第44話:猛女

 十六歳、身長1.56メルトル、体重――


 夕食後、自室の椅子に座りながらフィーアに関する資料を再び読み直す。


 結局、あの後フィーアが朝練の場に戻って来る事は無かった。

 昼の授業にこそ出席していたが、それが空元気なのは誰の目から見ても明らかだった。


 とぼとぼと力なく屋敷へと歩いていくフィーアの姿が今も頭から離れない。


 あの時、声をかけてやれなかったのを悔やむ気持ちが無いと言えば嘘になる。

 だが、何と声をかければ良いのか分からなかったのも事実だ。


 手元にあるフィーアの資料には、何度読んでも彼女が武術や魔法に関する資質を一切持っていない事実が残酷なまでに書かれている。


 今朝のあれを見た限りではその情報に間違いがないのも確かなようだ。


 努力が才能を凌駕することが無いとは言わないが、それはあくまで一定の資質を持った上での話だ。

 フィーアには武術や魔法に関してそれすらも無いことをまずは俺が認めないといけない。


 もちろん、それはフィーアの将来を諦める為ではない。

 彼女が有している本当の才能を探すためにだ。


 まずは彼女の種族的な特性から絞り込んでいく。

 フェムのようにそこから何かが見つかるかもしれない。


 そう考えて用意した吸血種に関する資料を読んでいく。


 幽鬼種と違い、吸血種は人魔両界隈において広く知られているおかげでその資料は多くあった。

 しかし、どれだけ読み進めてもめぼしい情報は見当たらない。


 狡知に長けている。

 日光に弱い。

 人の生き血を生命力にしている。

 他者に血を分け与えて眷属とする。


 既知の情報ばかりがそこには羅列されている。


 第二のアストラ・ハシュテットは都合よく見つからない。


 そうして半ば惰性で本のページを捲っていると――


「ねぇ、暇なんだけどー……」


 背中にずしっとした重量感と、二つの柔らかい謎物質が押し付けられる。


「ならさっさと自分の部屋に戻って寝ろ」

「あっ……今の冷たい感じ……ゾクってきた……メスになっちゃう……」


 背中にへばりついたその柔らかい身体が言葉通りにゾクゾクと震えたのを感じる。


 無視して次の資料を手に取る。


 それは少し古めの二十年程前のある吸血鬼に関する報告書だった。


 若干気になるが、フィーアの事に直接繋がる情報は無さそうだと考えて次の資料に移ろうとした時――


「あっ、それってノイン様の?」


 背後のイスナがその資料を見て言った。


「ノイン様? 知り合いなのか?」

「知り合いも何も、フィーアのお母様よ」

「そうなのか……なら一応読んでおくか」


 一度読み飛ばそうとしたその資料を再び手にとって、中身を確認する。


 そこ書かれているのは様々な種族の戦士たちがその女吸血鬼一人にやられて眷属にされていった経過が記されていた。


「これが本当にほんとにフィーアの母親なのか……?」


 そこに書かれている吸血鬼の女性は一言で言えば猛女。

 あるいは大局観のような物は一切持たずに、ひたすら子分を連れて暴れまわるだけの暴君。


 あっちでエルフの戦士をぶちのめして眷属にしたかと思えば、次の日にはこっちで獣人の戦士をぶちのめして眷属にしている。


 とてもじゃないがあの温厚な少女の母親であるとは思えない。


「嘘じゃないわよ。本当よ」

「会った事はあるのか?」

「ええ、何度もあるわよ」

「どんな人なんだ?」


 話しづらいと判断したのか、背中から離れて隣の椅子に座ったイスナと問答を繰り返す。


「そうねぇ……一言で言うと女版のお父様って感じかしら……」


 女版のお父様……なんて表現だ……。


「すまん、もう少し分かりやすく教えてもらえないか?」


 俺はそもそも魔王がどんな人物なのかよく知らない。

 例えに出されてもいまいちピンと来ない。


「んー……、腕っぷしが強いだけじゃなくて、子供みたいに奔放な性格なのに妙な人望というかカリスマ性があるって言うのかしら……」

「なるほど……」


 しかし、聞けば聞くほどフィーアとは正反対の人物だと理解が進む。


「結局、お父様に止められるまでに五百人くらいが眷属にされてたとか」

「止めたのは魔王なのか」


 手元にある資料にはそこまで書いていない。


「ええ、と言ってもまだ若い頃で今の地位に就く前の話らしいけどね。当時を知っている人たちの間では今も語り草になってる戦いだとか」

「へぇ……」


 生憎、手元の資料にはそこまで事細かい経緯までは書かれていない。

 気にはなるが、詳しく調べるのはまた別の機会にしていこう。


 しかし、それで最終的には男女の仲になって子供まで設けているのだから二人とも豪快な性格をしているのは間違い無さそうだ。


 ますますフィーアのイメージから離れていくと考えていると、入り口の扉が数度叩かれた。


 会話が続いていれば危うく聞き逃してしまいそうなほどの強さで。


「ん? 誰だ?」


 扉の向こうにいる人物に向かって声をかける。


 一体、誰だろう。


 こんな時間に尋ねてくるのは隣にいるこいつか、もしくはロゼくらいしか思い当たらない。


「あの……フィーアです……。少しご相談したい事があって……」


 今にも消え入りそうな弱々しい声が扉の向こうから聞こえて来た。

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