第9話『メルトハンティング』
アネクメネとライカンスロープの一件の後、私たちはまたこっぴどく叱られた。危ないことはするなと言い聞かされておいて、また屋敷を脱走して剣霊と交戦、負傷してきたのだから当然だ。
父は頭を抱えていた。お転婆で申し訳ない。
そうして叱られた後、食べ損ねた朝ごはんを改めて食べることになる。私は喉を潤すために、なるべく香り高いお茶を淹れてもらうだけだが、せっかくなので同席した。
いつものように円満な雰囲気ではないが、とりあえず話題を振ってみる。
「なんだか物騒だよね。剣霊は襲ってくるし、村は滅ぶし……」
「ふんっ、エヴァちゃんは私よりも強いんだから大丈夫だとおもいまーす」
雰囲気が違う理由がわかった。ムードメーカーであるメリーが機嫌を損ねているからだ。
「メリー、あれは全力じゃない。怪我してなかったらメリーが倒してた」
「でも勝てなかったもん。エヴァちゃんはあんなに簡単に撃退したのに……」
どうやら、メリーにとってはライカンスロープに吹っ飛ばされたことがなかなか堪えているらしい。グラファイトはフォローしているが、やはり落ち込んでいる。
「ふん、あんたたちがやられたら仇はとってあげるけど、そんな状況にならないようにしてほしいわね」
一方でアネクメネはというと、まだまだ棘がある態度だ。
この発言もたぶん、自分がいるから安心しろ、無理しないで強くなれと言いたいのだろうに、聞いたメリーは頬を膨らませてもっと不機嫌そうになった。
温厚なメリーならすぐ打ち解けられると思ってきたけれど、意外と時間がかかるのかもしれない。
私は二人の様子に苦笑いしながら、ティーカップを手に取ろうとした。
その動作の最中に背中を曲げたのがいけなかった。ライカンスロープにやられた傷がピキっと言って、痛みに身体が硬直し、お茶がカップからこぼれていく。
それを瞬時に察知し、アネクメネが氷の力を使う。私が「あ、こぼした」と思ったときにはすでにお茶が凍りつき、スカートの上に落ちた。
「わわっ、と……アニー、ありがとう」
「別にあんたのためなんかじゃないわ。濡れたらスカートが可哀想だからよ」
凍ったお茶を拾って、そのまま口に入れてみる。お茶の香りがして、冷たくて、ばりばりとした食感がある。そういうお菓子みたいだった。
「でもよく反応できたね」
「当然よ。あたしはあんたの剣霊なんだから、常に厳戒態勢で監視中なの」
言われてみると、常にアネクメネの視線が私に注がれていたような気がしてきた。もしかして、本当にずっと監視しているつもりだろうか。
「いいなあ……私は剣霊じゃないからまばたきが必要だよ……」
「メリー。剣霊もまばたきはする」
この幼なじみもあわせて、きょうからの日常は今までとは少し違ってきそうだ。
私はお茶氷を噛み砕きながら、頬を緩めるのだった。
◇
どんよりと曇った空の下、ぼんやりと青白い光を放ちながら立つ少女がひとり。
彼女の名前はメルトダウン。煮えたぎる溶鉱炉のような色の瞳を持つ、自らを引き抜くことのできる特異剣の一振りだ。
彼女がいるのはとある屋敷の門の前。なぜそんな場所にいるのか、それには勿論理由がある。
先日、砂に埋もれた村の調査を終え、何も無かったと結論づけたメルトダウン。その調査をやらせてきたスイートハートの元へ戻ると、知らない剣霊を連れていた。
彼女は先の村の生き残りだったらしく、生存者はもういないと伝えると悔しそうに拳を強く握った。
あの後、スイートハートは彼女の『聖歌隊』の一人を貸し与え、好きなようにさせたらしいが。どうなったかは、メルトダウンの知るところではなかった。
それよりも、調査の報酬としてスイートハートが提示した情報が重要だった。先程の廃村の属しているスペードル家領に隣接する場所の領主に関する噂だ。
その真偽を確かめるべく、屋敷へと赴いたのだ。
メルトダウンは門に向かって歩き出した。警備の兵士二人は彼女の前に立ちはだかり、剣を突きつけ止めてくる。
剣霊の宿っていない量産品だが、主のいない相手ならば脅しになると思っているのだろう。
「何用だ。ここは領主様の屋敷だぞ」
「……お前、家族はいるか?」
「は?」
「恋人でも、相棒の剣霊でもいい。お前の帰りを待つ者はいるか?」
「何を……貴様には関係ないだろう」
片方がそう答えると、メルトダウンは自らの左手を右の手のひらに持っていきなにかを掴んだ。そして、引き抜くと同時に振り抜く。
次の瞬間、簡単に切断された兵士の体が地面に落ちる。鎧ごと両断され真っ二つになった彼はすでに絶命していた。
刃に付着した血液が熱せられ、蒸気が上りどす黒い泥が滴る。
「お前はどうだ。お前の帰りを待つ者は誰だ?」
「ひっ、や、やめてくれ! お、俺には妹がいるんだ!」
「……そうか」
メルトダウンは刀を下ろした。そして腰を抜かして逃げていく生き残りの兵士には目もくれず、屋敷の中へと踏み込んでいく。
門も扉も切り裂かれ、鍵は意味をなさずに彼女の侵入を許した。彼女に出くわした使用人も、手にした日本刀から血の煙を立ち上らせているのを見てパニックになりながら逃げていった。
身辺警護のために雇われているだろう鎧姿の人間は、彼女の問いに答えなかった者から斬り捨てられた。答えた者もまた、一瞬の斬撃にて深手を負い蹴散らされる。
メルトダウンはそうして屋敷の中を探して回り、やがて目的のものを発見する。領主の部屋だ。
屋敷はこうして大騒ぎになっているにも関わらず、領主はここで怒声を放っているだけらしい。逃げていった使用人たちは屋敷の外へ出ていったのか。
扉を斬って壊し、メルトダウンは室内へ押し入った。
「……!? な、なんだ貴様は!?」
そこにいたのは、貴族らしい身なりの中年男性と、殴打の痕が目立つ少女。
見た目の年齢はメルトダウンと変わらない。つまり、剣霊である。先程の怒声が彼女に浴びせられていたものであることは間違いない。
男は少女の身体から武器を引き抜こうと手を伸ばした。メルトダウンは失望のため息をつきながら、刀を構える。
「噂通りか。救いようのないニンゲンめ」
赤熱した刃が振り抜かれ、ずるりと男の腕が落とされた。彼が武器を手にするよりも速く、骨まで切り離されている。状況を認識すると同時に痛みが襲ってきたのだろう、男の絶叫が響く。
自分が引き抜かれる直前で阻止されたことに、剣霊の少女は安堵しているらしかった。メルトダウンは彼女と男の間に立ち、少女を庇う。
「き、貴様、まさか『魔剣』か! なぜそのような雑魚剣霊を庇う……!」
「関係ないな。助けを求める剣がいるのなら、私はお前を熔かすだけだ」
手当り次第に投げつけられる壺や甲冑を切り飛ばし、直後にメルトダウンの一閃が男の首を通り抜ける。
頚椎まで両断された頭部が床に落ち、続いて生命を失った胴体が倒れ伏した。
自分が殺した相手に一瞥もせず、刀身に付着した血を払うと、メルトダウンは振り返って少女のことを見る。彼女は日常的に傷つけられていたのか、痣や傷跡が目立っていた。
「お前はもう自由だ。あとは好きにするといい」
少女に背を向け、メルトダウンは去っていく。追いすがり裾を掴もうとしても、彼女のスカートは手をすり抜けていってしまった。声をかけても、もう振り返らない。
魔剣の狩りはまだ続く。
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