第5話『メリールーム・インターミッション』
私はグラファイト。主であるメリーメオン・ディアモントに仕えている剣霊だ。まだあまり強くはない修行中の身だが、私なりに最善は尽くしているつもりである。
「はぁ」
私は自分の部屋でため息をついていた。主たちのことが、不安だったからだ。
メリーは他人を怖がるくせに、仲のいい相手にはかっこつけたがるきらいがある。得意げに自慢話をしたり、覚えたてのことを見せたがったり。
特に、幼馴染みで妹分で仕える相手のエヴァに対してはその傾向が大きい。
今まではそこが微笑ましいだけですんでいたが、危険に躊躇なく飛び込んでしまうこともある。
そのエヴァも、ここ最近様子がおかしい。
以前はメリーに比べると落ち着いた少女だった。今でも落ち着いてはいるが、突然の暴飲暴食からの嘔吐や剣霊を食べて体調を快復するといった行動は明らかに普通の少女とは思えない。
彼女が信用できない、なんてことは決してない。だが、エヴァが特異な何かを背負っていて、彼女と一緒にいればメリーはもっと危険になる。
できればこれ以上危険に晒されないのがいい。そう願ってみて、無理か、とひとりで考え直していた。
「あ、グラファイト……えへへ、怒られちゃった」
帰ってきた主は笑ってごまかして、自分のベッドに座った。左手を包帯でぐるぐる巻きにされていて、それを見るたび私の脳裏には痛々しい傷を負った姿と、主が血だらけの手で私を握る感覚を思い出す。
私がもっと強い剣霊だったら、エコロケイトのあんな攻撃を受けることもなかったのだろうか。
メリーはいつもなら、この時間は自分で剣の特訓をしているはずだった。でも、今は怪我で私を振るえない。時間を持て余しているみたいで、ベッドの上で枕に顔をうずめている。
「うぅ……私、がんばったのにな……」
怒られたことに納得できないでいるらしい。大方、あんな危険なことは二度としないようにと言われたんだろう。
私はそれとなく呟いて、彼女を慰めることにする。
「メリーはうまくやった。あいつ、明らかに格上だったし、下手に逃げようとしてたら私たち全員死んでた」
左手は重傷だが、むしろそれだけで済んだことは褒められるべきだ。
特異剣は高い実力を持つようになる噂は聞いたことがある。エコロケイトはそれに違いない。見習いの剣霊使いでそのエコロケイトの攻撃についていけるのは、メリーにセンスがあるからだ。
それを言語化しようと言葉を連ねていくが、そのうちに耐えきれなくなったらしく、メリーはベッドから飛び起きた。
私が声をかけるより先に着替えを手に取り、するすると脱いでいく。彼女が着替えようとしているのは稽古のときに使う重しの入ったものだった。
「……やっぱり静かにしてらんないや。グラファイト、修行するよ!」
「手、怪我してるのに何するの?」
「怪我してても戦えるようにするの!」
危ないことはするなと言われたばかりのはずなのに、どうしてそんな結論に達するのだろう。敷地の外に出なければいいたと思っているのか。
無理をした結果、治りが遅くなったらどうするんだ。
着替えの手を止め、私は彼女を引き留めようと説得する。だが、彼女に話を聞く気はないらしい。メリーはびびりのくせにかっこつけたがりで、無鉄砲なうえで頑固だった。
「怒られたばっかりなのに、無理をしないで」
「無理じゃないもん。いいから一緒に来てよ」
「だめ。怪我が悪化していざというときに戦えなかったらどうするの」
「でも私は強くならなきゃ! 修行しなかった結果、エヴァちゃんを守りきれないかもしれないんだよ!?」
「今回のような危険を冒さなければいいだけ。屋敷には私たちのほかにも剣霊使いはいる」
「ぐぬぬ……が、学校に行ったら!」
「学校の人間も送迎の使用人もいる。生徒を危険に晒すような真似はしない」
強くなりたい気持ちも、じっとしていられない気持ちもわかる。私は彼女の相棒として毎日鍛錬に付き合ってきたから。同時に、その危うさもわかっているつもりだ。
わかってくれないことを理解したメリーは、しばらく言葉を詰まらせて言い返す台詞を考えていたが、最後には「グラファイトのばか!」と叫んでベッドに飛び込んだ。いつものふて寝だった。
「……でも、強くならなきゃいけないのはわかる」
メリーはきっと、エヴァから離れるのを嫌がる。彼女のことを守るんだと言い続けるだろう。しかし異常さの目立つエヴァと共にいるなら、エコロケイト以上の相手と戦う可能性だってある。
だから鍛錬と実戦の経験を積み、私のことを使いこなせるようになっておくべきだ。
「手が治ったら鍛え直そう。私、どれだけでも付き合う」
返事はない。ベッドの方に寄って見てみると、すでにメリーは寝息を立てている。敵と勇猛果敢に全力で戦って、体力を消耗しきっていたのだろう。
相変わらず忙しい主だ。
でも、そういう世話の焼けるところが可愛いんだが。
どんな夢を見ているのやら、口をもごもごさせている彼女に、そっと毛布をかけてやった。
◇
ぼんやりと淡く青白い光を放ちながら、剣霊の少女──メルトダウンはとある村を訪れていた。いや、そこはもはや村ではない、村の跡地、と言うべきか。
数日前、この村は滅んだ。なんの前兆もなく、逃げおおせた住民も皆無。外部の人間が訪れて判明し、タチの悪い噂が流れている。
彼女は「剣霊喰いはまだどうでもいいから代わりにこれを調査しろ」とスイートハートに言われ、苛立ちながら渋々やってきた。
曰く、これが一振りの剣霊の仕業である可能性もあるんだとか。
メルトダウンの目の前に広がるのは、村の跡というよりも、人間の住めない領域だ。
突然大量の砂が降ってきたかのように砂漠に埋もれ、住居は屋根しか見えておらず、また常に吹き荒れる砂塵によって人間は寄り付こうともしない。
あたり一面がベージュで埋め尽くされているその光景は、まるでなんの生命もない死の星へ迷い込んでしまったかのようだ。
「……うるさい風だ」
ここは人間の来る場所ではない、とでも言うかのように吹きすさぶ暴風。メルトダウンは不快感を隠そうともせずに眉をひそめ、そのまま砂の中を進んでいく。
「お、お姉ちゃん……」
風に混じってかすかな音がして、メルトダウンは振り返った。どうやらその音の発生源は、民家から這い出してきた虫の息の人間。それも、剣霊もまだ与えられない年頃の少年だった。
この民家は辛うじて最上階だけ埋もれずに済んでいる。しかし砂嵐に阻まれ、子供だけでは逃げ出すこともできなかったのであろう。
彼女は歩み寄り、倒れ伏した彼の前に屈み、顔を覗き込んだ。
「少年。苦しいか」
「……たす、け……て」
「苦しいかと聞いたんだ」
彼は力なく頷いた。
「そうか。生憎と私は水も食糧も持ってはいない。少年の欲するところの助けでは、たぶんない。だからひとつ聞かせろ。
楽になりたいか?」
この問いにも、彼は頷いて答える。メルトダウンはしばし黙って彼を見つめ、そして右の掌から刃を抜き放った。わずかに反り返った片刃は赤熱し、少年の目に映る。
「……次はもっと、幸せに生まれてくるといい。では、な」
骨を断つ音すらせずに、少年の首は胴体と離れていった。血痕で砂が固まり、その上に砂が溜まり、やがて見えなくなっていく。
いずれ、彼の遺体もそうなるだろう。
メルトダウンは少しの間手を合わせ、瞳を閉じていた。それが終わると、また調査のために宛もなく歩き出す。
風の中に消えていく彼女の後ろ姿は、やはり青白く光っているのだった。
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