永遠の婚約

 ショッピングモールの奥にあるロッカールーム。

 本来であればショップの従業員しか入れない小さな部屋に、わたしと婚約者はいます。


 密室で、ふたりきり。


「誰もこないね」


 わたしは彼に言いました。

 部屋の隅の椅子に背中を預けている彼は、じっとこちらを見ています。


 わたしが許せば、すぐにでもわたしの身体をむさぼることでしょう。


 さっきも、まだ心の準備ができていないわたしに、彼は唇を這わせました。

 ロッカールームにある鏡に映して見ると、首の、彼の口が触れたところの色が変わっています。


「もう、キスマークになっちゃったじゃない。あなたったらほんと自分勝手。そんなにわたしが欲しかったの?」


 言葉とは裏腹に、わたしは怒ってはいない自分に気づきました。

 もっと時間をかけて未来を考えるべきだった?

 ううん、これでいいの。


 彼が望むなら、もうわたしが自分を守る必要なんてない。


「ねえ、わたしが欲しい?」


 手が触れる距離に近づきます。

 彼と目が合いました。


 たとえ婚約していても、こういうときに身体を許すかどうかは人それぞれ。


 愛があれば婚約なんてしていなくても平気な人だっているでしょうし。

 結婚していても触られるだけで怖気が走るような人だっているかもしれません。


 わたしはただ、


「この場合、婚約ってどうなるのかな?」


 そう思っているだけです。

 でもーー


「今さら考えても仕方ないよね。もうわたし、首にあなたの印がついてるんだもの。あなたのものってことで、いいよ」


 言って、わたしは彼に抱きつきました。

 椅子に座った彼の上に乗る体勢で、お互いの顔がよく見えるように、しっかりと。


 彼はすぐに、わたしの首に吸いつきます。


「ああ……」


 覚悟はできていたので、恐怖はありません。

 彼は柔らかいわたしの首筋にくっきりと歯形を残しました。


 これでもう、引き返せない。

 わたしの身体に、彼が満ちていくのが感じられました。


 思えば、恋だってウイルスのようなものです。

 空気感染かもしれないし、接触感染かもしれないけど。

 それは彼という存在からわたしに伝染した、わたしだけのウイルス。

 恋の病とはよく言ったものです。


 恋の病には治るものと治らないものがありますが、わたしのは治りませんでした。

 だから婚約をして、こういうことだって許しています。


「これももう、治らないよね。だったら恋と同じじゃない?」


 わたしは、彼の顔を自分の胸に抱きしめて訊いてみました。

 胸も柔らかいので、彼のお気に召したようです。

 むさぼるのに夢中な彼は、くぐもった声を出すだけ。


「思ったほど痛くないんだね。……わたしももうすぐ、そっちに行けそう」


 意識を手放すまえに、強く願います。


「婚約は無効になんてならない」


 結婚式を挙げることはもうできません。

 でも、約束したという事実は消えることはないでしょう。


「だからこの婚約は、永遠」


 椅子に縛りつけた彼ーー先にゾンビとなった彼に食べられながら、わたしは祈りました。

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