浮気はしたけど婚約破棄ってひどくない?

「ごめんなさい……」


 わたしはしゅんとして婚約者に謝りました。

 だって彼があんまりにも怒るから。


 悪いと思うことは、わたしは絶対にしません。

 分別はちゃんとついている大人です。


 謝っているのは、彼がそれを求めているから。

 大好きな人に求められたら、それをしてあげるのが当然のことです。


 でも、彼は、


「謝るってことは悪いと思ってるんだよな? なんで浮気なんかした?」

「なんでって……」


 べつに悪いと思わなかったからなんだけど……。


 さっきから何度も言っているのですが、そのたびに怒るのでもう言えません。

 他のことを言わなければ許してもらえないみたいです。


 でも、嘘はよくないので、自分の中にある他の理由を探しました。


「あなたへの気持ちが変わらないから、かな?」

「気持ち?」

「好きってことよ。わたしにとってはあなた以外の男はみんな何でもないの」

「だったら、なんで……!」


 結局また怒られます。

 好きと言われて怒るなんて、わたしからすればとてもおかしなことなのですが……。


 何を言ってほしいのか、話しながら探っていくしかありません。


「どういう気持ちだったんだ? 浮気してるとき」

「お腹空かせた犬にご飯あげてる気持ち」

「よその犬だぞ!?」

「それでも、ご飯あったらあげるよ」


 彼の自尊心を傷つけないよう、他の男はわたしにとって「好き」の対象じゃないことを説明しました。


 わたしが言っても仕方のないことだけど、浮気という言葉が悪いと思います。

 気持ちが入っているような印象になるから。


 何度も言いますが、好きなのは彼だけです。


 でも――


「考えかたが違いすぎる! 結婚はできない」

「え? 婚約してるよ?」

「だから、婚約破棄ってことだよ」


 婚約破棄。

 なんでそんなこと言うの?


 わたしは突然の展開に驚き、慌てました。


「ちょっと待って。婚約破棄って結婚やめるってことなんだよ?」

「だからやめるんだって」

「おかしくない? こんなに好きなんだよ?」


 人を本気で好きになったのは初めてです。

 いえ、これまでも好きだと思ったことはあったのですが、今のこれは、過去の「好き」とは全然違う、本当の「好き」です。


 大好きと言っても足りないほどの気持ち。

 だから、これが愛なのかもしれないと思いはじめていたのに。


「あのね、人って考えがそれぞれあるの。それを尊重して生きていくのが大人なんだって、わたしは教わってきた。だから、考えかたが違うくらいで――」

「違いすぎるんだよ。ぼくからすれば、きみはとんでもないビッチだ」

「ひどい……」


 わたしは泣きました。

 あまりにひどい言葉を投げつけられたから。

 言葉は人を傷つけてしまうのに、ずたずたに切り刻まれました。


 彼の言ったその言葉は、誰かれかまわず誘惑する女性のことです。

 わたしとは全然違います。

 誘惑なんかしたことがないし、自分の性欲に従って動いたことすら、ただの一度もありません。


 彼のことを一途に愛している女です。

 彼しか見えていないからこそ、男友だちと身体を重ねてもまったく揺らがない、愛にひたむきなわたしです。


「とにかく、ぼくはいやだ。結婚はしない」

「そんな、子どもみたいに……」

「ふざけるなこの――」


 そのあとに言われた言葉はもうわかりません。


 わたしの心は真っ黒になりました。

 愛しているのに結婚できない。

 気持ちは日に日に深まるばかりなのに、彼が離れていってしまう。


 こんなの……あんまりだと思いませんか?


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