親友たちの婚約破棄

「あたしたち、婚約破棄することにしたんだ」


 友だちふたりからファストフード店に呼びだされたわたしは、会うなり、衝撃的なことを告げられました。


「うっそでしょ」

 思わず絶句。


 わたしとそのカップルは、三人で友だちです。

 学生時代からずっと三人組で過ごしてきました。


「やっとくっついたと思ったのに」


 見ていてずっともどかしかった、ふたりの関係。

 それが、社会人となってようやく婚約というはっきりとしたかたちとなり、わたしもひと安心と思っていたところだったのですが……。


「なんで……って、訊いてもいいのかな?」

「うん、当たり前じゃん。あんたには訊く権利があるよ。いちばん祝福してくれた親友なんだから。ね?」

「ああ、おれも同意見だ」


 そう言って語ってくれた理由――


 それは、ひと言で言えば、「なんか足りない」というものでした。

 ふたりで過ごす時間に、ふと沈黙が訪れたり。

 離れているときに、相手をひとりにすることがふと不安になったり。


 誰にでもよくあることなのかもしれませんが、ふたりにはそれが、耐えられませんでした。


 その原因が……


「わたし?」


 いきなりの飛び火に驚くわたしに、ふたりは口々に肯定の返事をします。


「あんたがそばにいて、あたしたちは三人で完成形だったんだよ。ふたりでいるとほんと味気ない」

「これが普通だって思わなきゃいけないんだろうけど、おれたちはもう、知ってしまった。お前を含めて過ごす満たされた時間というやつを」


 まじめな顔でわたしに言います。

 いやいやいや……。

 

「きみらね、婚約したんだから、これから結婚するんだから、そこは我慢してよ。わたしがいないから婚約破棄だなんて、わたしとても受け止められない。そんなのいくら親友でも重すぎてつらい」


 子どもじゃないんだから、となだめました。

 本当、どんな気持ちでわたしが身を引いたと思っているのでしょうか。


 わたしだって彼が好きだったのに。


 でも、友情をふたつ失うくらいなら、恋心をひとつ隠すほうがずっとマシ。

 だからわたしは心からふたりを祝福しました。


 なのに……。

 この言い分はあんまりでしょう。


「ひどいよ……」


 わたしはぽろぽろと涙を流しました。


「ごめんね」

「悪い」


 三人で黙りこみます。

 いやな空気。


 わたしは沈黙を破りたくて、思わず、


「いっそ重婚できればいいのにね」


 軽口のつもりで言ってしまいました。

 わたしの隠すべき気持ちが漏れ出ている、軽口では済まない発言ということに気づいたのは、ふたりの表情を見たときでした。


「それ、あたしたちも考えてた!」

「お前も三人でいられるならそれがいちばんだと思うか」


 ここは日本ですよ?

 重婚は許されません。


 冗談で済ませようとするわたしでしたが、彼らは、


「内縁なら大丈夫だよ。婚約破棄して、あたしもあんたも同じ立場で暮らすの」

「おれたちの関係は法律で規定できないかたちだから」


 いやいや、本気?

 ふたりでわたしの片手をそれぞれ握ってきます。


 たしかにわたしも、三人で居たいけど。

 友情と恋で天秤にかけるべき問題を、解決したつもりで先送りにしているだけのような……。


「待って。念のため訊くけど、それって夜のほうはどうするつもり?」

「自然に任せるだけよ。無理に決めてギクシャクするのもいやだもの。わたしたちが三人でいれば、きっといい感じになるんじゃない?」


 そう、かなあ……?


 わたしがここで断れば、ふたりは婚約破棄して別れることになります。

 別れた男女を含めた三人で、友だちのままいられるとも思えません。


 でももし、ここでわたしが承諾すれば、友情と恋心の両獲りができる?


「う、うーん」


 悩むわたしの手を握って、ふたりは期待できらきらと目を輝かせています。


 ――まあ、いいか。


 婚約破棄するなら、アドバンテージはリセットです。

 前回は先を譲りましたが、次は負けません。


 次こそは友情を優先しないぞという思いをこめて、わたしはふたりの手を握り返しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る