第5話:急報

 それから数日間、俺たちは特に変わりないこれまで通りの日常を過ごした。


 朝の訓練に始まり、昼の授業。


 夜には皆で食事を共にし、翌日の授業の準備をして一日を終える。


 その中で、俺は空き時間を見つけては魔族界の歴史に関する資料を読み漁っていた。


 だが、いくつ読み進めてもイスナの言っていた通り、父に関する記述は一切なかった。


 魔王が勇者ルクスに破れた戦いに関しても、ただ卑劣に罠にかかったと記されているだけだ。


 しかし、父が任務で魔族界に何度も赴いていたのは俺が一番よく知っている。


 魔族にとってどんな関係であれ、何の記録も残っていないのは極めて不自然だ。


 だとすればこれは、やはり何らかの理由による作為的なものだとしか考えられない。


 一体、誰が何のために……。


 だが、その理由をこれ以上はどう探ればいいのか見当もつかない。


 所詮は雇われ教師でしかない立場の限界……。


 いや、考えたくなかっただけでどうすればたどり着けるのか答えは持っている。


 人間である俺と魔族を繋ぐ五人の姉妹。


 魔族の統率者である父と、各々が異なる種族の上層階級に位置する母を持つ子たち。


 特にイスナは俺をまるで神のように崇拝してくれている。


 あいつの立場と夢魔としての力を借りれば間違いなく有益な情報が得られる。


「この……半端野郎が……」


 小さく、誰にも聞こえないように自らを毒づく。


 もし自分が彼女らの好意を利用出来るような性格ならどれだけ楽だったか。


 だが現実の自分は手段を問わずに真実へと迫る覚悟すら持てない。


 両親の死の真相を知るために人間界を捨ててまでここに来たのに、まだ善人で居ようとしている半端野郎だ。


「おーい……フレイー? どったのー?」


 目の前を浅黒い小さな手のひらが上下に行き来する。


 それでようやく朝の訓練を中断したサンがすぐ側に来ていたことに気がついた。


「サンか……いや、なんでもない」

「それにしてはすっごいしょげた顔してるけど」


 長椅子に座った俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。


 自分では分からなかったが、相当思いつめた表情をしていたようだ。


「俺のことより、自分のことを考えたらどうだ? ちゃんと考えてるのか?」

「あー……目標かぁ。そんな先のことを考えろって言われてもなぁ~……」

「期限が決まってるわけじゃないからそんなに急ぐ必要もないけど、少しは真剣に考えとけよ。自分の将来のことなんだから」


 ここ数日、ばかりを考えていたからか教師として振る舞うことに僅かな罪悪感が芽生える。


「将来かー……アンナ姉みたいに父様の後を継ぎたいなんて考えたこともないしなぁ……。あっ、でも今やりたいことならあるかも!」

「何だ?」

「フレイから一本取りたい!」


 空に浮かぶ太陽よりも輝かしい笑顔で言われる。


「確かに今度は自分で決めろとは言われてるけど、流石にそんな小さな目標じゃダメだろ」

「えー……そうかなぁ……。結構大きな目標じゃない? まだまだかかりそうだし」

「だったら早く鍛錬に戻れ。まだいつものメニューは終わってないだろ?」

「……はーい」


 気のない返事をしながら、サンが普段訓練している場所へと戻っていく。


 当座の目標は俺から一本。


 本人はまだ遠いと思っているようだが、それは近い将来成し遂げられるだろう。


 早ければ明日起こっても不思議ではない。


 エルフとしても突出した基礎身体能力に加えてまるで獣のような直感力。


 理屈ではなく感覚的に物事を習得していく学習能力の高さ。


 あの武術に纏わる才能はまさに天賦だ。


 俺が十年以上かけて研鑽してきたモノを瞬く間に超えて行こうとしている様を目の当たりにしてはそう評するしかない。


 そして、それはサンだけじゃない。


 ヘトヘトになりながら外周を走っているフィーアとフェム。


 そんな二人を激励しているアンナとイスナ。


 各々が専門の分野において輝かしい才能を持っている。


 ただ執念のみで積み重ねてきた凡人の俺からすれば目が眩むほどの。


「大変大変! 大変ですよー!」


 才気に溢れる教え子たちの姿を眺めていると、突然屋敷の方から大きな声が聞こえてくる。


 振り返ると、獣人メイドのリノがこっちへ走って来ていた。


「どうした? 何かあったのか?」


 近くまで来たリノに尋ねる。


 普段はお調子者の顔に、初めて見る大きな焦燥が浮かんでいる。


「さ、さっき本城から連絡がありまして、ハザール様が……ハザール様が急に倒れたって!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る