家出少女は婚約を供養する

「あれっ、ほんとに未成年? 困ったな~」


 あたしを部屋に上げてから、彼はわざとらしく頭を掻きました。

 知ってたくせに。

 あたしはツイッターで本名は明かしていませんが、年齢は正直に書いています。


 そんなあたしの家出を手伝っておきながら、今さら「知らなかった」は通らないでしょう。


「あたし帰ったほうがいい? ダメなら他の人探すけど」

「あ、いやいや、大丈夫。好きなだけ居て」


 あたしは、「はーい」と精いっぱい可愛らしく返事をして家の中を見渡しました。

 3LDKのマンション。

 独身男性のひとり暮らしにはすこし広いように感じます。


 ひと部屋、不自然に何もない部屋がありました。


「ねえ、ずっとひとりで住んでんの?」

「んーいや、ちょっとまえまで同居してて」

「ああ、友だちとルームシェアとか流行ってるもんね。男どうしって気楽で良かったんじゃない? なんでやめたの?」


 相手が男だと決めつけるあたしに、彼はバカにされたと思ったのか、


「住んでたのは女だよ。婚約してたんだ」


 会ったばかりの家出少女に、事情を語りはじめました。


「学生のときから付き合ってたんだけど、正直そこまでいい女でもなかったんだよね。なんか情が湧いて婚約までしたけど、いざ結婚するって考えたら、おれはもっといい女と結婚できるはずだと思えてきて……」

「それで婚約破棄したの? ひっどー」

「まあ、浮気はしてないから、平和にさよならだよ」

「ふうん」


 寂しいこの部屋は、その元婚約者の部屋だったということでしょう。

 あたしは隅のほうを指差して言います。


「平和にって、赤ちゃん堕ろさせたんじゃない? 水子の霊がいるじゃん」

「え、きみ……そんなの見えるの?」

「まあ軽くだけど。本当は父親になるのが怖かっただけなんじゃない?」

「そんなことはない」


 彼は部屋の隅をちらちら見て怯えながら、いかに自分が『できる男』なのかを教えてくれました。

 あたしにはよくわかりませんが、彼はもっと有名になるべき人間で、今はまだきっかけがなくてくすぶっているだけという話でした。


 あたしのような家出娘を泊めるのも、セレブが慈善事業を行なうのと同じ理由だそうです。

 ノブレス・オブリージュという言葉があり、貴族の義務という意味だとか。


「そっか~。じゃあ、あたしにもいいことしてくれる?」

「未成年はよくないなあ」

「じゃあ、よくないことしてくれる?」


 渋ってはいますが、最初からその気だというのはわかっています。

 男は身体の変化を隠しにくいので、ジーンズの前を見れば一発です。


 ただやっぱり、霊のことが気になるみたいで、そわそわ落ち着きません。

 できる男は細かいことも気になるようです。


「塩あるなら盛り塩しとこ? 供養のしかた、あたし知ってる」

「わかった、持ってくる」


 あたしの提案に乗って、キッチンから小さな塩のビンを持ってきました。

 よく見かける赤い蓋の塩です。


「そんなのじゃ全然足りないよ~。コンビニでもっと買ってきて!」

「えー、今から?」

「うん、あとついでに、ゴムもいっぱい……ね?」


 最後のひと押しが効いたようで、彼はすこし離れたコンビニに駆けて行きました。


***


「さて……と」


 見送ったあたしは、すみやかに、警察に電話で助けを求めました。

 気を張っていたせいで声が震えてしまいましたが、もうすぐ保護してもらえます。

 怒られても後悔はありません。


 これで、彼の人生はおしまい。

 未成年を部屋に上げ、コンビニからゴムを買って帰ってきた彼に、言い逃れは不可能ですから。


 お望みどおりきっかけを与えてあげたので、ちょっとした有名人になることでしょう。


 そしてあたしも、望みどおり。

 婚約破棄されて実家で泣いている女性は、幼いころからあたしを可愛がってくれた隣の家のお姉ちゃんです。

 明日のニュースが、すこしでも憂さ晴らしとなってくれますように。

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