第14話「召喚士、辿り着く。」
「金剛晶山の空は、飛行型のゴーレムがいた。メリアを連れて行けない」
「システィナ一人なら? なんとか避けていけない?」
「わたし一人なら行けると思うけど」
「それなら大丈夫」
手の届く範囲の紙をかき集め、システィナに渡す。
突然それを突きつけられた彼女は、混乱したように私を見た。
「これは?」
「私の通り道。私がこれを信じられていれば、きっと上手くいく」
「……」
彼女は押し黙り、いつもの無表情のまま紙に目を落とした。
「これで本当にいける?」
「大丈夫」
彼女の黒い瞳をじっと見つめる。
システィナはこくんと頷いた。
彼女は少し虚空に視線を彷徨わせた跡、テーブルの上に手を向け、指先に爪を立てる。
赤い血が吹き出し、空中で形を変えてテーブルに落ちる。
それは、赤い砂時計だった。
「この砂が落ちきったら、来て。それまでに黄金宮廷に着く」
「分かった。お願い」
「うん」
赤い砂が落ち始める。
それを見て、システィナは勢いよく窓から飛び出した。
「私も頑張らないと」
両手で頬を叩く。
乾いた音とヒリヒリとした痛み。
ベッドから這い出して、システィナが買ってきてくれた服を着る。
彼女の趣味もあるのだろうか。魔界の服は、私が人間界で良く着ていたものとは少し様式が違っていた。
黒い艶なしの厚い生地だけど、全体的にゆったりとしている。裾と袖は紐で調節できるようになっていて、ベルトも回せば丁度良く体にフィットして動きやすい。
ベルトに魔導書と鍵束を掛け、リュックを背負う。
「あ、ごはん」
服の側にはパンと果物が籠に入って置かれていた。
まだ温かいパンを半分に割ると、包まれていたチーズがとろりと溶け出す。
それを落とさないように食べ、青紫色をしたリンゴのような果物を手に取る。
「……凄く毒々しい」
人間界にいたら、絶対食べない外見をしている。
でもシスティナが買ってきてくれたものだ。残すというのも悪い。
思い切って歯を立てる。
パリンとした食感は外見と同じくリンゴに似ていた。
「おいしい」
少し酸味があるけれど、殆どリンゴだ。
もしかしたらこれも、悪魔が持ち帰ってきた人間界の種が魔界で育った姿なのかもしれない。
私は三口でそれを食べ終えて、手の甲で口を拭う。
「システィナ、よろしくね」
卓上の砂時計を見る。
赤い砂がさらさらと降り積もる。
その時間は今までの何よりも長く感じた。
* * *
夜霧に覆われた町を飛翔する一つの影。
彼女は黒衣をはためかせ、矢のように空を切る。
次の瞬間、彼女の視界は切り替わる。
暗澹とした霧は刹那に消え失せ、代わりに毒々しいほどに金色の山容が現れる。
『アアアアッ』
『アア、アアアアッ』
彼女がその領域へと踏み入った途端、前方から無機質な絶叫が響き渡る。
学ばない愚かな侵入者への警告なのか、無断で立ち入る敵対者への怒りなのか、その声は確かに激しい感情を乗せていた。
「ゴーレム」
システィナが口の中で言う。
空を飛ぶ彼女の真正面に現れた。
それは金色の翅を機敏に羽ばたかせる、見たことのないゴーレムたちだった。
彼らは無数の大群となり、遠目には金色の煙のようにも見えるだろう。
システィナは眉をピクリと動かし、手に爪を立てる。
鮮血が吹き出し、彼女の周囲をぐるぐると回転する。
それは指先ほどの小さな刃となり、飛びかかるゴーレムたちを目掛けて勢いよく撃ち出された。
いかに小さいといえどもその速度からなる衝撃は甚大で、少し掠っただけでゴーレムは大きく欠損する。
彼女は次々に刃を乱射し、飛行ゴーレムの群れを打ち落とす。
「行けるかな」
そうして密度が低くなった場所を見定め、翼を大きく羽ばたかせる。
瞬時に加速し、懐深くに潜り込む。
ただでは通さないゴーレムたちが金属の体をすりあわせて隙間を減らし、その重量を活かして彼女へ襲いかかる。
「変身」
しかし、彼女は慌てない。
システィナの輪郭がぶれる。
勢いよく飛来したゴーレムは、彼女の体を捉えることなく落下する。
次の瞬間、システィナはその姿を小さな蝙蝠へと変えていた。
体積を減らし、彼女はより機敏に動き回る。
大柄なゴーレムたちの隙間を縫い、山頂を目指す。
『アアアアッ!』
『アアアッ!』
ゴーレムたちも次々に増援を呼び、彼女を捕らえようと太い腕を伸ばす。
小さな一匹の蝙蝠を追う、金色のゴーレムの大群。
彼らは細長く尾を引いて、遠方からはさながら龍のような姿にも見えた。
「あともう少し」
時間が迫っていた。
上下左右、あらゆる方向から金属の塊が襲いかかる。
時を使えば使うほど、増援は無数に現れる。
翅付きゴーレムたちは嵐のように群れを成し、縦横無尽の動きと共に乱打を繰り出し続ける。
蝙蝠となったシスティナばたばたと羽を動かし、ゴーレム立ちの僅かな隙間を間一髪の所で抜けながら頂上を目指す。
煌々と輝く月光に照らされ、山肌はぼんやりと金色に光る。
腕の隙間を掻い潜り、顔の真横を羽が掠める。
「ふっ――」
常人なら、ただの人間ならば到底耐えきれない風圧。
上昇するたびに空気は重く、彼女の背中にのし掛かる。
それに耐え、歯を食いしばり、彼女はただ上を見る。
愚直に山頂だけをめざし、彼女は疾風のように飛翔する。
やがて雲を突き抜け、一瞬の静寂が訪れる。
「もう少し」
蝗の群れのようにゴーレムたちが猛追する。
それを振り切り、彼女は山頂を覆う靄へと突っ込む。
「――ついた」
変身を解く。
黒衣の少女へと戻り、システィナは地面を転がって勢いを殺す。
黒衣が金色の砂埃で汚れるのも構わず、壮麗な宮廷へと走り込む。
「また来たか、吸血鬼」
いくつもの水晶像が立ち並ぶ、静謐とした廊下。
長い長いその最奥に、ベリトが悠々と立ち構えていた。
見上げるほど巨大な龍。
壁に掛けられた青い炎の明かりが、彼の濃緑の鱗を照らし上げる。
彼はゆったりと曲げていた首を持ち上げ、現れた闖入者を睥睨する。
少し探すように深紅の目を彷徨わせ、現れたのがシスティナ一人だと知ると彼は片眉を上げた。
「あの娘はどうした? 死んだのか?」
「死んでない。生きてる。すぐに来る」
太い牙を剥いて嘲笑する龍に、システィナは冷静さを乱さない。
彼女はじっとを見て、間髪入れずに答えた。
「どうやって来るつもりだ。この山はアレが一人で登れるほど優しくないぞ。空を飛べるほどの翼も持たず、ゴーレムを退けるほどの力も無い、矮小な小娘だ」
「これでくる」
システィナが黒衣の胸元に手を入れる。
取り出したのは、数枚の紙。
彼女はそれを無造作に床に広げた。
はらはらと舞う手帳のページ。
「――ほう」
床に落ちたそれらを、ベリトが興味深そうに見下ろす。
その紙には、ただ一つだけのシンプルな図形が描かれていた。
「メリア」
砂の最後の一粒が落ちる。
紙に描かれた図形――一重の円が眩い光を放つ。
『ありがとう、システィナ』
メリアの声が宮廷に響く。
円がぐるぐると回転する。
光は収束し、一つの門を形作る。
その扉がゆっくりと開き――
「来たわよ、ベリト」
メリアが不敵な笑みを湛えて現れた。
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