第11話:ロゼとの面談
「本日、お顔を合わせてみた際の印象はいかがでしたか?」
まるで取調室のような殺風景な部屋で、机を挟んでロゼと顔を向き合わせる。
あの子達への授業が終わったら毎日こうして面談をしなければいけないらしい。
その日起こった出来事や今後の事などを話し合う場とのことだ。
「思った以上に手強そうだな」
率直な感想を述べる。
予想はしていたが、どの子も一癖や二癖ありそうな感じだった。
加えて人間と魔族という大きな障壁がある。
僅か五人の相手ではあるが、前の学院で一クラス丸々を受け持つよりも苦労しそうだ。
その後もロゼから質問を受け、答えに対して彼女が手元の書類に何かを記していくというやり取りが何度か繰り返される。
綺麗な姿勢で綺麗な文字をすらすらと書いていくその様は思わず見惚れてしまう程の上品さがある。
「それで……その報告書は誰に見せるんだ? 魔王か?」
「いえ、これは私がその日あった出来事を把握しておく為だけのものです。ご安心ください」
「なんだ、てっきりそれを偉い奴らが査定して給料や進退が決まるのかと思っていた」
「そういうものではありませんので、気兼ねなくお答えください」
と言いながら実は報告している可能性もありそうだが、前の学院と比べれば狭いこの世界で何かを隠そうと思っても限度がある。
基本的には包み隠さずに報告する事にしよう。
「それとお給金に関してですが、決められた額を払うという形ではなく。ご入用な物があればその都度おっしゃってくださればご提供させて頂くといった形になります」
「確かに、金をもらったとしてもそもそも使う場所がないからな」
衣食住が完備されているなら今のところはそれで問題ない。
「可能な限りはご用意いたしますので、こちらも気兼ねなくお申し付けください」
「可能な限り?」
「はい」
「例えばどのくらいの物まで大丈夫なんだ?」
「形あるものであれば……そうですね……。古龍種の骨髄液などでしょうか?」
「なるほど…………古龍種の骨髄液か……って、古龍種の骨髄液!?」
「はい」
ロゼはいつも通り淡々と答えているが、古龍種の骨髄液はこの世で最も価値があるとされている魔力触媒。
学院の教師時代の給料では一滴分を買うのに人生を最低十回は繰り返す必要がある程に高価な代物だ。
そんなものをこうあっさりと用意が出来ると言われるとは思わなかったので、思わず取り乱してしまう。
話の規模が一気にぶっ飛びすぎて危うく振り落とされそうになったが、ここは魔族界で教え子は魔王の娘たちだ。
そのくらいの物を用意するのは造作もないのかもしれない。
「ご入用なのでしょうか?」
「い、いや……いい。大丈夫だ……」
見てみたいし、使ってみたくもある。
だが、そんな好奇心の為に準備してもらうのは流石に気が引ける。
「では他に何か必要なものは?」
「今は特にない……かな」
座学で使うような物は既に概ね揃えられていたし、日用品も部屋に必要な物はほとんど用意されていた。
それも以前の生活で使っていた物より遥かに良い物が用意されていたので、今急ぎで必要な物は特にない。
「了解しました。それで、最後に一つ先程フレイ様がおっしゃった進退に関わるお話なのですが……」
ロゼが珍しく次の言葉を少し溜める。
「お嬢様方にはこれからちょうど三ヶ月後に試験を受けていただきます」
「試験?」
「はい、試験はハザール様の御前にて行われます」
「そこで一定の成果を見せられなかったら俺はお払い箱ってわけか」
「そういうことです。ご理解が早くて助かります」
「そういうのは慣れてるからな」
学院時代も受け持っている班の成績がそのまま俺の評価に直結していた。
と言っても平民の俺がどれだけ評価を上げても見えないガラスの天井が存在していたけどな。
「それで試験の内容は? まさかペーパーテストってわけじゃないよな?」
「はい、そのような類の物ではございません。ハザール様の前で各々の最も得意なことを披露してもらう事になります」
「得意なことね……」
つまり俺は彼女たちの長所を見つけて、それを伸ばす教育をしなければならないわけだ。
偶然ではあるが自己紹介の時にそれとなく探りを入れておいて良かった。
「その試験の結果如何で、俺の進退が決まるってわけだな」
「そうなります」
今はこうして普通に接しているが、魔族……それも魔王との契約だ。
もし大失態を晒して用済みだと判断されれば殺される可能性だってある。
人間の俺の命なんて、今ロゼが認めている紙一枚よりも軽い。
だからといって臆病風を吹かしたりはしないが、更に気合を入れなければいけないのは間違いない。
「三ヶ月か……」
教育という観点から見ればかなり短い期間だ。
しかも関係性はゼロからどころかマイナスからのスタート。
ほとんどの教師なら話を聞いた時点でさじを投げてしまいそうな話だが、俺はその難関を前にして逆にワクワクしている。
まずはあいつらに俺の存在を認めさせるために、多少の無茶をする必要がありそうだ。
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