第24話:好きな異性のタイプ

「は? こ、好みですか?」

「うん、そう。好きな女の子のタイプはどんな子なのかなーってぇ」


 エシュルさんはそう言いながら、スプーンの上に乗った料理を妙に色っぽい所作で口に含む。


 室内が妙な静寂に包まれる。


 さっきまではものすごい勢いで料理を食していたサンとフィーアも何故かその動きを止めて、俺の答えを待つかのように静かになっている。


「胸が大きな子?」

「いや俺は……その……」

「それとも料理の上手な子?」


 大きな胸をぐっと近づけながら更に問い詰めてくる。


「それとも~、いつもムスっとしてるけど綺麗な長~い深緑の髪の子かしら~?」


 なんだその具体的な誘導じみた問い詰め方は……。


「むむっ、何か面白そうな話をしてますね?」


 ロゼの向こう側でこれまでは大人しく食事をしていたリノが遂に会話に参加してきた。


 こいつまで乗っかってくると間違いなく収拾がつかなくなる。


「うふふ、リノちゃんはどう思う~? 先生はどんな子が好きなのかしらぁ?」

「そうですねぇ……。この私に全く興味を示さなかった事を考えると……フレイ様はずばり! 乳です! 巨乳好きです!」


 リノが胸を張って自信満々に答える。

 ゴテゴテとした服を着ているとはいえ、その胸は平均よりも遥かに薄く見える。


「いや、なんでそうなる……」

「えー、違うんですかー? でもそう言う割にはさっきからエシュル様の胸元をちらちらと見てないですか?」

「えー? ほんとにぃ?」

「いえ決してそんな事は……」


 そんなには見てないはずだ、多分。


「でも先生ならもっと見ても、いいんですよ~? ほらほらぁ、なんなら触ってみますかぁ?」


 更に胸を強調して俺の方へと身体を寄せられる。


「ちょ、ちょっと……エシュルさん……流石に食事中なんで……」

「うふふ、照れちゃって可愛い~」


 この人の相手は立場以上にやりづらい。

 まさか自分がここまで女性に対して免疫がないとは思わなかった。


「お母様、食事中にはしたないわよ」

「あ~ん、怒られちゃった~」


 娘に咎められて、エシュルさんは反省しているのかしていないのか分からない様子で俺から離れていく。


 助かった……。


 心の中でイスナへと感謝するが、向こうは俺の存在を意にも介していないまま食事の手を進めている。


「ねえねえ、それじゃあ~イスナちゃんはどんな男の人が好みなの~?」

「わ、私は男になんて興味ないわよ。寄ってくる男なんてみんな、弱いし……頼りないし……」


 イスナが少し口ごもりながら答える。


 その言葉の途中で一瞬だけ目線が俺の方を向く。


「も~、イスナちゃんはいっつもそうなんだから~」

「逆にお母様は奔放すぎるのよ……。若い男を見つけたらいっつもそうなんだから……」

「え~、だって可愛いんだも~ん……」

「はぁ……もう……」


 心の底から呆れるようなため息を吐き出すイスナ。


 さっきまで相手をしていた俺としてもその気苦労はよく分かる。

 イスナが今の性格になったのは、もしかしたら近くでこの母親を見てきたからなのかもしれない。


「じゃあ次は~アンナちゃん!」


 そして、まるで路地裏の酒場にいる酔っ払いのように今度はアンナへと絡み始める。


「私ですか?」

「うん、アンナちゃんはどんな人が好みなの~?」

「ふふっ、愚問ですね。エシュル様。私の好みの男性像はただ一つ」


 アンナの口から意外な言葉が出る。

 失礼だが、この手の話とは一番縁遠いところにいそうなイメージがあった。


「えっ!? アンナちゃん、もしかして~」

「当然、父上だ! 強く! 勇敢で優しく! 民や部下からの信頼も厚い! 偉大な統治者! まさに私にとって理想の男性像に相違無い! 欠点といえば他の全ての男が凡夫……いや、それ以下に見えてしまう事くらいだろう」


 勢いよく椅子から立ち上がって演説を始めたその姿に呆気にとられる。


 他の姉妹やエシュルも同じ気持ちなのか、皆が半ば放心状態でその様子を眺めている。


「ふむ……少し興奮しすぎたな。食事中に失礼した」


 そう言って、アンナは再び着席する。その顔はどこか満足げですらある。


 ……意外だ。


 まさかアンナにこんな一面があったとは。


 ファザコンと言うと少し聞こえが悪いが、いつもどこか達観している雰囲気のアンナにも年齢相応のところがあると分かったのは意外な収穫というべきだろう。


 少しだけこの場を設けてくれたエシュルさんに感謝する。


「うふふ、アンナちゃんはこ~んなに小さい時からダーリンにべったりだったもんね~」


 エシュルさんは旦那、つまり魔王の事をダーリンと呼んでいるというどう反応すればいいのか分かりづらい情報も手に入る。


「じゃあ次は~、サンちゃん!」

「むぁ? わふぁひぃ?」


 口いっぱいに料理を頬張っているサンが視線を料理の方からエシュルさんの方へと向ける。


「うん、どんな男の人が好きなの~?」

「ん~、強い奴!」


 そのまま料理を一気に飲み込んだかと思えば短く答えた。


「うんうん、強い人って素敵よね~」

「うん、だからフレイの事は好きだよ」

「あら、やだ~! サンちゃん、そうなのぉ?」

「うん、すっごい強いもん。それで毎日足腰立たなくなるまでキツいことさせられてさ」

「え!?」


 エシュルさんが爛々と輝かせた目で俺を見つめてくる。


「やだぁ、先生って意外と……」

「ち、違います! そういう意味じゃなくてですね!」


 朝の訓練の事を懇切丁寧に、一切の誤解の余地が生じないように説明する。


「な~んだ~、つまんないの~」


 説明し終えるとエシュルさんは言葉通りつまらなさそうに口を尖らせた。


「当たり前じゃないですか……」


 仮にも教師として雇われている身分で生徒に手を出すわけがない。


 しかし、これはつまらないと言ってのけるとはますます変わった人だとしか言いようがない。


 それにサンの俺のことが好きというのも、そういう男女の意味ではないのも明らかだ。


 その証拠にサンはその発言をした後も全く変わった様子を見せずに、再び料理にがっつき始めている。


「ん~……サンちゃんにはちょっと早かったかしら……、じゃあ次はフィーアちゃん!」

「わ、私ですか!?」


 その矛先は留まる事を知らず、今度は目の前に空き皿を積み重ねているフィーアへと向けられた。


 自分が聞かれるとは思っていなかったのか、フィーアは食器を手に持ったままあたふたと慌てふためきはじめる。


「そんなに難しく考えなくていいのよ~」

「えっと、その……私はその……誰かを選べるような立場ではないので……」


 言葉を詰まらせながら答えるフィーア。


 なんというか、相変わらず自己評価がとことんまでに低い子だ。


「も~、フィーアちゃんだって可愛いんだからもっと自信持たなきゃ~」

「あはは……」


 どう答えればいいのか分からなかったのか、ただ照れくさそうな笑みを浮かべている。


「じゃあ次は~」


 そして遂に五人目のフェムへとその矛先が向く。


「フェムちゃんは……」


 その言葉に反応して、ちまちまと食事を進めていたフェムが動きを止める。


 大きなフードに包まれていて顔こそ見えないが、視線はエシュルさんへと向けられているのが分かる。


 遂に何か意思表示をするのかと、俺まで緊張してくる。


「……ん」


 ほぼ無言のまま、布に包まれた手がぐっと前方に突き出された。


「あら~、そうなの~」


 その所作からエシュルさんは何かの意図を汲み取ったのか、嬉しそうに言った。


 対してフェムの頭も頷いたように僅かに動く。


 分からん……さっぱり分からん……。


 二人だけの間で伝わる暗号のようなものなんだろうか……。


「はいはいはい! 次、私! 私に聞いてくださーい!」


 二人のよく分からないやり取りの間に、小うるさい獣人のメイドが割り込んでくる。


「あら、リノちゃんはどういう男性が好みなのかしら~?」

「超お金持ちのイケメンです!」

「じゃあ最後は先生ね~。ずばり! 先生はどんな女の子が好みなのかしら~?」

「え!? エシュル様!? 私には何か講評的なものがないんですか!?」


 再びその矛先が俺へと返ってくる。


 リノが何やら喚いているが、エシュルさんは全く気にしていない。


「好みですか……」


 全員の注目が再び俺へと集まる。


 イスナでさえもが俺の方を横目に見ている。


 姉妹たちが答えた後だ、俺も答えなければいけない空気は完全に出来上がっている。


「やっぱり胸ですよ、胸! そうじゃないと私になびかない理由がありません!」


 横から入ってくるリノの茶々を無視して、自分の事を考える。


 好みの女性のタイプ。


 そんなものを考えた事は人生においてほとんど無かった。


 自己鍛錬が大半を占めてきたこの人生においてそれを考える暇が無かったというのが正しい。


 右に座っているエシュルさんが子供のように目を輝かせながら俺の答えを待っている。


 その反対側からは、会話に加わる事なく淡々と食事を進めているロゼの食器の音が聞こえてくる。


 カチャカチャと鳴る小気味の良い音以外は聞こえない静寂の中、脳裏に浮かび上がったのは一人の少女の姿と声。


『私はナル、貴方の名前は?』


 記憶の中にいる少女が、俺へと手を伸ばす。


 いつでも克明に思い出せる優しい微笑み。


 それは原初の記憶の欠片。


 俺が今の名前を名乗るきっかけになった出来事の一つ。


 今俺がこの場にいるのも、全ては――


「笑顔……」


 意図せずして口からその単語が漏れる。


「笑顔? 笑顔の素敵な女性が好きってことかしら?」


 ぼんやりとした意識の中で誰かの声が聞こえた直後、静寂の部屋に甲高い金属音が鳴り響いた。


 大きな音に、一瞬で記憶の世界から現実へと引き戻される。


「きゃっ! びっくりした~!」


 音に驚いたエシュルさんが身をすくめている。


「失礼しました」


 その反対側、金属音が聞こえてきたのと同じ方向から謝罪するロゼの声が聞こえた。


「あら、ロゼちゃん大丈夫~?」

「はい、ご心配には及びません。少し手が滑ってしまっただけですので」


 左後方に視線を向けると、ちょうど落とした食器を拾おうとしているロゼの姿があった。


「お、おい……大丈夫か……?」


 ロゼは地面に落ちた食器を拾おうとしているが、なかなか上手くそれを掴めていない。

 何度も何度もそれを掴もうとしているその指先は、僅かに震えているようにさえ見える。


「ご心配なく」


 再びそう言うと、今度は普段のロゼからは想像も出来ない震えを無理やり抑えるような手付きで食器を拾って机の上に置いた。


 そのまま立ち上がると、今度はいつもと変わらない手際の良さで空いた皿を一つずつ台車へと積み始めた。


 いつもと変わらないはずのそんなロゼの姿に妙な違和感を覚える。


 同じ感覚を抱いているのか、他の皆も何か不可解な物を見るような目でその姿を見ている。


 それでもロゼは黙々と空いた皿を台車の上へ乗せていく。


「それでは、私はまだ所用がありますのでお先に失礼致します」


 そして、そう言って俺たちに向かって一礼するとそのまま部屋の外へと出ていった。


「あー、お姉さまー! 待ってくださーい!」


 それから一拍の後に、リノがロゼの後を追って部屋の外へと出ていく。


 名状しがたい妙な空気だけが残った中で 姉妹たちも順番に食事を終えて自室へと戻っていった。


 そうして室内には俺とエシュルさんだけが残された。

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