第20話:身の上話
「先生、どうしました?」
急に止まった俺を見てフィーアが首を傾げる。
「いや、なんでもない。この金属の板がこいつの魔力触媒だ」
術式が刻まれた金属製の板を見て懐かしい気持ちを覚える。
オリハルコンをはじめとした高い魔力伝導率を持つ金属をかけ合わせたもの。
それは研究者である母が製法を編み出した合金だった。
当時の同僚だったあのアニマ・ミストラルに先んじて、自分がその製法を発見したと何度も自慢気に聞かされたのを今もよく覚えている。
「こんな小さな物に魔法の術式が仕込まれてるなんて不思議だろ?」
「はい、人間さんたちはすごいです……」
心から素直な歓心を表しているフィーア。
それは敵性の技術に対してやや
イスナがいる時とは全く違う、のんびりとした空気の中で作業を進めていく。
手探り状態ではあるが、調べている間に少しずつ構造を理解できてきた。
「もしかして、ここが接触不良を起こしてるのか……?」
術式が刻まれている本体へ魔力を流す役割を果たしている部分に、僅かではあるがズレがあるのを見つけた
「そうか……接触不良による供給不足が原因で、遠距離交信には魔力が足りてなかったのなら腑に落ちるな。これなら俺でも直せそうだ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、手持ちの道具で何とかなりそうだから少し待ってろ」
そう言ってやると、これまで緊張の面持ちで事を見守っていたフィーアの表情が緩んだ。
しばらく放置してしまっていたのもあって、ここは少し良いところを見せないとなと気合が入る。
分解に使ったのとは別の工具を使って慎重にズレを修正していく。
生理的な指先の震えだけで失敗しそうになる細かい作業だが、ゆっくりと丁寧に進める。
「……よし、これでどうだ? 試しにもう一度フェムと交信してみろ」
接触不良を起こしていたと思しき場所を修正し、留め具を付け直して元の形に戻った魔道具をフィーアへと手渡す。
外見上は何も変わっていないが、あれが原因ならこれで治っているはずだ。
「は、はい……。ふぇ、フェムちゃん? 聞こえますかー?」
フィーアが魔道具へと声をかけると、向こうからゴソゴソと衣擦れのような音が響いてくる。
それから続けて――
『聞こえてる……ばっちり』
今度ははっきりとあの淡々としたマイペースな五女の声が聞こえた。
「わぁ! せ、先生! 聞こえました! フェムちゃんの声です!」
「ああ、俺にも聞こえた。ふぅ……元よりもひどくなってたらどうしようかとヒヤヒヤしてたが無事に直ったみたいで何よりだ」
「はい! ありがとうございます! フェムちゃん、今どこにいるんですか?」
『えっと……今は――』
なんとか面子を保てたようでほっとしながら、フィーアがフェムが魔道具越しに談笑しているのを眺める。
どうやらフェムは魔法で空を飛んでフィーアの想定よりもかなり遠くに行っていたらしい。
更にマイペースに磨きがかかってきたというかなんというか……。
しかし、そんな長距離の交信が出来るとはかなり高度な魔道具のようだ。
「本当にありがとうございます! 先生!」
フェムとの交信を終えたフィーアが笑顔でペコペコと何度もお辞儀をする。
「どういたしまして。でも、はしゃぎすぎて落としたりするなよ。もっと派手に壊れたら流石に直せないからな」
「は、はい! 気をつけます!」
今度は手のひらでギュっと強く握りしめられる。
流石に握りつぶしてしまうほどの握力はなさそうだし、まあいいか……。
「それにしても先生って手先もすごく器用なんですね……すごいです……。あんな細かい作業……私には絶対無理です……」
「別に大したことじゃないさ。部品がズレてるのを直しただけだしな。それより話は変わるけど久しぶりの故郷はどうだ? ちゃんと休養になってるか出来てるか?」
「はい、やっぱりお家は落ち着きます。あっ、別に先生たちとあのお屋敷で暮らすのが辛いというわけではなくてですね」
「そういう意味じゃないのは分かってるから心配しなくていい。息抜きになってるなら良かった」
半ば自分の都合に付き合わせている罪悪感が少しだけ薄れる。
その後、しばらくフィーアと取り留めのない談笑を続けた。
そうしてノインさんにこってりと絞られているらしいイスナが来ないまま一時間程経った頃――
「あの……先生はどうして先生になろうって思ったんですか……?」
フィーアが不意にそんな話題を切り出してきた。
「俺が教師になった理由?」
「はい……私、よく考えたら先生のことをあんまり知らないなと思いまして……。手先がすごく器用なのもさっき知ったばかりですし……あっ……す、すいません……いきなり変なこと聞いちゃって……」
「いや、大丈夫だ。そうだな……教師になった理由か……」
恐縮するフィーアを宥めて自らの記憶を紐解いていく。
『あなた、学校の先生とか向いてるんじゃない!?』
すぐに思い至ったのは、あの時あいつが何気なく俺にくれた言葉だった。
「俺に教師が向いてるんじゃないかって言ってくれた奴がいたんだよ。まだ俺がフェムよりも小さい子供だった時の話だけどな」
「そうだったんですか……。じゃあ、その人のおかげで先生が私たちの先生になってくれたんですね」
「まあそういうことになるな。そう考えると誰か些細な言葉の一つで人生ってのは大きく変わるもんなんだなって実感するよ」
「はい、私もそう思います。それで……その人はどんな人だったんですか?」
「んー……そうだなぁ……いつも馬鹿みたいに笑ってて、超がつく程のお節介で……最初に会った時は絶対に相容れないと思ったくらいには鬱陶しい奴だった。なのに、こっちの意思なんてお構いなしに毎日毎日つっかかってきて……」
じっと真剣な表情で俺の話に耳を傾けてくれているフィーアへ、当時は言えなかった愚痴を漏らすように昔話を語っていく。
それはあの日の夜、俺が母の手を離した後の出来事。
必死の逃走の果てにたどり着いた場所で、あの女と出会った時の話だ。
*****
母の手を離した俺は両親の無事を祈りながら暗闇の森を駆け続けた。
手の届く範囲すら見えない暗闇、至る所から聞こえてくる獣の鳴き声、時折遠くから響いてくる追手の怒号。
当時の俺にはその全てが絶望的な恐怖でしかなく、怯えから足を踏み外して崖下の川へと転落するのは当然の帰結だった。
数日前に降った雨による増水で勢いを増している濁流。
幼い俺に為す術があるわけもなく、意識は瞬く間に暗闇の中へと引きずり込まれた。
次に意識を取り戻したのは、埃っぽい匂いのする古めかしいベットの中。
側には知らない老婦人の姿があり、目覚めた俺に彼女は状況を説明してくれた。
ここは彼女ら夫妻が運営している孤児院で、付近の川辺に流れ着いた俺は二人に救助されてから何日も眠っていたと。
場所は足を滑らせた場所からかなり下流にあり、生きていたのは奇跡としか言い様がなかった。
院長夫妻は俺から無理に経緯を聞き出そうともせず献身的に世話をしてくれた。
それから数日後、自分で歩けるまで快復した俺はまずあの日に何があったのかを調べることにした。
あれは本当に現実の出来事だったのか、もしかしたら全ては川に落ちた自分が見た夢だったのかもしれない。
父も母も無事で、自分の帰りをあの家で待っているのかもしれない。
しかし、そんな淡い希望はあっさりと打ち砕かれた。
院に流れ着いてからちょうど一週間後に届いた新聞に書かれていたのは、父と母が人類の大逆者として仲間の手で殺された現実だった。
それを目にした時の途方もない絶望と哀傷。
身体が震え、自分の存在が消えていくような感覚は今も思い出せる。
それでも周りに悟られぬように、俺は感情を押し殺して記事を読み進めた。
記されている経緯は俺の知っている両親の姿からはかけ離れたデタラメばかり。
しかし、世界はそれらを覆すことのない事実として回っていた。
父と母は殺され、それを成した五人は英雄をして祭り上げられている。
絶望の後に湧いて出てきたのは、激しい怒り。
奴らの名前を決して忘れぬように胸へと刻んだ。
そして、必ずその悪事を白日の下へと晒し、両親の汚名を濯ぐと俺はその時に誓った。
だが当時の俺はただの子供でしかなく、世間が俺の声に耳を傾けることがないくらいは理解していた。
もしアルフ・ディメントの息子だと名乗り出れば悪魔の子として処されるのは目に見えている。
どれだけ激しい怒りで憤ろうとも、それはどこに向かうわけでもなく内で燻るだけ。
自分の無力感に苛まれながら、無為な時間を過ごす以外に俺が出来ることはなかった。
彼女が俺の前に現れるまでは……
『ねぇ、なんでずっとそんな隅っこで丸まってるの?』
孤児院の片隅で行き場のない怒りを燻ぶらせていた俺にそう話しかけてきたのが、あの女――ナル・ペリドットだった。
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