第4話『ワット・イズ・ブレードイーター』
鮮やかに描かれたステンドグラスの窓。立ち並んだ迷える人々のための椅子。高窓から光が射し込み、随所に剣のレリーフが散りばめられた光景は、そこが神聖な領域であることを示している。
そんな教会に、数人の少女たちの姿があった。ある者は黙って椅子に座り、ある者は聖歌隊らしき幼子たちを引き連れ、またある者はしきりに周囲を見回している。
いずれも十代の前半といった見た目で、まだまだ幼い。
「はいはーい、みんな注目やでー」
独特の訛りがあり、のんびりとした口調の声がした。少女たちの視線が朗読台に集まる。
本来ならば神父が聖典を読む場所だが、そこにもまた少女が立ち、精一杯目立つように手を振っている。
視線を向けたのは三人。そのうちの一人が連れている聖歌隊はまっすぐ前を向いたまま、全員が人形のように動かない。だがそれに違和感を覚える者はなく、朗読台の彼女は紫のツインテールを揺らしながら話を続けた。
「みんなをわざわざここに集めたのはなんでかっちゅうと、報告があるんよ。
うちらの同志が一人消されました」
「え……えぇーっ!? そ、そんな、
「その
「そ、そんなぁ……ぐすっ、死にたくないです……」
あたりをしきりに見回していた少女が狼狽え大声を上げ、しまいには泣き出した。淡い黄緑のふわふわとしたロングヘアを震わせて、死にたくないと怯えている。
その騒がしさが気に障ったのか、今まで黙って座っていた少女が座席を蹴りつけ、派手な音を立てて威嚇する。
「ひぃっ!?」
椅子が破壊される音と同時に、情けない声が響き渡った。
「リカーレンス。少しは静かにできないのか」
「あ、あの、ずびっ、ご、ごめんなさい、メルトダウンさん」
泣いていたリカーレンスは鼻水を啜りながら謝罪し、椅子を蹴ったメルトダウンは何も言わずに彼女から視線を逸らした。静かになればもう用はない、ということだろう。
その光景を見て、聖歌隊を引き連れた少女はわざとらしく怖がってみせる。
「やだぁ、メルトダウンってばこっわ〜い!」
「スイートハート。お前もうるさい」
彼女はわざわざ自分を煽ってきた彼女を睨みつけていた。スイートハートはにやにやとした笑みのまま、聖歌隊の少年を盾にして、彼の陰から苛立つメルトダウンを見ていた。
「まあまあ喧嘩せんといてや。仲間割れはよくないで。うちらは同志なんやから仲良くやろう、な?」
「オムニサイドの言う通り! メルトダウンがちくちくしてるからいけないんだよ〜!」
二人の言葉には耳も貸さず、メルトダウンは教会を出ていこうとする。青く長い髪がなびき、凛とした横顔を教会に射し込む明かりが照らす。
「煩い人間は私が殺す。それが例え
暗闇に消えていく彼女の姿はぼんやりと青白く光を放っており、幻想的でありながらどこか恐怖を体現しているようでもあった。
「んまあ、しばらくは任せといてええんちゃうかな。また同志が消えたら報告するからよろしくなぁ。次に消えるのはここにいる誰かかもしれへんけど」
オムニサイドがさらりと言い放ったその言葉に、縮こまってべそをかいていたリカーレンスが再び悲鳴をあげるが、それを鬱陶しがる者はもう去っていたのだった。
◇
薬草が生えているという森に行き、エコロケイトと交戦した私たち。どうにか彼女を撃破し、私ことエヴァ・フォン・スペードルはなんとかお腹を満たすことが出来た。
しかし、メリーは手を怪我してしまい、しばらくは剣を振るえないという結果となった。無理もない。エコロケイトは強敵だったのだ。
それをメリーはなんと正直に親に報告し、そのうえエコロケイト戦を武勇伝として皆の前で語ってしまい、私とメリーはお説教をくらっていた。
ちなみにグラファイトにはなしだという。剣霊贔屓だ、と思った。
「どうしてそんなことをしたんだ!」
「うう……だって、エヴァちゃんを助けたくて……」
「一歩間違えば、君もエヴァも死んでいたかもしれないんだぞ!?」
こうして私たちを叱っているおじさんは、スペードル家当主のグラム・フォン・スペードル氏。つまりエヴァの父親である。
娘を危険な森に連れ出し、なんとか倒したものの人殺しの剣霊と交戦することにまでなったのだから、親心としては叱りたくもなるだろう。
だがそのおかげで、私はなんとか体調を快復させることができた。その点は評価してあげてほしい。
「あの、お父様。メリーのおかげで身体もよくなりましたし、少しは」
「エヴァ。それは結果論だ。私は君たちを叱りたくて叱っているんじゃなく、危険に飛び込んでいかないように言っているんだ」
返す言葉もなかった。
前世の記憶がどうとか、剣霊を食べるのがどうとか、それはあまりにも例外中の例外に違いない。普通は味覚があるし、現代日本の記憶なんてないし、少女の姿をした武器を貪り食ったりもしない。
「とにかくだ。今後は屋敷の誰にも言わずに危険な場所に行ったりしないこと。いいね?」
「……はい」
私もメリーも素直に引き下がった。もっともなことを言っているのだから、無理に反抗する必要もない。
それよりも、いくつか大人に聞いておかなければならないことがあった。
「お父様。お尋ねしたいことがあるのですが」
「どうしたんだエヴァ、そんなにかしこまって」
「『
少女の姿でいる剣霊を殺すことが出来る唯一の存在。そう、エコロケイトは言っていた。
そのエコロケイトの腕を私が食べると、彼女の本体にはヒビが入り、砕けて絶命した。自分とその剣霊喰いとやらの関連を疑わずにはいられない。
お父様は、なんだそんなことか、と言って書斎から一冊の本を持ってきてくれた。
文字は現代日本では見たことの無いものだが、エヴァは幸運なことに溺愛されている貴族の娘。すでに読み書きができるのだ。
どうやらそれは神話の本らしく、古い伝承を研究してまとめてあるものらしい。
「少し難しい本だから、簡単に説明しよう。
ふつう剣霊は主がいないと
でも剣霊のなかには稀に『
ここまではいいね?」
私とメリー、ともに頷いた。エコロケイトが目の前でそうしたのを知っているから、なるほどあれを特異剣というのか、という程度だ。
しかし、その特異剣は本来幻の存在で、そんなに簡単に現れるものではないという。
「本当は特異剣も、世界に数本だけ存在していて、ひっそりと普通の剣霊に混じって暮らしているはずなんだ。
でも、世界の均衡が崩れている時は特異剣が増え、凶暴なものも出てくる。
その特異剣を食べて減らし、世界の均衡を元に戻すのが『剣霊喰い』。わかったかな?
しかし、その歳で神話に興味があるなんて将来有望だな」
特異剣を食べて、殺す。あの行いは剣霊喰いとしては至極真っ当、むしろやらなければならない使命ということだろうか。
積極的に女の子を食べようなんて思わないが、あの肉をまた味わえるのなら、と思ってしまう自分もいる。
私はお父様に続きを話すよう急かした。
「残念ながら、これ以上剣霊喰いについて詳しく書いてあるのは別の本なんだよ。そしてそれはうちにはない」
残念ながら、それ以上に情報は手に入らないみたいだ。例えば、特異剣でしか腹を満たせないとか、そういったことがあれば確信が持てたのだが。
ともあれ、それが有益だったのは間違いない。 ありがとうございましたと礼をして、メリーを連れて部屋に戻ろうとする。
「あぁ、そうだ。この本の作者はこの国の剣霊学校で先生をやってるらしい。入学したら話すといいんじゃないか」
「学校! だって、楽しみだね、エヴァちゃん!」
その剣霊学校がなにかを知らないからなんとも言えないが、この世界の教育水準はどのくらいなんだろうか。
私はそんなことを考えつつ、学校に入ったらなにをしたいとつらつら話すメリーの話に相槌を打っていた。
どうやら十三歳になる年にパートナーの剣霊とともに入学し、主と武器の双方に心得を三年にわたって教えてくれるところらしい。
先日まで平和ボケした女子高生だった私からしてみると、中学校に相当する時期に剣術を習うとかどこの戦闘民族だよという感覚だ。
でもこの世界では当たり前らしい。
こんなことなら、護身術くらい学んでおくべきだったか。
それを考えて、どうしてか大の大人に抵抗しても意味がないという絶望感を伴う実感がわいてきて、私は本能的に思考をそこで止めた。
それ以上は思い出してはいけない。私の中の『剣屋依刃』がそう言っているみたいだった。
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