第4話:英雄と大逆人
「もちろん気分が良い話じゃないのは分かってる。でも、今後のためにも俺とお前たちとの認識のズレは知っておいた方がいいと思ってな……」
本当は個人的な理由のためだというのに我ながら杜撰な言い訳だ。
しかし、これがようやく巡ってきたまたとない機会なのは間違いない。
不自然になりすぎないように、当時の話を関係者から直接聞ける機会。
「知っての通り、今はピンピンしてるから話すくらいなら大丈夫だけど……」
「それなら頼む」
「えっと、私も……まだ小さかったからそんなにはっきりと覚えてるわけじゃないんだけど……」
俺からの突然の要求に困惑しながらもイスナが当時の記憶を振り返り始める。
「とにかく、あの日は城中が大騒ぎですごく怖かったのは覚えてる。色んな人たちが大慌てで城中を駆け回って……お母様たちは血塗れのお父様にすがりついて……泣き叫んでて……。お父様は大丈夫だって言って皆を落ち着かせようとしてるんだけど、やっぱり血が全然止まらなくて……私も子供ながらにお父様が死んじゃうんじゃないかって泣いちゃって……」
当時をそのまま追想しているのか、整った顔が苦悶に歪む。
子供の頃から気丈であったはずのイスナがそこまでの恐怖を覚えた出来事。
それを思い出させてしまっている事に対して良心の呵責が生まれる。
「妹たちはまだ小さかったから何が起こってるのかも分かってなかったみたいだけど、お父様をすごく慕ってたアンナは私以上に動揺してたわね。まだ死んだわけじゃないのに敵討ちがどうこう言ってた覚えがあるわ」
その場面は容易に想像がついた。
だとすれば今朝出てきたあの言葉がより真に迫るものだと思えてくる。
アンナの中で、勇者ルクスをはじめとした人類への敵愾心は今尚衰えていないのかもしれない。
「治療の甲斐あってお父様は一命を取り留めたんだけど……その後からも色々大変だったみたい」
「その後が?」
「ええ、魔王って言うなれば魔族で一番強い人に与えられる称号でしょ?」
「そうらしいな」
王と呼ばれているが人間界のそれとは定義が異なる。
親から子へと世襲によって引き継がれるものではなく、数多に存在する種々の魔族を統率した者に与えられる称号が魔王らしい。
それは俺もここに来て初めて知った。
この子たちがお姫様ではなくお嬢様と呼ばれている所以もそこにある。
「だから、人間相手に負けたその時はお父様の立場も随分悪くなっちゃったみたい。各方面から随分と突き上げられて、権威を取り戻すのにも苦労したって」
「なるほどな……」
頭の中でこれまでに出た情報を整理しながら、更に深くまで踏み込む決意を固める。
「それはやっぱり……アルフ・ディメントとの関係も大きく影響してたのか?」
自らの口からその名前を出すだけで、まるで心臓が鷲掴みされたような心地になる。
だがここで動揺を悟られるわけにはいかない。
平静を装いつつイスナの返答を待つ。
「アルフ・ディメント……?」
「ああ、彼と結託していたことが全てのきっかけだったわけだし――」
「……誰それ?」
「は? し、知らないのか……?」
思いもよらなかった言葉がイスナの口から出てきて絶句する。
「ええ、聞いたこともないわね。誰なの? その……アルフ……ディメントって……。名前は人間のよね。お父様と何か関係ある人なの?」
冗談を言っているとは思えない真顔で尋ねられる。
「勇者ルクスが所属していた部隊の隊長で、魔王と共謀して人間界を陥れようとした男だ……人間界ではそう知られている」
「お父様と共謀して……ごめんなさい。やっぱり知らないわね」
数秒間考え込んだイスナだったが、やはり全く心当たりがないと言う。
「それにお父様が人間と共謀してまで人間界を攻めようってのも変な話ね」
「変な話? 魔王が人間界を攻めるのが?」
再び耳を疑うような話が出てきた。
「ええ、お父様ってああ見えて魔族界じゃかなりの穏健派だもの。ましてやそんな小細工を弄してまで攻めるなんて考えづらいわね」
「あの人が穏健派……?」
「あっ、その顔は信じられないって思ってるでしょ」
小さく首肯する。
思い出していたのは、いきなり俺に襲いかかってきた時の事。
とてもじゃないが穏健派のおの字もあるようには思えない。
「個人として喧嘩好きなのと共同体のトップとして戦争嫌いなのは両立するのよ。もちろんやられたらやり返すし、最近は防衛線の軍備こそ拡充してるけど……強硬派の多い元老院からはそれでも全く足りないって突かれてるそうよ」
「そうなのか……」
何か少しでも手に入ればと考えていたら、意外な情報ばかりが手に入った。
無論、これらは魔族として生まれ育ったイスナから見た世界の話だ。
全てを丸々鵜呑みに出来るわけじゃない。
「じゃあ、話は少し変わるけど『賢者』の称号を持っているのは誰か知ってるか?」
「アニマ・ミストラルとかいう女でしょ? 魔工学技士の。他にも『大魔導』のタキオン・シュラークに……『拳聖』のライザ・エクレールも知ってるわよ」
「そっちは詳しく知ってるんだな……」
単なる情報不足の可能性も考えての質問だったが、そうではないらしい。
「もちろん、敵のことは小さい頃から口酸っぱく教えられてるもの。そっちでもお父様のことは同じように教えられてるんでしょ?」
「ああ、魔王ハザールは幼児用の絵本でも大悪党扱いだよ」
冗談めかして答えるがこうなると認識のズレ、なんて程度の話じゃなくなってきた。
成績優秀で知識も豊富なイスナがど忘れしているだけとは考えづらい。
実際、ルクスをはじめとした他の重要人物の名前は知っていた。
とすれば、何らかの理由でアルフ・ディメントの存在だけが魔族界では公になっていないと考えるしかない。
統率者である魔王が人間を相手に大敗するに原因を作った男だから?
いや、そうだとしてもそれ以前の動向すらも知られていないのはおかしい。
まるで最初からそんな人物がいなかったかのような扱い。
真実を知るどころか、謎が更に深まってしまった気がする。
「そういえば……直接関係あるわけじゃないけどロゼが私たちの世話係になったのも、あれから少ししてからだったわね」
「ロゼが?」
考え込んでいると、思いもよらなかった名前が出てきて面食らう。
「うん、確か……傷が癒えてすぐだったかしら、お父様が連れてきたの。あの時は彼女もまだ子供ってくらいの年齢だったけど私たちと年もそこそこ近いからってことで、いきなり今日からお前らの世話係だって紹介されたのよね。それまでは影も形もなかったのに」
「子供時代のロゼ……やっぱり、昔からあんな感じだったのか?」
少しぼかして言ったが、あんな感じとはつまり無表情で無感情なという意味だ。
「んー……まあそうね。でも、当時は少し不安定だったわね……」
「不安定? それは精神的にって意味か?」
「ええ、突然何かに怯えだしたりすることがあったのは覚えてるわ」
「怯え……あのロゼが……」
いつも感情を全くと言っていいほど表に出さないロゼに、そんな時代があったことに驚く。
「どこから連れてきたのか、とか詮索はしなかったけど何か複雑な事情がありそうな感じだったわね」
俺もこの半年で彼女のことを随分と知ったような気になっていたが、よくよく考えてみればその出自や魔族として何の種族なのかさえも知らない。
てっきり代々魔王に仕えているメイドの家系なのかと思っていた。
しかし過去のこととはいえ、本人の知らないところで繊細な話を聞いてしまったのは申し訳無さを覚える。
「おっと、もうこんな時間か……」
気がつくと、窓の外では時刻が深夜であることを示す奇妙な鳥の鳴き声がしていた。
これ以上の夜ふかしは明日以降に支障が出る。
「魔族側から当時の事を知れたのは色々と興味深かった。ありがとな」
「じゃあ、お礼にチューしてくれる?」
「……さっさと部屋に戻って寝ろ」
文句を垂れるイスナを部屋から追い出しながら考える。
やはり、あの日の出来事には隠された何かがある。
魔族界では存在すら知られていないアルフ・ディメント――父が人類の大逆人と呼ばれるようになった日の裏には何かが……。
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