復縁のための婚約破棄
「婚約破棄? なんで?」
「だから、結婚線がね――」
人のまばらな個人経営の喫茶店の店内。
わたしは左手を見せ、婚約者に再び説明します。
小指のつけ根の下にある線を結婚線と呼ぶこと。
わたしのは途中でわずかに途切れている破線であること。
つまりこれは、同じ相手と再婚する手相だということ。
わたしの独学ではありません。
最初は街角にいるいわゆる辻占いのかたから指摘された相ですが、その後、高い料金を払って見ていただいた高名な先生からも同じことを言われました。
「……それで婚約破棄? 馬鹿げてないか?」
「ううん、ちゃんと考えてみて。離婚して再婚するってかなり面倒で大変なことだと思わない?」
「そりゃまあ、そうだけど」
「だから婚約中に済ませておくのよ」
結婚線が、婚姻関係だけの相ではないことは確認済みです。
たとえば結婚線の短い人が、長年結婚せずに婚約のままでいたら、その婚約は破談となります。
結婚というより、縁そのものを表す線です。
だから、わたしの作戦は通用するはず。
「ね? いったん婚約破棄して、それからまた婚約しましょ?」
「……うーん」
彼は腕を組んで考えはじめました。
悩むことのない、ベストな選択だと思うのですが。
まだ同棲もしていない、結婚の約束をしただけの状態です。
さすがに言葉だけで「婚約やめた」では不安ですから、親や周囲にも伝えて、本当にいったんは別離する必要があると思います。
「ひとつ確認だけど」
「なあに?」
「この手相の話は、ぼくが本気でいやだと言っても撤回してはくれない?」
「うん、だって離婚は困るもの」
彼は、「そうか」とあきらめたように言いました。
やっとわかってくれたようです。
「じゃあ、ちゃんと別れよう」
「ありがとう。しばらくは連絡とかもやめる?」
「ああ、スマホからも消すよ。きみもしっかり消してくれる?」
彼は自分のスマホをテーブルに置き、電話帳とラインからわたしを削除するのを見せてくれます。
わたしも、同じように消しました。
お会計して喫茶店を出ると、
「これで婚約もおしまいか。本当に愛してたんだが、手相がそんなに大事なら仕方がないよな」
「ごめんね、わがまま言って」
「いやたしかに、結婚してから言われないでよかったよ。その点はほんとに感謝してる」
「うふふ」
最後に長いハグをして、わたしたちは別れました。
あとは復縁するだけ。
あの様子だと彼から連絡してくれるかな。
あ、でも……。
どうやって連絡くれるんだろう……?
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