第13話『ディーリング・アフター・ファクト』
メリーがメルトダウンの襲撃を受けていたのと同時に、私も襲撃を受けていた。
だが侵入者である緑髪の女の子はかわいそうなくらいおどおどしていて、攻撃してくることもなく、アネクメネが威嚇すると泣きながら一目散に逃げていった。
いったいなんのために侵入してきたのだろう。
結果的に、あの子がメルトダウンをメリーから引き剥がしたおかげでメリーは助かった。
すでに肩と耳に大きな傷を負っており、特に耳は切り飛ばされている大怪我だ。
あのまま戦っていればそれが腕、脚、あるいは首だった可能性は高い。あの緑の子に感謝、といったところか。
そんなこんなで生き残ったメリーには大慌てで治療が施された。
なぜか、止血は行わずとも傷口が焼き塞がっており、無理やり鉄のコテを押し付けたりはせずに済んだ。
頭と肩は包帯でぐるぐる巻きになり、手首の怪我のときよりもこっぴどく叱られ、ベッドで安静にしていろと見張りの使用人までつけられている。
父としても、メリーは友人の遺した一人娘だ。大切に思ってこうしているんだと思う。
でも、無表情で静かに窓の外を眺めているばかりのメリーは、まるで別人みたいだった。あの元気いっぱいな性格はどこへ行ってしまったのか。
私がお見舞いに行って、元気づけようと話しかけても、帰ってくるのは寂しげな視線ばかりだった。
そこで、今度は試しにお菓子を買っていってみることにする。アネクメネを連れて、焼きたてを調達してきたのだ。
「ねえ、メリー。いつものお店でアップルパイを買ってきたんだ。はい、これ」
このアップルパイは、私が味覚を失った日に食べたあれだ。メリーの大好きなお菓子のはずが、彼女は振り返ってくれない。
「出来たての方が美味しいよ」
メリーは黙って首を振った。今はそんな気分ではない、と。せめて一口でも食べたら、少し気分もよくなるものだと思うのだが。
こんなに元気の無いメリーは見たことがないし、見ていられない。どうにか立ち直る手助けになれないだろうか。
自分なりに考えてみる。お菓子は駄目、剣のことは両親やその仇を思い出してしまう。
だとするとなんだろう。メリーが目を輝かせていたときを思い出す。
思い当たったのは、まず新しく妹分ができたときのこと。アネクメネの存在だ。
隣で黙って私ばかり注視している彼女をつつき、励まそうと呼びかけた。
「そ、そんなこといきなり言われても……ええと、なんていうか、怪我が治ったら、みんなでどこか行ってやってもいいわよ」
反応はない。これだけでは弱いだろうか。アネクメネは言いづらそうにしつつ、だめ押しにもう一言加えた。
「傷、早くよくなるといいわね」
「……なくなった耳は生えてこないけど」
メリーの返しに、アネクメネはむっとして顔をしかめた。
依刃の生きていた時代であれば、耳を再建する手術は行われている。でも、この世界の医療はあまり発展しておらず、まだお祈りがほとんどだ。自分もヤブに診察されたから知っている。
女の子としては、耳が切られてなくなり不格好な傷跡だけが残ったなんて、嫌に決まっているのだ。
アネクメネのことよりも、そっちの方がメリーにとってはひっかかったみたいだった。彼女の機嫌はむしろ悪くなっている気さえする。
私はまた話題に困り、もっと希望に満ちた話をしようと思った。メリーの楽しみしていた剣霊学校の話をすれば、未来を見て明るくなってくれるかもと考えた。
「そうだ。メリー、もうすぐ学校に入学するんだったよね。私はまだだけど、楽しみだね」
「これじゃあ学校になんて行けない。入学試験に落ちて終わりだよ。私、弱いから」
「そんなことないよ。だって、魔剣に傷を負わせたって」
「……エヴァちゃんはいいよね。私と違って強いんだから。
ライカンスロープだって倒したし、今回も無傷であのメルトダウンの仲間を追い返したんでしょ?
それにエコロケイトのときだって。エヴァちゃんがあいつの腕をかじったら本体にヒビが入って、そのおかげで倒せただけだもんね」
「いや、私、そんなつもりじゃ」
「いいの。弱い私はお父様やお母様みたいな騎士にはなれないって思い知らされたから」
「待って、メリー。それは違う」
慌てて否定しようとした私の言葉に、メリーは強く歯を食いしばり、叫んだ。
「なにが違うっていうの!?」
激情のまま、彼女は傍らにあった陶器の花瓶を引っ掴んで、振り上げた。アネクメネが慌てて止めに入るが、もう遅い。
叩きつけられた花瓶が音を立てて割れ、額に痛みが走り、私は勢いに負けて尻もちをついた。破片はあたりに飛び散って、あたりは沈黙に包まれる。
静かになったせいか、私の額を血が伝っていくのがわかった。
メリー自身でさえも、自らのしたことを目の前にし、呆然としている。
「……ちょっと、なにしてるのよあんた」
アネクメネがメリーの胸ぐらを掴み、怒りの目を向けた。
私は出血している額を確認した。破片のせいで皮膚が切れたみたいだが、幸い私の頭蓋までは割れていないみたいだ。
アネクメネが声を張り上げる。
「落ち込むのは勝手よ。でも、どれだけ落ち込んでたって、やっちゃいけないことがあるのよ」
「っ、アニーに何がわかるっていうの」
「わかるわけないわ。あたしの主を傷つけるようなやつのこと」
このままだと言い争いが始まってしまう。見張りについていた使用人たちがやってきて私の心配をしてくれるが、それよりこっちを止めないと。
「待ってよアニー、私は大丈夫だから」
「エヴァは黙ってて」
アネクメネの向ける目は本気だ。ライカンスロープと対峙したときよりもずっと、深い敵意が宿っている。私は続きの言葉を飲み込むしかなかった。
「自分がなにしたかわかってるの? あんた、自分が守るべきものを傷つけたのよ」
「……うるさい。喋らないでよ」
「こんなの強いとか弱いとか、それ以前の問題じゃない」
「喋らないでって、言ってるのに」
「あんた、騎士失格よ」
「……ッ!」
メリーがアネクメネを突き飛ばした。
さらき使用人たちが彼女を受け止めている隙に間をすり抜け、走って部屋から逃げていってしまう。
「っ、待って!」
私は追いかけようと慌てて立ち上がるが、花瓶の欠片を踏んで、また濡れた床が滑り転んでしまった。
幸い破片が手に刺さったりはしていなくて、新しい傷を負わずにすんだけれど、もうメリーのことを見失ってしまっていた。
そしてメリーと入れ違いに、グラファイトが部屋にやってくる。どうやらメリーのためにお菓子を作ってきたらしい。甘い匂いのするパンケーキだった。
しかし、彼女は目を丸くして驚くことになる。
割れた花瓶の残骸、転んだ私、怒った顔のアネクメネ。そして、メリーがいなくなったベッド。
そんな明らかになにかがあった後の光景を目にして、お盆を持つ手は静かに震えていた。
「なにがあった。メリー、どこに行った」
「……ふん。頭を冷やしてもらわないといけないわ。少ししたらあたしが連れ戻しに行くから」
「メリー、悩んでる。あの子を追い込むなら、エヴァの相棒でも私の敵」
憤るグラファイトの言葉も聞かず、アネクメネはひとり部屋を出ていった。メリーのことを思ってああ言ってくれているのだと思いたいが、彼女の真意はわからない。
「エヴァ、その怪我は?」
「ううん、なんでもない。それよりメリーが逃げていっちゃって……」
「……手当しながら話を聞く。ちょっと待ってて」
グラファイトはお盆を置き、軟膏と包帯を持ってくる。メリーの治療にも使ったものだろう。
アネクメネの態度も引っかかるが、今は怪我人のメリーを探さないと。第一、私が下手なことを言わなければ、彼女はあんなふうに感情的になることもなかったのだ。
これは自分の責任だし、メリーは私の幼馴染みだ。
額の傷の手当をしてもらいながら、彼女を探そうと心に決めた。
──メリーのいなくなったベッドの傍らには、すっかり冷めてしまったアップルパイと、まだ温かいパンケーキが並んでいる。
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