姉のカレから婚約破棄?

「こ、婚約破棄したいって……まじめな話?」


 わたしは全身から冷や汗が出るほど焦っていました。


「まじめだよ。きみと別れたいんだ」


 そう答える彼は、ふたごの姉の婚約者だからです。

 わたしに彼氏はいません。

 いたことすらありません。


 どこから説明したものか悩みますが――


 始まりは、姉のおふざけでした。


 わたしがふたりの暮らすマンションに遊びにきたときのことです。

 姉が「入れ替わってみない?」とクローゼットに隠れたところ、仕事から帰宅した彼は、まるで入れ替わりに気づかなかったのです。


 たしかに見た目はそっくりですし、わたしは姉をよく観察していたので、まねが上手でした。

 そのまま夕飯を済ませ、彼が入浴したところで笑いをかみ殺している姉と再び入れ替わり、その日のわたしは帰宅しました。


 これだけだったら、ちょっとスリリングなお遊びで済んだのですが。


 姉は、この経験を「使える」と考えました。

 もともと主婦向きではなかった姉は、それ以来、たまにわたしと入れ替わっては、友だちと遊んだり旅行したりと羽を伸ばしはじめました。


 もちろんですけど、夜の営みは断ります。

 そこは越えてはならない一線です。

 わたしのときに誘われたら「明日がいい」と焦らし、翌日の姉が充分に満足させることで帳尻を合わせてきました。


 その、つもりでしたが……。


「婚約破棄する理由がわかんないんだけど」

「そうか? あれだけ夜に断られれば、さすがにおれも傷つく」

「あ……」


 やっぱ帳尻は合わないのか、と理解しました。

 わたしは男性のそういうことはよく知りませんが、振替休日みたいに「今日がだめなら明日」とは、いかないということだと思います。

 人間の身体ですから、言われてみれば、それはそうかと思わざるをえません。


 もう入れ替わりは無理だな、と残念に感じました。


 わたしは姉とそっくりですが、まるでモテません。

 顔ではなく性格に人は惚れるということでしょう。

 わたしは奥手で、姉は女王のような強気な性格です。

 なので、姉の代わりとはいえ、わたしと楽な気持ちで過ごしてくれる男性がいるというこの状況を、正直かなり楽しんでいました。


 姉のようにふるまうこの時間は、まるで魔法で変身したアニメのヒロインの気分でした。


 でも、夢の時間はこれで終わり。

 今はとにかく、婚約破棄を思いとどまらせて、無事に姉のもとへと婚約者を返さなければなりません。


 わたしは姉のまねを忘れて必死に懇願します。


「ごめんなさい、婚約破棄だけは絶対いや。なんでもするから許してください」

「お、おい……。急にどうした」

「お願いだから」


 涙ながらに訴えるわたしに、彼は優しく、


「そこまでおれと離れたくなかったのか。いつも強気すぎてわからなかったよ。ごめんな」

「じゃ、じゃあ――」

「ああ、婚約破棄はやめるよ。べつに嫌いになったわけじゃないし、おれはただ不満があっただけだから」


 そう言ってわたしを抱きしめ、キスをしました。

 キス。

 モテないわたしの、初めてのキス。


「愛してるよ。今夜は、いいね?」

「……はい。愛しています」


 ここで断ることなどできるわけがないでしょう。

 わたしに拒否権はありません。


 わたしが禁断の魔法を使ったのだから、罰を受けるのは仕方のないことです。


 でも――

 初めてなのがバレなければいいのですが。

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