 はぁはぁはぁ。

 息が荒い。

 優弥の息。

 優弥の右手が、大事なところを擦ってる。

 すごく擦ってる。

 痛くないのかしら。

 いつも心配してしまう。

 って。心配してる場合じゃない。

 心配してる場合じゃないんだけど。

 ねえこれ、これからどうしたらいいの?

 これからどうやるの?

 ああ。

 教えてもらえばよかった。誰かに。

 教えてもらってなかった。誰にも。

 今ここで後悔していても始まらない。

 がんばるんだ。

 がんばろう。

 この状態から、いつも優弥は、しばらくすると果ててしまう。

 苦悶の表情を浮かべながら。

 苦しそうに。

 でも気持ちよさそうに。

 果てる。

 果てる、という言い方が正しいのかな。わからないけれど。

 激しく興奮し、絶頂に達するんだ。

 絶頂。

 絶頂に達する。

 優弥の絶頂。

 ここか。

 ここに合わせればいいのね?

 きっとそうよね?

 わたしは。

 激しく振動するように動く優弥の右手に、そっと自分の手を添えた。

 ここね?

 ここが気持ちいいのね?

 ああ。

 優弥。

 優弥の顔。

 綺麗。

 浮かび上がっている。

 暗闇の中に。

 震える長い睫毛。

 尖った高い鼻。

 薄い唇が半開きになって、息をしている。

 吐息。

 細い顎。

 美しい顎。

 ああ。

 優弥。

 優弥の匂い。

 お日さまの匂い。

 わたしは吸い込む。

 優弥の匂いを。

 思い切り吸い込む。

 そしてわたしはその美しい顎にキスをした。

 顎にキス。

 そこから伸びる首。

 喉ぼとけ。

 わたしは喉にもキスをする。

 丁寧にキスをする。

 キスマークを付けるように。

 優弥に。

 優弥の身体に。

 わたしは刻印を押す。

 わたしの刻印を押す。

 セクシーな鎖骨が見えている。

 ここにも。

 わたしを。

 わたしのキスを。

 そして。 

 わたしは、仰向けになっている優弥にまたがった。

 上からまたがった。

 優弥がわたしの下になった。

 優弥がわたしの下にいる。

 細い顔。

 端正な顔。

 濡れた髪。

 額に汗。

 激しい。

 激しく動いている。

 激しく擦っている。

 ああ。

 優弥。

 お願い。

 優弥。

 これをわたしに。

 わたしの中に。

 入れて。

 入れてください。

 ああ。

 気持ちいいの?

 気持ちいいのね?

 気持ちいいのね?

 優弥?

 気持ちいいのね?

 優弥の右手の動きが一段と激しくなった。

 果てる?

 果てるの?

 優弥。

 ねえ。

 果てるの?

 優弥。

 そして。

 そして訪れた。

 絶頂。

 痙攣。

 ピクッ、ピクッ。

 出る。

 出てる。

 ああ。

 こんなに。

 これ。

 これね?

 これが優弥ね?

 ああ。

 優弥。

 わたしの。

 わたしの優弥。

 ああ。

 椎の実のような匂い。

 これが優弥ね?

 優弥の匂いね?

 わたしは吸い込む。

 その匂いを。

 思い切り吸い込む。

 優弥の匂いを。

 ありがとう。

 ありがとう。

 ありがとう。

 大好き。

 大好き。

 大好きよ。


 それから。

 わたしたちは眠った。

 優弥のお布団で。

 裸のまま。

 抱き締め合って。

 すごくいい顔をしていた。

 優弥。

 わたしの隣で眠る優弥。

 ぐうぐうと眠る優弥。

 優弥の寝顔。

 ほっとしたような。

 安心したような。

 呆けたような。

 子供のような。

 そんな顔。

 優弥。

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