第21話:ナル・ペリドット
出会った当初の印象は最悪だった。
『今、みんなで勉強してるんだけど貴方も――』
『……うるさい』
『なっ! うるさいって何よ! 人がせっかく心配して声かけてあげたのに!』
『誰も頼んでない。いいからさっさとあっちに行け。俺に構うな』
『むっかー! そんな言い方することないでしょ!』
初対面の時からそんなやり取りを何度も繰り返したのをよく覚えている。
しかし彼女はどれだけ邪険に扱われようとも俺に対してしつこく話しかけ続けてきた。
毎日毎日、他の子供たちからもう放っておけばいいと言われても決して諦めようとしなかった。
まとめ役の年長者としての行動か、それとも俺がよほど放っておけない顔をしていたのか今となっては分からないが、とにかくしつこかったのを覚えている。
当時の俺がそんな彼女に対して抱いた印象は『鬱陶しいお節介な女』。
周囲の人間が全て自分の敵に見えていたこともあり、しつこさに根負けして絆されることもなかった。
院長夫妻も俺から無理に事情を聞き出すこともなく、俺は寝床と食事を提供してくれる彼らに甘えて更に孤立を深めていった。
そうして他の孤児たちが皆で遊び学んでいる中でただ一人、日中から院を抜け出して森の中で父から教わったやり方で剣や魔法に研鑽した。
全ては連中に復讐し、両親の無念を晴らすため。
力をつけてそれを果たそうとするのは今思えば子供じみた短絡的な思考だが、その行動が今の自分に繋がっているのなら必ずしも間違いではなかったようにも思える。
実際、自分には父から多少なりとも受け継いだ才能があったらしい。
復讐心が原動力にもなり、剣と魔法の実力は『子供としては』という枕詞が必要ないほどに伸びていった。
だが、そんな俺の努力をあざ笑うかのように世の中は変化していく。
連中の動向を知るために、俺は日々届く新聞に目を通し続けた。
しかし誰一人として奴らを疑うものはなく、そこを埋め尽くすのは賞賛の言葉ばかり。
仲間の裏切りを逆手に取り、魔王軍及び魔王本人へと大損害を与えた。
そこから追撃の手を止めずに人類の活動圏を大きく取り戻した。
国王から過去の英雄譚になぞらえた称号と爵位が与えられた。
連中は瞬く間に一介の子供でしかない俺の手の届かない高みへと上り詰めていった。
本当にこいつらを相手に両親の仇が取れるのか、真実を暴いて二人の汚名を濯ぐことが出来るのか。
一方、俺はただ焦燥と無力感を募らせていくことしか出来なかった
そんな俺に転機が訪れたのは、院に流れ着いて一ヶ月が経とうとした日のことだった。
日課の訓練を終えた俺は院への帰り道であるものを見かけた。
『……
それはあの『鬱陶しいお節介な女』が虚空へと向かって魔法の詠唱をしている姿。
片手には古ぼけた魔法教本が握られており、院の本棚から持ち出したそれを片手に魔法の練習をしているのはすぐに分かった。
しかし、何度呪文を詠唱しても突き出された手のひらからは僅かな煙すら出ない。
そんな一目見ただけで全てが間違っている魔法の訓練を冷ややかな目で見ながら俺は
『下手くそ』
と、ただ一言の辛辣な悪態と共に側を通り抜けた。
『ちょっと! 今、なんて言った!? 聞こえてるんだからね! 珍しくそっちから話しかけてきたと思ったら下手くそって何よ! 下手くそって!』
不満を顕にしながらズカズカと大股で俺の背を追いかけてくるナル。
『人にそんなこと言えるなら、あんたはさぞすごい魔法が使え――』
そんなナルを一瞥もせずに、俺はただ彼女にも見えるように手のひらを上に向けて火を出してみせた。
それは言うなれば、ただ自分の力をひけらかしただけの示威行為。
自らが燻ぶらせている無力感による鬱憤を見下せる相手へとぶつけただけ。
相手が相手なら二度と魔法に関わりたくないと思わせてしまうような最低の行動だったと今は思う。
しかし、ナル・ペリドットという女はその程度のことで打ちのめせる相手ではなかった。
『……す、すっごーい!! すごいすごい!! すごーい!!ねぇ、今のどうやったの!? なんで呪文も唱えないで火が出たの!? 魔法を使うには呪文が必要だってこの本にも書いてあるのにどうして!?』
魔法を見るのは初めてだったのか、それとも同年代の者が教本に載っているよりも高度な魔法を行使したことへの歓心か。
目の前の相手がほんの数秒前に自分を蔑んだことすらも忘れたかのように、彼女は一転して目を輝かせた。
『な、なんでって……』
これ以上付き纏われるのは勘弁だと嫌われるためにやったはずの行動。
思っていたのとは真逆の反応にひどく戸惑ったのを覚えている。
『教えて! 私にもやり方教えて!?』
一切の悪感情なく、心の底からの憧憬の眼差しを向けて教えを乞うてきたナル。
しかし、当時の俺はやっぱり
照れもあったのか、ただ一言
『絶対に嫌だ』
と言ってその場から逃げ出した。
それから翌日も、そのまた翌日も同じように帰り道で魔法教本を片手に練習に励んでいる彼女の姿を見かけた。
しかし、才能があるわけでもなく師がいるわけでもない状態での練習は間違った方向に突き進んでいるだけで一向に成長している様子はない。
詠唱という名の無意味な喚き声と共に突き出される手からはやはり僅かな煙も出ない。
それでも彼女は諦める気配も見せず、毎日教本と睨めっこしながら日暮れまでそれを続けていた。
そんな日々が何日か続いた時、俺は我慢出来ずにまた彼女へと声をかけてしまった。
もちろん、『俺が教えてあげる』だなんて優しいものではない。
『なあ、どうしてそんな無駄なことを続けてるんだ?』
決して実を結ばない努力を続ける彼女に対する疑問が理由だったのだと思う。
『むっ……いきなり話しかけてきたと思ったら、人が頑張ってるのに無駄って何よ。無駄って』
いきなり誹謗じみた疑問を投げかけてきた俺に対して向こうも当然立腹した。
『だって、自分でも分かってるだろ? もう何日もやってんのに何の進歩もないってことくらい』
『そ、それはそうだけど。だからって諦めたらそれで終わりじゃない! それに今日は無理でも明日は出来るようになるかもしれないでしょ!』
『もう三日も初歩の初歩で止まってる奴が、急にそんな都合よく出来るようになるわけないだろ』
『出来るもん!』
『無理だね。賭けたっていい』
『うぅ~……むかつく~……だったら勝負よ!』
『勝負?』
『そう、二週間以内に魔法が使えるようになったら私の勝ち! あんたには次の日からちゃんと私たちと一緒に勉強して一緒にご飯も食べてもらうから!』
『……じゃあ、二週間以内に出来なかったら二度と俺に関わって来るなよ?』
『望むところよ!』
売り言葉に買い言葉の応酬の末、子供じみた勝負をすることになった俺たち。
自分としては絶対に負けない戦いへと臨んでいたつもりだったが、この時点で既に向こうのペースに巻き込まれていたのには気づいていなかった。
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