赤と白の婚約破棄合戦

「あー、こりゃ、除夜の鐘よりあとになるかも」


 わたしは、彼からのラインを見て言いました。

 彼はソシャゲ会社のプログラマー。

 正月イベントに不具合があることが直前になって発覚し、その修正対応に時間がかかっているようです。

 カウントダウンまえに修正完了しないと数十万のユーザーに迷惑をかけてしまうので、それまでは会社を出るわけにはいきません。


 そう、今日は大みそか。

 わたしは自分の実家で、両親と妹と一緒にこたつに入り、テレビを眺めています。

 去年は彼の実家にわたしが行ったので、ことしはわたしの実家のほうに彼が来てくれることになっていました。


 イケメンの彼が来るのを楽しみにしていた母は、残念そうです。


「えーじゃあ、年越しそばも先に食べちゃったほうがいいのかしら?」

「うん、全然無理だと思う。寝るまえになると太っちゃうし、もう食べよっか」


 わたしの言葉で、母が台所に向かいました。

 父はじっとテレビを観ていましたが、不意に、


「おれを待たせるなんてお前の彼氏は偉くなったもんだな」


 などと不満を言いだしました。

 めんどくさ……。


「偉くないから働かされてるのよ。貧乏暇なしって」

「おれの娘を貧乏人に嫁がせるわけにはいかん」

「……うちだってお金持ちじゃないのに」


 しまった、と思ったときには手遅れでした。

 父は無駄にプライドが高く、自分の収入のことを言われるのが何より嫌いです。


 案の定、若いころの仕事ぶりはこうだったとか、それでも家庭のことは考えていたとか、耳タコのご高説が始まりました。

 はあ……。


 よくもまあ、そこまで顔を真っ赤にして主張できるものです。


 わたしは熱くなることがありません。

 プライドが高いわけでもないし、何に対してもこだわりが薄いし。

 のれんに腕押し、ぬかに釘、と友だちからもよく言われます。

 ほんと、父とは好対照。


 じゃあ母に似たのか、といえば、そういうわけでもなく――


 ダンッ。


 年越しそばの器が置かれる音で、わたしは察しました。

 母も、怒っています。


「お父さん、あなたずいぶん家庭的な父親だったのね?」

「実際そうだっただろ」

「あっそう。じゃあ、あたしの知ってる人と、ここにふんぞり返ってる人はべつなのかしらね?」

「なんだと?」


 妹が黙って立ち上がり、「そば、部屋で食べるね」とわたしに耳打ちして二階に上がっていきました。

 わたしは、「よいお年を」と返しました。

 ふたりとも、こんな喧嘩は日常だったので、とくに動揺はありません。

 ただやり過ごすだけです。


 母は、怒ると血の気が引いて、顔が真っ白になります。

 物の本によれば、こういうタイプのほうが喧嘩には強いという話です。

 手足のほうに血が巡るので、身体能力が高まるとか何とか。

 逆に言うと父みたいな頭に血がのぼるタイプは、普段より動きが悪くなるということです。


 いやまあ、殴りあいには発展しませんが。

 ……しないよね?


 そのうち父が、


「何がソシャゲーだ? みんな子どもにお年玉あげるために働いてるってのに、それをまきあげるのがソシャゲーなんだろ? そんなやくざな商売してるやつに娘はやれん。婚約破棄しろ」


 とんでもないことを言いだしました。

 それどころか、母まで、


「それ本当なの? あたしは人を楽しませる仕事だって聞いてたのに。ソシャゲーってやくざなの? 本当なら結婚は考えなおしたほうがいいんじゃない?」


 え? 突然の共闘?

 なんだかソシャゲのマルチプレイみたい。


 ……なんて冗談を言える空気でもなく。


「あのね、ソシャゲが悪いわけじゃないんだよ。そりゃ運営にお金は必要だから多少は商売っ気も出すけど――」


 大みそかに、なんでソシャゲ擁護論をわたしは語らされているのでしょうか。

 赤い顔の父と、白い顔の母に、婚約破棄を迫られながら。


 会社にいる彼に念を送ります。

 お願い……。

 今はユーザーより、わたしのことを助けてくれない?

 お願い、すぐに来て……。


 このままだと、婚約生活がサービス終了しそうです。

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