第14話『ブレイカブル・ダイヤモンド』
衝動的に家を飛び出してきてしまったメリーは、あてもなくあたりをふらついていた。
包帯を巻いているからか、声をかけてくれる人もいる。でも全部無視して、目的地もないのに先を急ぐ。
はじめて家に来た時のアネクメネと同じことをしている、と気がついて、首をぶんぶん振った。今はアネクメネのことを思い出すと腹が立って仕方がない。
「……ふんだ! もうあんなやつのこと、知らないもん!」
メリーだって、エヴァに許されないことをしたのはわかっている。最低だ。
でも、わかっていても、あんなふうに言われるのは嫌だった。耐えられなくなって、つい飛び出してきてしまった。
「こんなんじゃ、強い剣霊使いなんてなれっこないよね」
ふと、憧れの父もまたメリーのように引っ込み思案だったというエヴァの母の言葉を思い出した。
父はバタフライの相棒になったとき、何を思っていたのだろう。悩んだりしたのだろうか。
答えてくれる人はここにはいない。一人で歩いて、いつの間にか立っている場所は森の中だった。
道標もなく、考え事に没頭していたため来た道を引き返すのも無理だ。
「ここどこだろう……どうやって帰ろう」
迷ったことを自覚した瞬間、蓄積していた疲労が一気にメリーを襲った。
ここまで平気で歩いてきたはずなのに足が重くて、木に寄りかかる。怪我で血を失ったことによる貧血もあるかもしれない。
助けを呼んでも、こんなメリーじゃ、誰も来てくれないだろう。エヴァもグラファイトも、きっと愛想を尽かしている。
だんだん眠たくなってきた。このまま目が覚めないのも、それはそれでいいのかもしれない。
メリーはそのまま、意識が落ちていくのを受け入れて──そして、目が覚めると知らない小屋のベッドに寝かされていた。
「え……?」
さっきまでいた森の中とも、自室とも違う。いい匂いのする、知らないベッドだ。誰かがメリーのことを見つけて、運んできてくれたのか。
慌てて跳ね起きようとして、メリーはなにかに強かに頭を打ちつけた。
「あうっ」
ぶつかった相手は短い悲鳴をあげ、瞳に涙を浮かべた。どうやらこのふわふわの緑髪の女の子は、メリーの寝顔を覗き込んでいたらしい。
「いたた……し、死んじゃうところでした。あ、だっ、大丈夫ですか? 森の中で倒れてたんですよ」
その声、その容姿。どちらにも見覚えがあり、メリーは思い出した瞬間に身構える。間違いない。こいつはメルトダウンを引きずっていった、あの少女だ。
しかし、少女の側はメリーのことを覚えていなかったらしい。身構えているのを見て怯えて縮こまり、メリーが睨み、少女が震えるだけの時間がしばし流れていた。
それが終わったのは、別の人影が小屋の奥から姿を現したときだ。
「目を覚ましたか、メリーメオン」
「っ!? め、メルトダウン……!」
メリーは咄嗟に周囲を確認する。武器になりそうなものはあるか。グラファイトがいないうえ病み上がりの今、彼女と戦えるのか。
必死に思考を巡らせるが、目の前の敵はため息をつき、そっと木のカップを差し出した。中身はコーンスープらしい。
「安心しろ。毒を飲ませるなんてつまらない真似はしない。魔剣は戦いを好むからな」
これで栄養をつけておけ、と言いたいのか。でも相手は親の仇だ。メリーのこの傷を負わせた張本人だ。手をつけるに気はなれない。
黙って、そこから立ち上る湯気ばかりを見ていた。
緑髪の少女はメリーとメルトダウンを交互に見比べて、ずっときょろきょろしていた。
あるときそれが止まると、なにかの合点がいったように手をぽんと打つ。
「メリーさん……ですよね。メリーさんとメルトダウンさんって、どっちも『め』で始まるし、髪の毛も水色ですね。もしかして姉妹ですか?」
「……お前、人間の両親から剣霊が生まれると思ってるのか」
緑の子は慌てて泣きながら謝ってくる。この子はすぐに泣いてしまうみたいだ。
「まあいい。私にもリカーレンスにもここでお前を殺す気はないから、そこだけは安心しろ」
「……なんで、こんなことするの?」
「さあな。私は人間の味方じゃないが、敵にもなりきれないってことかもしれないな」
自分を嘲ってみせるメルトダウン。だったらどうして私だけが助かって、父と母は殺されたのだろう。メリーは唇を噛む。
そんなメリーとメルトダウンの間に流れる空気を嫌だと思ったのか、緑の少女──リカーレンスが控えめに口を開いた。
「あ、あの。メリーさんは倒れてたわかですし、見たところ怪我も治療中ですし、もう少し休んでいかれてはどうですか?」
こんな仇敵のいる小屋で安心して休めるはずがない。なのに、メリーは少しだけ、ここに縋っていたくなった。
どうせ誰も弱いメリーのことを探してなんかいないのだ。ベッドから立ち上がるのをやめて、湯気を立てているコーンスープを口元に運び、想像よりも熱かったそれに驚いて口を離した。
「あっ、熱かったですよね、私、がんばって冷ましますね」
頬を膨らませ、精一杯カップを吹き冷ますリカーレンス。ころころ表情が変わって、なんだか小動物みたいで可愛らしかった。
彼女のような純真な子が話を聞いてくれたら、ちょっと楽になるのだろうか。
「あのね。私、友達と喧嘩しちゃって」
「お友達ですか?」
「うん。大切な……でもね、つい怒っちゃって、怪我をさせちゃったの」
エヴァには最低のことをしてしまった。謝っても謝りきれないし、許されないと思う。
「大切なのに、ですか?」
リカーレンスは首をかしげた。
「傷つけたなら、嫌いな相手じやないんですか……?」
「ううん。私はエヴァちゃんのことが好きだよ。私が弱かっただけ……でも、あの子のために強くなりたい」
自分の気持ちを確かめるように吐き出した。どうしてこれを言えなかったんだろう。
両親が殺されたことも消えない傷だ。メルトダウンにやられた痛みは忘れられない。
けれどなによりも、負けたことが悔しかった。守るべき相手であるはずのエヴァよりも弱い自分自身が許せなかったのだ。
「……ヒトって難しいですね」
リカーレンスが呟いた。そう言われると、自分で自分が面倒な人間だと思えて、おかしくて笑ってしまった。
◇
エヴァとグラファイトがメリーを探して回っているのとは別に、アネクメネは彼女のことを追っていた。
人目につかない場所を選んで通る余裕は、今のメリーにはないはずだ。地道な聞き込みから辿れば、彼女の居場所に着くはず。
そうして道行く人に訊ねてまわり、アネクメネはたらい回しにされていた。目的もなくさまよっていたメリーの足跡は複雑で、追うのも一苦労だ。
アネクメネはため息をついた。彼女の行きそうな場所をあたると言っていたエヴァやグラファイトより先にメリーを見つけないと。
どうしても、アネクメネにはやりたいことがある。
また別の人に目撃情報を聞こうと、アネクメネは街角のベンチから立ち上がった。先を急ぎ、早足で歩き出す。
すると、いきなり誰かにぶつかってしまい、アネクメネは慌てて謝ろうとする。ぶつかった相手はどうやら剣霊と同年代の少女らしい。白いローブを着ていて、ぶつかられたというのに無表情のまま微動だにしない。
見覚えがある。ライカンスロープを振るって襲ってきた少年と同じ服装だ。彼も無表情で、こちらの言葉に何の反応も見せなかった。
「……何よ、あんた」
やはり返事はない。また襲ってくるのか警戒し、アネクメネは身構えた。だが、彼女は懐から一切れの羊皮紙を取り出して渡してくる。
地図だろうか。この近くの森の中に、小屋があると書かれている。
「今は忙しいのよ」
「そこにメリーがいる」
「……! なんですって!?」
聞き返しても反応はない。だが確かにメリーと言った。彼女がどうしてメリーのことを知ったか定かでなくとも、追いかけるしかない。
少女に礼も言うこともなく、アネクメネは走った。地図の通りに木々の間を抜け、すると木製の小屋が現れる。誰かが住んでいるのか。
ちょうどその扉が開き、中からは探していた少女が現れた。
「メリー!」
「あ……アニー」
ベッドの上で落ち込んでいたときの顔とは少し違う表情だった。明るく振る舞う、いつものメリーに近い。
「えっと……その、ごめんね」
「なんであたしに謝るのよ。あんたが謝るべきなのはエヴァにだわ」
「うん。そうする」
メリーは歩き出す。まだ体力が戻りきっていないため、時々よろめいていて、危なっかしい。どこかで倒れて、この小屋の住人に介抱してもらっていたのだろうか。
そんなぎこちなく歩く少女の後ろを、アネクメネもまた自らの胸に手をやりながら歩き出した。
「……あれ? そういえばここどこだろう。アニー、道はわかッ、る?」
立ち止まったメリーの胸から刃が飛び出し、彼女は口から真っ赤な塊を吐いた。服が紅に汚れ、彼女はゆっくりと振り返る。
アネクメネはすぐ後ろに立っていた。彼女の手には刃物がしっかりと握られて、その刃はメリーの背中に深く突き刺さっている。
「な、なんで……?」
「別にあんたなんかのためじゃないわ。エヴァがまた怪我したら可哀想じゃない」
刃が一度引き抜かれて、もう一度背中に沈みこんだ。櫛状の峰がただ突き刺さるのではなく、ぶちぶちと肉を裂きながら侵入していく。
「だって仕方ないでしょう。あんたがエヴァを傷つけるんだもの」
「だっ……だから、あやまろうって」
「剣霊は主を守るのが役目なの。ねえ、そうよね? そうでしょう?」
何度も引き抜いて、何度も突き刺す。刺傷が増えていって、傷口からも、メリーの口からも、鮮血が溢れ出る。
「い、いやっ、まだ、ごめんなさいって、いってない」
草の上に倒れ、涙を流して這いずりながら逃げようとするメリー。アネクメネはそれを追い、最後に喉へ一突き。
「……あんたとの時間は少しだけ楽しかったのに。残念だわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます