第4話 ジャンプとマガジンとSwitch

 溜まっていたジャンプは退院後、通学再開前の自宅待機中に全部捨ててしまった。家にある一番古いものを読み返しても内容を思い出すことができなかったからだ。

「俺もマガジン捨てたよ。四十年以上間が空いたからなぁ」

「向こうに行ったばかりの頃はあんなに続きが気になったのにな」

 思わず二人で遠い目をしてしまう、その手にはSwitchのリモコンが握られていた。ゲームの類もずっと触れていなかったはずなのに、しばらく遊んでいるうちに身体が思い出したのか、すぐに馴染んできたのは不思議だった。

「しかし直尚がマガジン派だったとは。今の今まで知らなかったわ」

「そういう話をしなかったな、そういえば」

「一緒になった時はもう内容も何もすっかり忘れた後だったもんなー」

 そう言いながらキノコが乗ったゴーカートがゴールしたのを見届けて、晃はリモコンをテーブルに置いた。

「そんでさー、またなんか読もうかなってこの前、駅前の本屋に行ってみたんだけど」

「うん。待って俺まだゴールして……した」

「おつかれさん。本屋の青年誌のとこの、表紙にグラビア並んでるのがもうダメだったから諦めたわ」

「ああ、うん、わかる……服を、着て欲しいよな」

「それ。おっさん通り越してじいさんなんだよな、こっちの視点が」

 十代の若い娘、というよりもまだ子供にしか見えないような少女の薄着を見ても、そんなに身体を冷やしたらいけないだろう、もっと素敵な服をたくさん着たらいいのにと、そんな感想が真っ先に出て来てしまう。外見上は自分と変わらない年頃だと、わかってはいるのだが。

 それが良いとか悪いとかの話ではなく、それによって己がこの世界に適応できていないことを明確に理解してしまった。

 ゲームの操作を思い出すことができても、意識や認識を"あの世界"に飛ばされる前に元に戻すのは難しい。おそらく完全には無理だろうと思う。

「ああ、それで思い出した。ミサの結婚式は無事に挙げたのか?」

「ナオヒサの葬儀の半月後、だったかな。わざわざお前の墓前まで報告に行ってたぞ」

 ゲーム画面を終わらせて、片付けながら答える晃の様子を直尚は少しぼんやりとした様子で眺める。

 ミサは、村はずれの二人の家まで食材を届けてくれていた家族の末娘だった。彼女が生まれた時からその成長を見守っていたので、二人も我が子のように、とまでは言わないが、大切にしていたので結婚式にも呼ばれていた。

 決して豪華ではないが、天気にも恵まれ、村中に祝福される晴れやかな式だった。

「墓前に報告されても、わからないものはわからないんだな」

「そりゃまあ……仕方ないだろ」

 そう言って少し考えた後、気の利いた言葉も思いつかず「死んでるんだから」とそのまま事実を述べてしまう晃に、そうだなぁとぼんやりしたまま直尚が答えた。それからハッとしたように相手の肩を掴む。

「きちんと聞いてなかったけど、お前、俺が死んだ後どれくらい向こうに残ってたんだ」

「一年。身辺の整理をするにはちょうど良い期間だったよ。ああ、それこそミサに頼んだっけ。俺が死んだらナオヒサと同じ墓に入れてくれって」

 それが自分の最期の頼みになったのだと思い出して笑う晃の顔を見つめて、直尚は小さく息を詰めた。

「お前、俺のこと大好きだな」

「なんだ今頃知ったのかよ」

「いや知ってたけど……置いてって悪かった」

 それこそ仕方のない話だ。きゅっと眉根を寄せた相手を見て苦笑を浮かべながら、晃はその頬をぺちぺちと撫でる。

「俺も、待たせて悪かったな」

 目覚めた元の世界で一人きり。それはそれで心細かっただろうと思う。夢だったと断言するにはあまりにもリアルな日々の思い出を抱えて。

 今度はすぐに出会えて良かった。それだけが本当に幸いだった。

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