後妻業じゃないの?
「単刀直入に訊きますけど、あなた、祖父の遺産目当てですよね?」
わたしはその女に遠慮はしませんでした。
怒るなら怒ればいい、くらいのつもりです。
だって、そのほうが本性が見えるから。
祖母が亡くなって10年が経つ、ことし。
祖父が若い女と婚約したと母から聞かされたわたしは、会社を早退してその女と対峙していました。
女は水商売でもしていそうな濃い化粧で、長い黒髪と大きな胸を揺らし、ヒールを履いた長身からわたしの顔を覗きこんできます。
「あは、『よくできました』って言われたいのかしら。先生から花丸もらって喜ぶタイプ?」
「はぐらかさないでください。お金が欲しいんですよね?」
「お金? そうね、好きよ」
あっさり認めました。
わたしは両手をにぎりしめ、力をこめて言います。
「祖父との婚約を破棄してください。家族の誰ひとり、あなたのことを認めません」
「あらそう」
女は笑いました。
「でもあの人は、あたしを好きと言ってくれるわ。それで充分なんじゃない?」
「騙して、言わせてるだけじゃない」
「恋愛感情なんて錯覚だわ。嘘も真実もないから、男と女はおもしろいの。ふたりで満たされれば、それがすべて。あなたもそのうちわかるわよ」
詭弁だ、と思いました。
でも、何を言ってもごまかされるとわたしは理解したので、方針を変えます。
「祖父の遺産があなたに渡らないよう、弁護士と相談して対策をとります。お金にはならないから、もう手を引いてください」
「弁護士を魔法使いか何かだと思ってるみたいだけど、残念ながら、法律という魔法は誰にでも使えるの。お金をいただく方法はいくらでもあるわ」
「……手を引いてください。祖父のことは、放っておいて」
わたしの言葉に、女が目を見開きました。
これまでにないほど感情をあらわにして、
「放っておいたのはあなたたちでしょう? あの人はもう死を待つだけの存在? 違う! あたしと恋してあの人は生き返ったの。それがわからないあなたに、あの人を救うなんてできやしないんだから」
「違う――」
「違わないでしょう? あたしだけよ、あの人を見て、あの人の言葉をちゃんと聞いてるのは。これが恋愛じゃないなら恋愛なんてこの世にないわ」
女はわたしに背を向けました。
泣いてる?
いや、考えすぎ。
わたしは、幼いころから優しくしてくれた祖父、妻を亡くして肩を落とす祖父、ひとり静かに窓の外を眺める祖父……いろいろなシーンを思いだしました。
「とにかく、対策はとりますから」
「どうぞご自由に。あたしは、愛の証として法律が認めてくれるぶんを、きっちりいただくだけよ」
話は終わり、とばかりに女は背を向けたまま右手をあげ、歩きはじめました。
「じゃあね。いろいろ言っちゃったけど、あなたは孫としては充分、あの人を愛していると思うわ。女としてはあたしがいるから、もう心配しないで」
「……心配は、します」
わたしはそう返すのが精いっぱいでした。
女が去ったのを確認すると、力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまいました。
「あの女……何? あんな人がいるなんて」
地面を見てつぶやきます。
祖父の遺産をもらうとは言っていましたが、祖父のことをただの金づるとは思っていないようでした。
愛は錯覚で……
遺産は、愛の証。
今のわたしには理解できません。
でも、もし祖父がまた生き生きと暮らしているなら、そのシーンは脳裏に刻みに行きたいなと思いました。
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