第2話:次の目標
「ちょうど今その話をしてたところだったよ」
「そうでしたか、では既に心持ちは整っているようですね」
「……だといいんだけどな」
ロゼから視線を逸して、改めて五人の姿を確認する。
つい先刻、全てを終えて俺が居なくなる話をしていた面々の顔にはあまり前向きな意欲が見られない。
正直言って、これから次の目標に向けた話を聞くには良くない状態だ。
「まず、おめでとうございます」
俺の心配をよそにロゼが淡々と言葉を紡ぎ始めた。
「先日の試験を揃って合格なされたこと、ひいてはお嬢様方のご成長をハザール様や奥様方をはじめ、多くの方々がお喜びになられておりました」
最初に先日の労いも兼ねた形式張った言葉が告げられる。
「ですが、まだ終わりではありません。今後もフレイ様のご指導の下、より一層の自己研鑽に励んで頂きたく存じます。本日は休養日となりますが、明日からはまた勉学や各種の鍛錬を再開させて頂きます」
そのまま続いて本題、つまり今後の試験等に関する話がされるのかと身構えるが……。
五秒……十秒……耳が痛くなりそうな沈黙が続く。
ロゼはまるで壊れた自動人形のようにピクリとも動かないまま何も発さない。
「……もしかして、今後のことってそれだけなのか?」
「はい、以上です」
「次の試験とかは……?」
「特にありません」
淡々と、何の感慨もなく衝撃的な告知がなされた。
「無い!? 試験が!?」
「はい、ありません」
「……なるほど」
全く想像もしていなかった言葉に思わず相槌を打ってしまう。
「試験がないってどういうこと? もう勉強もしなくていいってこと?」
これまで大人しく話を聞いていたサンが、俺に代わってロゼへ尋ねる。
「いえ、そういうわけではありません。先程も申しましたが、これまで通りにフレイ様のご指導の下で勉学及び鍛錬は続けてもらいます」
「うへぇ……」
「なら、問題ないわね。てっきり、この人の仕事が無くなっちゃうのかと思ったわ」
勉学という言葉を聞いたサンが嫌そうに舌を出し、俺が続投すると聞いたイスナは嬉しそうに身体を寄せてくる。
しかし、重要なのはそこじゃない。
「これまで通りの生活は続けるのに試験がもうないってのはどういうことなんだ? 目標があった方がこの子たちのやる気も出るだろ?」
「それに関して、ハザール様のお言葉をそのまま伝えさせて頂きますと……『もうガキじゃねーんだからこれ以上試験なんて要らねーだろ。こっから自分の進む道くらいは自分で決めろ』とのことです。非常に乱暴で胡乱な言い回しなので、私の方から詳しくご解説させて頂くと――」
「いや、大丈夫だ。言いたいことは概ね理解した」
大真面目に解説しようとしたロゼを遮って続ける。
「つまり、今度は自分なりの目標を見つけるのが目標ってわけか?」
「はい、そのようなご認識で差し支えはありません」
「なるほど、そうなると前の試験とは似ているようで違うな」
雇い主である魔王の伝令役の同意を得た上で改めて考える。
確かに前回の試験もこの子たちにとって大きな目標として存在していた。
だが、あれらは本質的に持っていた問題点の解決や潜在的に持っていた能力を顕在させただけだ。
あくまで個人的な目標であり、まだ敷かれたレールの上を進んでいただけに過ぎない。
魔王の言葉通りなら、次に必要なのは自立した各々がその特性を活かす新たな道。
それも今度は個人的なものに留まらない。
魔王の息女、次代の魔族を率いる者として目標が必要になる。
新しく与えられた重大な課題に、俺だけでなく皆も顔を伏せて沈黙する。
「私なりの目標、か……」
その中でアンナが一人、全員を順番に見据えながら言う。
「例えば……そうだな。憎き勇者一行を打倒し、武力を以て人類圏を掌握。魔族による世界統一を果たす……なんてのはどうだ? 私たちがそれを宣言すれば、元老院の年寄どもは大層喜ぶだろう」
突然の不穏当な宣言に、室内に剣呑な空気が生まれる。
冗談交じりの口調ではあったが、元々魔王の称号を継承することを第一の目標として掲げていた子だ。
発せられた言葉の内容は真に迫っている。
魔族にとって、長きに渡って争い続けた人類の打倒は宿願に他ならない。
それが目標であるというならば、喜びこそすれど止める者は魔族界にいないだろう。
「ちょ、ちょっと……いきなり何を言い出すのよ……」
人間である俺を気遣ったのか、イスナが姉を諌める。
「だが、魔族の統率者……魔王の称号を持つ者の子である私たちにとって最終的な目標と言われればそれ以外にあるまい」
「それは……そうかもしれないけど……」
弱々しい口調ながらもアンナの意見に同意を示すイスナ。
他の三人も神妙な表情のまま無言で俺の様子を伺っている。
「魔族による世界統一、それがお前の目標でいいのか? だったら今回は楽な仕事になりそうだな。早くも五分の一が終わった」
少し空気を和らげるために、こちらも冗談めかして言う。
しかし、実際にそれがアンナの目標であるというなら俺に止める理由はない。
最初からそうなる覚悟を持ってこの仕事を引き受けている。
人類が滅びても良いと思っているわけではないが、自らの目的のためには必要な覚悟だった。
「いや、どうだろうな……。確かに以前の私であれば、胸を張って『そうだ』と答えたであろうが……」
思いのほか深刻な表情をしているアンナに一瞥される。
何か心境の変化があったのか、父の後を継ぐと勇んでいた頃の覇気が見られない。
「まあ、そう焦って答えを出す必要もないさ。お前の目標なんだからゆっくり自分と向き合って決めればいい……俺に忖度せずにな」
「ふっ……そうだな。さて、今後の話とやらがそれだけなら私は自室に戻らせてもらう。考えたいこともあるし、まだ少々疲れが残っているのでな」
椅子から立ち上がったアンナが、ロゼの隣を通り抜けていく。
それを契機に、他の四人も自分だけで考えたいことがあるのか次々と退室していく。
そうして食堂には俺とロゼだけが残された。
「これはまた随分な難題を突きつけられたな」
「ですが、貴方ならきっとあるべき方向に導けるはずです。これまでのように」
無感情な口調から、今は明確に強い信頼感が感じ取れる。
「まあ最善は尽くすよ。それが俺の仕事だからな」
あの子たちに次なる目標を見つけさせる。
課せられた新たな試練は、単純な内容に反して一筋縄ではいかなさそうだ。
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