第14話:高慢次女と魔法対決

「え? わ、私!?」


 俺の言葉に対して、イスナが一瞬遅れて反応をする。


「ああ、そうだ。お前も座学ばっかりで飽き飽きしてたんだろ?」

「わ、私は……別に……」


 俺とサンの戦いを見て、自分では分が悪いと判断したらしい。

 初めて会った時のあの態度はどこに行ったんだ、と言いたくなる程に腰が引けている。


「勝てば嫌な俺の授業をもう受けなくていいんだぞ?」

「勝てばって……あの子が勝てなかったのに……」


 イスナはそう言いながら、フィーアに付き添われているサンの方に視線を向ける。


 単純な膂力や格闘術において、種族の特性的にイスナがサンを上回っていないのは明らかだ。


「別にサンと同じじゃなくてもいいぞ。お前の得意な分野で挑んでくればいい」

「得意な? 本当に?」

「ああ、授業でやる範囲の事ならなんでも受けて立つぞ」


 流石に料理対決なんて言われたらお手上げだが。


 座学や武術において負ける気は一切しない。


「――ほう……」

「なんだって? もう一度言ってくれ」


 イスナが何かを呟くが、声が小さすぎて聞き取れなかった。


「やってやるわよ!! 魔法よ! ま・ほ・う! 魔法で勝負よ!」


 大きな胸を揺らしながら、俺に向かってビシっと指が突き立てられた。


「魔法か……分かった。それで勝負のルールは?」

「どっちの魔法が優れてるか、それだけよ!」

「分かった。でも、それをどう客観的に判断するかだな……」


 格闘と違って魔法の優劣は客観的に分かりづらい。


「それでは僭越ながら私が審判を務めようか?」


 アンナがそう言いながら、一歩前へと踏み出る。


「お、アンナ。頼めるか?」

「ああ、どちらの魔法技術が優れているか父と母の名にかけて公明正大な審判を行うと誓おう」


 やけに仰々しい物言い。

 けれど、ここまで言って流石に姉妹を贔屓することはないだろうと安心は出来る。


「それで、どちらが先だ?」

「じゃあ、レディファーストで先攻はイスナに譲ろうか」

「ふんっ! 私の魔法を見て腰抜かして逃げるんじゃないわよ!」

「大丈夫だ。まだ腰が弱いような年齢でもないからな」


 流石に無詠唱での第十位階魔法でもない限りは腰を抜かすような事はない。


 それに若干反則気味ではあるが、イスナがどれだけの魔法を使えるかの情報は既に知っている。


「あの木、あれを目標にするわ」


 イスナが指定したのは50メルトル程離れた場所、広場の端にある一本の木。


「分かった。あの木に向かって魔法を放つんだな」


 アンナが了承すると、イスナは両手のひらを突き出してその木へと向ける。


 それと同時に、イスナを中心に、周囲を漂っている魔力が渦を巻き始める。


「イグニ・サジタ・クイン――」


 俺と姉妹達に見守られる中、詠唱して呪言ルーンを繋げていく。


 詠唱が進むにつれて魔力の渦は更に大きくなり、イスナの深緑色の髪の毛はその奔流に流されて大きくはためきはじめる。


 更に着ているドレスもその風を孕んで、大きく翻っている。


 魔法の成否よりも、平時で既に肩と胸元を大きく露出している大胆な服がどうにかなってしまわないかの方が心配になってくる。


「フーガ・フラマ・フラルゴ!」


 六つの呪言を繋げ、イスナがその魔法の詠唱を完了させると、突き出した両手のひらの前方に大きな赤い魔法陣が現れる。


 そこから射出されたのは五本からなる炎の矢。


 それぞれが個別の軌道を描き、目標として定めた木へと向かって高速で飛翔する。


 そして、まるで本物の矢のように木に深々と突き刺さって炎上させた。


「おー……見事だな」

「まだよ! 爆ぜなさい!」


 言葉通りに炎の矢が大きく爆ぜた。


 目標の木の上半分が、跡形もなく砕け散る。


「ふんっ、まあざっとこんなものね」


 イスナは長く綺麗な深緑の髪をこれ見よがしに掻き上げながら自慢げにしている。


 気分が良いからなのか、黒い尻尾も心なしかいつもよりも動いている気がする。


 心配していた服の方は僅かに乱れているが、大事には至っていない。


「なかなかやるじゃないか」


 六つのルーンを繋げた魔法、つまり第六位階魔法。


 魔法とはすなわち周囲から取り込んだ魔素を体内で想見を司るルーンと結び付けて放出する工程を指す。


 簡単に言えば、どれだけの魔素を一度に取り込めて、それをどれだけ無駄なくルーンと結びつけられるかが魔法の実力になるわけだ。


 この若さに加えて、魔力触媒も無い生身の状態でこれほど出来るのは流石は魔王の娘と言ったところだ。


 大きな口を叩くだけの事はある。


「よーし、それじゃあ次は俺の番だな」


 腕まくりをして、軽くストレッチを行う。


 健全な精神は健全な肉体に宿る。

 魔法の行使前に身体の緊張をほぐすのは意外と重要だ。


「あら、やるの? 今大人しく引き下がるのなら私に馴れ馴れしい口を聞いたのくらいは許してあげてもいいのよ?」


 あれを見てもまだやる気があるのかと言いたいらしい。


 自分が人間の若造に魔法で劣るわけがない。


 そんな自尊心に満ちた言葉だ。


「いや、せっかくだからやらせてもらう事にする」

「そっ、まあ精々頑張りなさい」


 もはや完全に勝った気でいるイスナを横目で見る。


 この高慢な次女には少し大人げない勝ち方をして、その高くなった鼻っ柱を折ってやる必要がありそうだ。


「それじゃあ俺はあの木だな」


 まだパチパチと爆ぜるような音を立てながら燃えている木、その隣にあるほとんど同じくらいの大きさの木を指し示す。


「ああ、了解した」


 アンナが了承したのを確認し、片方の手のひらを木に向かって突き出す。


「え? 片手?」


 イスナが戸惑いの言葉を上げるのと同時に――


 周囲の魔素を一気に取り込む。

 体内で六つのルーンを形成。

 それを元に魔素を魔力へと変換。

 そして、一気に放出。


 手のひらの前方に赤い魔法陣が展開され、そこから炎の矢が射出される。


 後は知っての通りだ。


 標的の木に刺さった七本の矢は木を炎上、爆破。

 木は下半分も残らず、跡形もなく砕け散った。


「わぁ……」

「すっご……」


 少し離れたところで手当を行っているフィーアとサンがまるで花火でも見るような目で感嘆の声を上げている。


「まあ、こんなもんだな」

「これは見事だな」


 さっきの俺を真似するように、アンナがそう言う。


「それで審判、どっちの勝ちだ?」

「ふふっ、いやフレイも存外良い性格をしているな。これでは私が審判を務める必要もなかったじゃないか」


 アンナの言う通り、形式上尋ねはしたが本来は聞くまでもない。


 矢の本数と威力だけを増やした全く同じ魔法、その優劣は比べる必要もない。


「う、嘘でしょ……。無詠唱で、片手で……私と同規模以上の……」


 イスナは呆然としながら、自分が標的にした上半分が砕け散った木と俺が標的にした全てが粉々に砕け散った木を見比べている。


 目を見開き、口をぽかんと開けたままのその間抜けな表情ではせっかくの美人が台無しだ。


「ずるよ! ずるしたに決まってるわ! 何か高純度の魔力触媒を隠し持ってるんでしょ!」


 母親は別でも姉妹は姉妹という事なのか、サンと全く同じ反応を見せてくれる。


「なら身体検査でもするか? ほら、自分で調べてみろ」


 両手を左右に開いて、好きに調べろとその身を差し出す。


 ずるをしていない事は俺が一番知っている。


 どれだけ疑ってくれても問題はない。


「くっ、ぐぬぬ……」


 俺の潔さから何もない事をすぐに理解したのか、今度は悔しそうに唸りだす。


 見下していた相手に全てにおいて上回られた。


 その事実に自尊心が大きく傷ついたようだ。


 さっきまで元気に動いていた尻尾も今は萎えて地面を擦りそうなくらいに下がっている。


 これまでは魔王の娘として配下達から大層持ち上げられてきたんだろうが、これからはそうはいかない。


 まずは自分がまだまだ未熟であること。


 そして、上には上がいると言うことを骨身にしみるくらいに理解して貰う。


「さて、アンナ。お前はどうする? 勝てば授業免除だぞ?」


 黙りこくってしまったイスナを横目に、今度はアンナを軽く挑発する。


「授業の免除というのに興味がないが……。あれを見せられて、フレイと勝負したいという気持ちが無いと言えば嘘になる」

「なら、どうする? 格闘術でも魔法でも、なんでもいいぞ?」


 発している雰囲気、その立ち振舞を見てもこの長女が一番の曲者なのは間違いない。


 先の二人と違って授業を妨害するような気は無いにせよ。

 まだ心から俺を認めていないのは同じだ。


 出来ればここで教師と生徒の関係をはっきりとさせておきたい。


「しかし、二人の児戯に付き合うような形でそれをするのはいささか主義に反する。なのでその機会はまた改めて設けさせてもらう事にしようか」


 俺の考えを見透かしたかのように、あっさりと躱されてしまう。


 そう言われては流石に仕方がない。

 これ以上の成果は欲張りというものだ。


「そうか……、それじゃあ教室に戻るぞ! 算術の続きだ!」


 まだすごいすごいと言いながら俺の魔法の痕跡を眺めているサンとフィーア。


 悔しそうにしながらも大人しく俺の指示に従って教室に戻って行くイスナ。


 アンナには上手く躱されたが、当初の目標はまあ達したと言っていいだろう。


 これであの二人も少しは大人しく授業を聞いてくれるようになるだろう。


 後はこれから三ヶ月かけて、この子達をどう成長させていくかだ。

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