あけまして婚約破棄

 元日の初詣。

 参拝客でごった返す、神社の境内。


 あたしと彼は、手を繋ぐでもなく、ただ毎年の恒例行事として寒いなか参加しています。


「……人、多いね」

「そうだな。寝とけばよかった」

「そこまでは言ってないよ」

「そうか……」


 おもしろくも何ともない会話です。

 彼とはもう八年付き合っていて、婚約して同棲を始めてからも五年は経っています。

 いい加減、入籍すべきなのでしょうけど。


 なんだか婚約したときの情熱も冷め、すでに熟年夫婦みたいに枯れてしまいました。


 結婚しようとも、婚約破棄しようとも言いださず、お互いのものぐさな性格もたたって、ずるずると年齢だけを重ねてきました。


 でも、あたしもことし、30歳になります。

 彼はふたつ上だから32歳。

 どうするのか決めるなら、そろそろでしょう。


 婚約破棄してフリーになれば、あたしももっと女として輝くかもしれません。

 危機感とか出てくるだろうし。


「ねえ、いつ結婚するか考えてる?」


 一応、訊いてみました。

 彼は彼で新年で何か決意を固めているかもしれない、と思ったのですが……。


「ん? いや、とくに」

「だよね~」


 もう潮時かな、と感じました。

 婚約破棄するなら、ことし。


 もう、思い立った勢いのまま、ここで言ってしまうのもありかもしれません。


 と、そんなタイミングで、あたしたちの参拝の順番がまわってきました。


 二拝二拍手一拝。

 あたしは、彼と神様だけに聞こえる声で言います。


「婚約破棄できますように」


 終わってから横目で見ると、彼もこっちを見ました。

 たぶん聞こえていたのでしょう。


「もう帰る?」

「……いや、絵馬を書く」


 彼の返事に、あたしは「ん?」と思いました。

 人ごみの苦手な彼は、毎年すぐに帰りたがるのに。


 また並んで、彼は本当に絵馬を買いました。

 あたしが適当に交通安全のお守りなんかを選んでいるあいだに、彼はさっさと絵馬を書き、すこし離れたところにある掛所にかけています。


 気になったので急ぎ足で合流し、見ると、


「え、これ誰なの?」


 知らない女性の名前が書いてあります。

 その人と食事に行けますように、というのが彼が絵馬に書いた願いごとでした。


「会社の後輩」

「え、え、浮気してんの?」

「食事も行ってないのに浮気するわけないだろ」

「じゃあ何なの!?」


 あたしは彼の腕を掴み、問いつめるように訊いていました。

 そんなあたしを彼はちらりと見やり、


「だって婚約破棄するんだろ? だったらおれも新しい人生を考えないと」


 口許が笑っています。

 やり返された、と気づきました。


「絶対ことし、婚約破棄するからねっ!」

「ああそうだな、浮気はしたくないから、後輩と食事に行くまえに頼む」

「はあ? 浮気した瞬間に婚約破棄して、慰謝料ふんだくるに決まってんでしょ?」

「お前の参拝が原因なんだから、もしそうなってもこっちが慰謝料もらってやる」


 はー……。

 波風立ったぶんだけ、何も言わないよりはマシだったのかもしれませんが。

 本当にことし中に婚約破棄できるのでしょうか。


 神様、どうかお願いします。


 あと、あけましておめでとうございます……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る