第六章 地縛霊は生ゴミと下水の匂いがいたします(げげげ)

 煙が上がった。

 煙突の先。

 本当に煙が上がるんだ、と思った。

 こういうシーンはよくある。ドラマとかで。

 白い煙。

 匂いは無かった。感じられない。

 これがわたし。

 わたしの最期。

 焼かれるところは見たくなかった。だからわたしは外へ出た。火葬場の外。外には誰もいなかった。ひっそりとしていた。森みたいになっていて、土の匂いがしている。かぶと虫がいそうな腐葉土の匂い。焦げ茶色。

 身体が焼かれるというのはどんな気持ちだろう。熱いのだろうか。痛いのだろうか。そんなことを思っていた。心配だった。どうなっちゃうんだろう、って。もしかしてわたし、焼かれて熱くて灰になって無くなっちゃうんじゃないか、って。

 でも現実は違った。現実にはどうともならなかった。なんともなかった。熱くも痛くも痒くもなかった。わたしの身体は火葬場で焼かれている。業火で焼却されている。しかしわたしはここにいて、わたしの身体から発生した煙を見ている。熱くも痛くも痒くもない。わたしは焼かれている。

 なんだか不思議だ。とても不思議だ。

 わたしはわたしの身体を救うことができなかった。わたしはわたしの身体に戻ることができなかった。わたしの身体は死んでいて、生き返らなかった。死んだまま、二度と生き返らなかった。そして火葬場の業火に焼かれて、骨になる。今から遺族が集まって、焼却室から出てきたわたしの身体の残り物である骨を拾うだろう。長い箸を使って、一つ一つ骨壺に入れていくだろう。

 でもわたしはここにいる。

 ここにいるというのに。

 煙。

 白い煙が空へ登っていく。

 無臭。

 匂いのない煙。


 「よう」

 声がして振り向くと、男の人がいた。火葬場とその向こうの森を隔てている金網に寄りかかっていた。

 「なんでここにいるの?」

 その人は言った。

 わたしに言った。

 え?

 わたしに?

 驚いた。

 この人はわたしが見えるのか。

 「え? なんで?」

 「初めて? 話しかけられるの」

 男の人は言った。金網に寄りかかったまま。

 おお。

 この人。

 わたしが見えるのか。

 しかも。

 見えるだけじゃない。声も聞こえるのか。話ができるのか。

 「は、はい」

 「じゃ初体験だ」

 「は、はい。見えるんですか。わたしが」

 「見えるよ」

 「え、なんで?」

 「あんたも俺が見えるんだろ?」

 金網に寄りかかっている男。髪が伸びていて、目や耳が隠れている。無精髭が生えている。鼠色の作業服のような服装。黒くて重そうな靴。

 おじさんなのかと思った。でも違う。若いのか。高校生くらいなのか。

 わたしを見てる。長い前髪の間から。細い目。

 「はい。見えます」

 「おんなじだよ」

 「おんなじ?」

 「あんたとおんなじ」

 男は自分の足元を指差した。そこを見ろということか。わたしは見た。何を言いたいのか。わからない。わたしは多分ポカンとしていた。そうしたら、男の人はそこで金網から離れ、足を少し上げ、もう一度足を地面に着けた。

 地面に着けた。

 足を地面に。

 あれ?

 着いてない。

 地面に着いてない。

 浮いている。

 よく見ると浮いている。

 五ミリとか、そのくらい。

 宙に浮いている。

 「あんただって浮いてるんだぜ」

 いやそんなことは。そんなことはないです。浮いてなんかいませんよ。

 そう言い返そうと思って、わたしはわたしの足元を見た。

 あれ?

 浮いているではないか。

 わたしの足。

 わたしの足の裏。

 地面から五ミリくらい。

 気付かなかった。

 う。

 生ゴミの匂い。

 その人が近づいてきた。

 生ゴミの匂いだ。

 さっきから臭いと思ってたんだ。これはこの人の匂いだったのか。

 わたしは思わず右手の指で鼻を覆う。でも、それで相手に嫌な印象を与えてしまわないように気をつける。嫌な顔をしたりしないで、さりげなく。鼻だけを覆う。

 「いつなったんだい?」

 「え? なった、って?」

 「ユーレーにだよ」

 「ユーレー?」

 「天国行かなかったんだろ?」

 「天国? 天国って、あの、犬のバス…」

 「そうそう。犬バス。あれで天国行くんだけど。普通は」

 「降りちゃったんです。犬バス」

 「やっぱりね。降りちゃったんだ」

 「はい」

 「なんでそんなことしたの?」

 「なんで、って」

 「見たとこかわいいしさ。幸せそうだしさ。何も不自由無いかんじじゃん。どうせ事故かなんかでしょ。死んだの」

 「そうです。けど」

 「殺されたりとか自殺したりとかさ、そういうんじゃないんでしょ」

 「そういうのではないです」

 「じゃなんで? なんでユーレーなんかに?」

 「スマホ忘れたことに気付いて、それで」

 「は? スマホ? それで降りちゃったの? スマホ? スマホなんて天国で使えるとでも思ったの?」

 「いえあの、連絡取ろうと思って」

 「連絡? 取れた?」

 「いえ」

 「現世の人間とは連絡なんか取れないよ。ユーレーになったって」

 「えー」

 「そう聞かされなかったの? ガイダンスの時」

 「ガイダンス、って?」

 「犬バス乗る前にガイダンスがあるんだよ。普通は。天国行きの説明するんだけど」

 「無かった…です…」

 「現世の人間と連絡が取れるのは、現世の人間が天国に行ってから。天国でしか連絡が取れない。つまり、現世の人間が死ぬまで連絡なんか取れないんだよ」

 「そうなんですか」

 わたしは思い出していた。犬バスに乗った時のこと。犬バスから見えていた光る雲に、じいちゃんがいた。じいちゃんが手招きしてくれていた。あれが、この人の言っていることか。天国で連絡を取る。天国に行けば会える。天国で話ができる。そういうことか。

 「早く帰りな」

 「帰りな、って、どこへ?」

 「天国だよ。天国。天国へ帰るんだよ。それしかないんだよ。犬バスに乗って。どこかで死人が出れば犬バスも出るから。それに乗って。それしかないんだよ。ユーレーは天国へ帰るしかないんだ。早く。早くしないと」

 「早くしないと?」

 「早くしないとな、帰れなくなっちまうんだよ」

 「帰れない? 天国へ?」

 「ああ。そうだ。天国へ帰れなくなっちまう。見なかったか? ユーレーの成れの果て。国道沿いの警察署の前の交差点とか。行ってみるといい。浮き上がれなくなっちまったユーレーがいる。今お前は浮いてるだろ。跳ぼうと思えば跳べるだろ。人間より高く跳べるだろ。少しは楽しんだか? ジャンプ。でも言っとくがな、それは初めのうちだけだ。そのうち浮いていられなくなる。足が溶けるんだ。足が先の方から溶けてくる。そしてめり込むんだ。地面に。根が生えたみてぇに足が地面にめり込んじまうんだ。そうしたらもう動けねぇ。動けなくなる。そしたらもう終わりだ。そこにずっといるんだ。そこで全てが溶け落ちるまでずっといるんだ。何千年、何万年かかっても、全ては溶け落ちねぇ。だから永遠にそこにいるってことになる」

 「永遠」

 「そうだ。永遠だ。そいつは死ねねぇ。死にたくても死ねねぇ。なにしろもう死んじまってるんだからな。とっくに死んじまってるんだから。そいつは。だからもう死ねねぇ。死ねなくて、ずっとそこにいるんだ。ずっとそこにいるしかねぇんだ」

 「ずっと、そこに」

 「そうだ。ずっとそこに。それがユーレーの成れの果てだ」

 「ユーレーの成れの果て」

 「地縛霊、っていうんだがな」

 わたしはその人の足元を見た。まだ浮いている。でも、色が濃い。わたしの足に比べて。足先の色が濃くなっている。

 どのくらいここにいるんだろうか。この人は。

 何をしたいんだろうか。この人は。

 「わたしの名前は、真姫と言います。神田真姫」

 「真姫ちゃんか」

 男の人はまた金網に寄りかかった。

 「おれはミヤジ」

 「ミヤジ、さん」

 「ああ」

 「ミヤジさんは、どうしてここにいるんですか」

 「おっと。そう来たか」

 ミヤジさんはおどけて言った。

 「ミヤジさんは何か理由があって犬バスを降りたんですか」

 「おっと。直球。まっすぐ来たね」

 「教えてください。冥途の土産に」

 「ははは。おもしろいね。ジョーク」

 「茶化さないでください」

 「ごめん。いいよ。教えるよ。減るもんじゃねぇし」


 そこでわたしはミヤジさんの話を聞いた。

 ミヤジさんの身の上話。

 ミヤジさんがどうしてユーレーになったのか。

 ミヤジさんには恋人がいた。その人の名はミヤコと言った。

 ある時、ミヤコさんが死んでしまう。それは自殺だった。マンションから飛び降りてしまったのだ。それはミヤジさんにとっては寝耳に水の話だった。皆目理由がわからなかった。不審に思って調べてみると、ミヤコさんはあるグループに強姦されていたということが判明する。そのグループを追求するミヤジさん。でも返り討ちにあって、ミヤジさんが殺されてしまう。

 ひどい話だった。

 辛い話だった。


 「間抜けなもんだよな」

 ミヤジさんの独白が続いている。

 「俺は熱くなってた。ミヤコの仇を討つつもりだった。それで乗り込んで行ったんだ。一人で、奴らのたまり場へ。馬鹿だよな。持ってったのがバット一本。相手は六人。手に手に刃物持っててな。刃物構えられて。でもさ、そこで引く訳にもいかねぇじゃん。ミヤコの手前。だから突っ込んでってさ。刺されちまって」

 「そうだったんですね」

 「それで俺は死んじまった。あっけなかった。何もできなかった。悔しかった。犯人は捕まるどころか、のうのうと普段通りに暮らしていやがる。ミヤコも俺も死んじまったってのに。何の罪も咎められず。ただのうのうと暮らしていやがる。俺は犬バスに乗せられたんだがな。やっぱこのまま天国へは行けない。ミヤコが不憫過ぎる。だから俺は犬バスを降りた。なんとかしてぇ。奴らを。ひどい目にあわせてやりてぇ。奴らを。ミヤコのために。そう思った。なんとかできるんじゃねぇか。そう思った。そう思ったんだが」

 「なんとか、できたんですか」

 ミヤジさんの顔が歪んだ。

 「できねぇ。何もできねぇ。折角犬バスを降りたってのに。折角ユーレーになったってのに。何もできねぇ。蹴れねぇ。どつけねぇ。触れねぇ。夢に出てやることすらできねぇ。あんたもそうだったろ? 俺たちはユーレーだ。ユーレーになっちまったんだ。ユーレーはこの世とは違う次元の存在なんだ。この世に生きてる人間には、何の攻撃も、いやがらせも、いたずらも、身体に触ることも、心理的に影響することも、なんにもできねぇ。そういう存在なんだ。ユーレーってやつは。あんたもわかったろ? スマホなんて取りに行ったって使えなかったろ? 透明人間みたいになっちまってて、スマホ掴もうとしても掴めなかったろ? 何もできねぇんだよ。次元が違うんだよ。手出しできねぇんだよ。この世の物に。俺たちユーレーは」

 涙。

 涙がこぼれる。

 ミヤジさんの頬。

 泣いている。

 ミヤジさん。

 左手の袖で涙を拭う。

 シュゥゥゥゥゥ。

 そういうかんじの音がしそうだった。でも音はしなかった。何か出ているんだ。ミヤジさんの身体から。何か蒸気のようなものが。出ているんだ。音も無く。蒸気が。

 臭い。

 ごめんなさい。臭い。

 臭い臭い。

 臭い臭い臭い。

 思わずわたしは右手の指で鼻を押さえていた。これは癖だった。わたしの癖。嫌な匂いを嗅ぐ寸前に自分の鼻を押さえる。自衛のためだった。わたし自身を守るため。だけど、もしそれが誰か人の匂いだったとしたら、わたしのこの癖はその人を傷つける。その人が嫌な匂いを出しているということを、態度で示してしまっているようなものだから。だからわたしは、なるべく他人に気付かれないように自分の鼻を押さえる努力をして、最近それができるようになっていた。自然に、他の人からはわからないように、サッとさりげなく右手の指で自分の鼻を押さえることができるようになったんだ。だから今回もそうした。そうしたつもりだった。

 「あれ?」

 ミヤジさんが顔を上げてわたしを見た。

 「何か匂う?」

 鋭い。わたしの癖を見抜かれてしまった。

 「俺、匂ってる?」

 「え、いえ、別に」

 「すげぇな」

 ミヤジさんがそう言った。

 「はい?」

 「だってお前、匂うんだろ?」

 「いえあの、そんなことないです」

 「あのな、ユーレーはな、感じねぇんだよ」

 「え?」

 「匂いだけじゃない。冷たさも、暖かさも、柔らかさも、硬さも、痛さも、気持ちよさも、感じねぇんだ。目で見ることはできる。耳で聞くこともできる。だけど、物には触れねぇ。触覚が死んでる。それと、味と匂いがわからねぇ。味覚が死んでる。舌が死んでる。嗅覚も死んでる。鼻が死んでるんだ」

 「鼻が、死んでる?」

 「ああそうさ。鼻が死んでる。だから何も匂わねぇ。ちょうど映画のスクリーンを見ているようだ。見えるし聞こえるんだが、触れねぇし匂わねぇ。俺はユーレーになってから何人かのユーレーと話をしたんだが、皆同じだった。現世で持ってた五感のうち、触覚と味覚と嗅覚が失われてる」

 そう言われて、わたしは塞いでいた右手の指を鼻からそっと外してみた。

 うぇ。

 く、臭。

 ごめんなさい臭い。

 生ゴミの匂い。生ゴミ用のバケツの中に何日も漬け置かれた肉や野菜や卵白の腐臭。もうじきこれが下水の匂いに変わっていくのだろう。腐臭で満たされた下水。流れの無い下水。淀んだ下水。どろどろ。どろどろの黒茶色。

 「ほら。臭ぇんだろ?」

 「い、いえ、ぞんだごどないでず」

 「すげえな」

 「へ?」

 「だってお前、嗅げるんだろ」

 「はい」

 「いいなぁ。そいつぁいいなぁ」

 「いい?」

 「なんかさぁ、生きてるってかんじじゃん」

 「生きてる?」

 「そうさ。匂い嗅げるんだろ? この世の匂いを」

 「はい」

 「あのな、普通はな、嗅げねぇんだよ。匂いを。ユーレーはな。それが普通なんだよ。それでな、嗅げなくなってみて初めてわかるんだよ。匂いってすげぇ、って。匂いって重要だ、って。生きてる実感なんだ、って。匂いってやつぁ。最も重要な感覚なんじゃねぇかって思うよ。人にとって。いや、生き物にとって、かな」

 「そう、でしょうか」

 「そうだよ。俺なんかさ、匂いってどんなんだったか、もう忘れかけてるよ。もう何年も嗅いでねぇからな。だからさ、よかったな。お前」

 「はい…」

 いやしかし。

 この生ゴミの腐臭を嗅ぎ続けるくらいだったら嗅覚なんてない方がマシかも。わたしはなるべく顔に出さないようにして、心の中だけでそう思った。

 「まだ火葬場に用あんの?」

 ミヤジさんが話題を変えてきた。

 「いえ。もう、あんまり」

 そうだ。これ以上ここにいても仕方がない。この後建物の中で繰り広げられるであろうわたしの骨を拾う儀式を見に行っても、つらくなるだけだ。

 「見に行くかい?」

 「え、何をですか」

 「地縛霊。まだ見たことねぇんだろ?」


 ミヤジさんに連れられて、地縛霊を見に行くことになった。なにしろ、他にこれといってすることもなかったから。

 「跳べるかい?」

 ミヤジさんが聞いてきた。

 跳べる。

 ユーレーになった身体は軽かった。紙とか風船でできているみたいに軽かった。

 トントンと地面を蹴るようにすると、フワッと空に跳ぶことができる。生きていた頃みたいに、身体の重さを感じない。わたしは軽々と十メートルくらいまで跳び上がった。

 「いいね」

 言いながらミヤジさんも跳んだ。ミヤジさんはユーレーになって何年か経っているとのことだった。まだ跳べるけど、いつまで跳べるかはわからない、そんなことを言った。現実に、昔より跳べなくなっちまった、とも言った。

 国道沿いの警察署の前。

 「見えるか」

 と、ミヤジさんは言った。

 「ここが地縛霊銀座だ」

 わたしは鼻から指を離せなかった。

 すごい匂いだ。

 すごい臭気が上がってくる。

 上空から、その地縛霊が見えていた。

 地縛霊たち。

 ある者は歩道に突っ伏して泣いていた。オイオイ泣いていた。誰かの名前を叫んでいる。おじさんだ。おじさんの地縛霊。泣いている。

 ある者は吐いていた。ゲロゲロ吐いていた。吐き続けていた。道端のガードレールにしがみつくようにして。吐いている。ずっと吐いている。女だ。おばさんだ。

 「足を見てみろ」

 ミヤジさんが言う。地縛霊の足。

 黒い。どす黒く黒ずんでいる。昔こういう写真を見たことがあった。空襲か何かで黒焦げになってしまった人の写真だ。足が炭みたいに黒くなって、地面に刺さっている。あれではもう歩けない。動けない。地面に刺さったまま。泣いている。吐いている。わめいている。

 「あれが成れの果てだ。ユーレーの成れの果てだ。ああなっちまったらお終いだ。もう犬バスに乗れない。天国へ行けない。ずっとあのままだ。溶け落ちるまであのままだ。永遠にあのままだ」

 「ミヤジさんは」

 「ん?」

 「ミヤジさんはもう長いんですか。その、ユーレーになって」

 「ああ。そうだな。もう何年かやってるな。ユーレーを」

 「ミヤジさんは行かないんですか。天国へ。犬バスに乗らないんですか」

 「ああ。俺も天国へは行きたいと思ってる。地縛霊になっちまうのはごめんだからな。だからいつか犬バスに乗りたいと思ってる。だけどな、」

 「だけど?」

 「このままじゃ行けねぇ。ミヤコに顔向けできねぇ。俺は生きてる時もミヤコを救えなかった。死んでユーレーになった今も、全くミヤコのためになってねぇ。何らミヤコの遺志を果たしてねぇ。こんなんじゃ天国へなんか行けねぇ。ミヤコに顔向けできねぇ」

 「でも、ユーレーには何もできないんですよね? この世の人や物に対して、何をすることもできないんですよね?」

 「ああ。そうだ。だから諦めるしかねぇ。そう思ってた。ついこの間まではな。だけどな、悪いことだけじゃなかったんだ。ユーレーになって。いいこともあったんだ。ミヤコを強姦した奴らを警察が特定した。今証拠を固めてて、もうじき逮捕状が出ると思う。警察署の中まで入って、俺はその様子を間近で見ることができたんだ。刑事たちが奴らを追い詰めていく様子を」

 「そうだったんですね」

 「うん。奴らが逮捕されるのを見届けて、犬バスへ乗ろうと」

 「なるほど」

 「火葬場な、あのあたりにいると、犬バスに出会える確立が高いんだ。だから様子を見てたんだ。逮捕状が出て、逮捕されたら、すぐに犬バスに乗ってやろうと思ってな」

 「それであそこにいたんですね」

 「うん。覚えておくといい。火葬場は犬バスに会えるスポットなんだ」

 「はい」

 「早く犬バスに乗れよ」

 「わかりました」

 「じゃあな」

 「ミヤジさん」

 「ん?」

 「あの、ありがとうございました。いろいろ教えてくれて」

 「いやいや」

 「あの、お元気で」

 そう言ったら、ミヤジさんが笑った。

 「馬鹿。死んでるよ」

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