第23話:揃って夕食
イスナの母親、エシュルさんをイスナの自室へと案内したところ、ちょうど本人と出くわした。
エシュルさんはイスナを見るや否やその元へと駆け寄って抱擁した。
「イスナちゃ~ん。会いたかった~」
「お、お母様!? なんで!?」
イスナは突然のその訪問に対して明らかに困惑している。
「会いたくて来ちゃった~」
「会いたくてって……、お父様にはなんて……」
「あの人には内緒で来ちゃった、えへっ」
エシュルさんはそう言って照れ笑う。
「内緒って……早くても試験が終わるまでは会うなって言われてたじゃないの……」
「だって会いたくなっちゃったんだもん……」
まるで子供のような言い訳をするエシュルさんに対して、イスナは諦めの色が混ざっ表情で大きなため息をつく。
この場面だけ見ているとどっちが保護者なのか分からない。
「バレたら怒られちゃうわよ、もう……。それより――」
イスナの視線が、そのやり取りを少し後ろから見ていた俺の方へと向けられる。
そのジトっとした訝しげな視線からは、なんでお前がここにいるんだと思っているのが伝わってくる。
「いや、正門のところで偶然会ってだな……」
「そうなの、それでここまで案内してもらったの~。うふふ」
エシュルさんが再び俺の腕を取ってそれを胸元に抱え込む。
弾力とやわからさを兼ね備えた未知の感覚にまた腕が包み込まれる。
「ちょ、ちょっと……エシュルさん……」
「お、お母様!? 何をやってるのよ!」
「何って……、先生と親睦を深めてるの」
更にエスカレートして肩に頬ずりするような形でくっついてくる。
立場上、無理やり引き離す事も出来ないので非常に扱いに困る。
人妻、それも魔王の嫁だ。
どう対応すればいいのかという点に置いては五人姉妹よりも遥かにやりづらい。
「だから、はしたないって言ってるでしょ!」
「だって、先生ってば可愛いんだも~ん」
娘にきつく当たられてもエシュルさんは俺から全く離れようとしてくれない。
「いいからっ! もう!」
「あっ、あ~ん……」
イスナが母の身体を無理やり俺から引き離す。
引き離されたエシュルさんは名残惜しそうに手を伸ばしてくるが、俺としては助かったとしか言いようがない。
「あんたも! デレデレしてるんじゃないわよ!」
そのただでさえきつい印象を受ける目を更に吊り上げて、今度は俺に怒りの矛先を向けてくる。
「いや俺は別に……」
デレデレなんてしてない。
してなかったはずだ、多分。
「うふふ。イスナちゃん、嫉妬しちゃって可愛い~」
「し、嫉妬なんてしてない! いいからほら、早く入って!」
イスナはそう言うと、すぐ側にある自室の中へとエシュルさんを押し込みはじめる。
「で、では……俺はこの辺りで……」
「はーい、色々とありがとうございました~」
まるで狭い収納の中に掛け布団を仕舞うかのようにイスナに部屋へと押し込まれていくエシュルさん。
二人が部屋へと入ったのを見送ってから俺も自室へと戻った。
休日のはずがえらく疲れた……。
*************
――数時間後。
いつもの時間にいつもと同じようにロゼから夕食の呼び出し。
のはずが、今日は何故かいつもと違う場所へと通された。
「ん? 今日はここなのか?」
「はい、こちらになります」
案内されたのは姉妹たちの居住区域にある一室だった。
なんだか嫌な予感を覚えていると、ロゼが部屋の扉を開いていく……
「あっ、やっと来た~」
扉の向こう側から聞こえてきたのは、あの間延びした声。
視界の正面、部屋の中央には縦に長い大きなテーブル。
その右側の真中辺りに座っている声の主――エシュルさんが俺に手招きをしている。
彼女の右手側、つまり俺から見て奥側にはイスナが。
その対面、俺から見てテーブルの左側には他の姉妹たちが年齢の順で奥から並んでいた。
「あっ、フレイだ」
エシュルさんの真反対に座っているサンが抑揚のない声で俺の名を呼んだ。
「……これはどういう事なんですか?」
「みんなでご飯食べよって話になって~、それなら先生も呼びましょうって~。ほら~、こっちこっち~、先生の席はここで~す」
ニコニコと柔らかい微笑みを顔に浮かべて、隣の席がポンポンと叩かれる。
「は、はあ……」
未だに状況が飲み込めない。
けれど、ここにずっと突っ立っているわけにもいかないのでその誘導に応じる。
席に着くとすぐに、ロゼとリノの手によって数々の料理が運ばれてきた。
「わ~、おいしそ~。ほらほら、ロゼちゃんとリノちゃんも座って座って~」
「はーい! ご相伴に与りまーす!」
「失礼します」
ロゼとリノが並んで俺の左側に座る。
主人と侍女、加えて別人種の家庭教師が同じテーブルに着く。
なんとも奇妙な状況が完成し、よく分からないまま食事の時間が始まった。
「ん~、おいし~」
右隣にいるエシュルさんが落ちそうな頬を支えるようにしながら舌鼓を打っている。
「はい、美味しいです。うぅ……手が止まらないです……」
俺の正面に座っているフィーアが並べられた料理の数々を手際よく端から端へと口へ運んでいっている。
前にサンが言っていたようになかなかの食べっぷりだ。
その隣ではサンもそれに負けない勢いで食べていて、その隣では背筋をピンと張ったアンナがゆっくりと食べている。
この子たちと並んで食事をするのは初めてだが、こうしていると授業だけでは分からない顔も見えてくる。
「先生、どう? 美味しい?」
エシュルさんが食事の手を止めて尋ねてくる。
その顔には何か意味ありげな表情が浮かんでいる。
「え、ええ……美味しいですね」
「うふふ、それなら良かった~。でも何かいつもと違わない?」
更に顔を近づけて尋ねてくる。
「いつもと違う事……ですか?」
「うん」
そう言われて、一つの事が頭をよぎる。
「そう言われてみれば……いつもと味付けが違うような……」
「ぴんぽーん、大正解~。」
「という事は、今日はエシュルさんが……?」
「ぶっぶー、それは外れー」
それは違ったらしい、となると……。
左側で黙々と食事を続けているメイド組を見る。
普段の食事を作っているこの二人は当然外れる。
次に向かい側で会話に加わろうともせずに、気持ちの良い食べっぷりを見せてくれているフィーアとサンは絶対に違う。
どう見ても食べる方の専門だ。
左端でローブ越しに食器を掴んで器用に食べているフェムも多分違う。
「ちなみに、私でもないぞ」
会話を聞いていたのか、視線を向けたと同時にアンナに言われる。
つまり、答えは消去法的に……。
エシュルさんの向こう側にいる彼女の娘へと視線を向ける。
「もしかして、イスナですか?」
「ぴんぽーん! だいせいかーい!」
今日一番の笑顔と共に言われた。
「美味しいでしょ~?」
「はい、美味しいですね」
今度は淀みなく答えてから料理を一口食べると、口の中いっぱいに芳醇な味わいが広がる。
普段食べているロゼの料理はどこか懐かしさを感じる家庭料理的な味わいの美味しさ。
対してイスナの作ったこれはまるで宮廷勤めの料理人が作ったかのような洗練された完成度がある。
家事全般も得意だと聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。
「ですってー、イスナちゃん」
「そう……」
エシュルさんがイスナに喋りかけるが、イスナは何の感慨もなさそうなムスっとした表情のまま食事を続けている。
「しかし、どうしてイスナが?」
「私が食べたかったからっていうのもあるけど~、せっかくだから先生にもイスナちゃんの手料理を食べさせてあげようかなーって思ってぇ。はい、あーん……」
会話の途中に脈絡もなくスプーンに乗せた料理を俺の口へと向かって運んでくる。
「いや……そ、それは流石に……」
「えー、どうしてー……?」
「どうしても何も……」
「も~、照れちゃって~」
俺の口元へと向かって運ばれようとしていたスプーンが途中で引き返される。
本当に疲れる……。
そもそもこの人は一体俺をどうしたいんだ。
単に若い男をからかっているのか、それとも何か別の意図があるのか。
姉妹たちと接している内にすっかり感覚が麻痺してしまっているが、彼女は正真正銘の夢魔だ。
人間の若い男なんてのは新鮮な餌程度にしか思っていない可能性もある。
そんな事を考えると、朗らかな笑顔の裏に何か不気味な意図があるように思えてくる。
「じゃあ、代わりに一つ聞いてもいーい?」
「な、なんでしょうか……?」
間違いなく、ろくな質問じゃない。
そう確信すると身が強ばる。
エシュルさんはその豊かな双丘を揺らしながら、座っている椅子ごと俺の方へとゆっくりと身体を寄せてくる。
「先生は、どんな女の子が好みなの~?」
そして、艶のある小さな声で囁かれた。
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