第9話「召喚士、到着する。」

「それで、この鉄塊はなんなんだろう?」


 しばらく泣き腫らして落ち着いて、私は改めて突然飛来した謎の鉄塊を見上げる。

 システィナが軽々と持ち上げて投げたそれは、私の背丈の二倍はあろうかという巨大さとそれに相応しい重量を有していた。


「見たところ、ただの鉄塊だけど……」


 コンコンと指の背で叩けば鈍い金属質な音が返ってくる。

 きっと中にもみっちりと金属が詰まっているんだろう。

 表面を見ても、所有者や所属を示す名前やマークの類は見つけられなかった。

 この鉄塊の正体も重要だけど、まず疑問なのはこれがどこからどうやって飛んできたのかということだ。


「システィナ、なにか思い当たる節はあったりする?」


 私が尋ねると、彼女はふるふると首を横に振る。

 彼女が知らないんじゃ、私が知るはずもない。


「けど、飛んできた方角は分かる」

「え、見えてたの?」


 ふん、とシスティナが頷く。

 吸血鬼ってやつは動体視力も良いらしい。ていうか私は真上に飛んできたって印象しかないんだけど。


「あっち」

「あっちって……。私たちの進行方向じゃない」


 彼女の可愛らしい指が指し示したのは、私たちが目指す金剛晶山のある方角だった。


「じゃあこれ、金剛晶山から? あ、黄金王さん?」


「分からない。とりあえず運ぶ?」

「え、運べるの?」


 返事の代わりにシスティナは鉄塊を抱えて持ち上げる。

 涼しい表情で、それを持ったままとことこと歩く。

 私は絶句してその異様な光景を見ていた。


「持ちにくい」

「でしょうね! 重いとかじゃないのもおかしいけど」


 むっと眉を寄せるシスティナ。

 彼女はおもむろに鉄塊を真上へ放り投げると、無造作に腕を振った。

 私の目では、何かが鉄塊の表面を掠めたようにしか見えなかったけれど……。


「ぴえ……」


 バラバラと鉄塊が崩れる。

 大小様々な塊となってシスティナの周囲に落ちる。

 その切り口は滑らかで、鏡のように光を反射していた。


「あれ、これ中身……」


 そこで私は気付く。

 表面数十センチくらいは黒い鉄の層だけど、その奥は色が違う。

 キラキラと輝く金色。というより、これは。


「金じゃん!」

「ほんとだ。少し重いと思ったら」


 鉄塊の中身はぎっちりと詰まった金だった。

 軽く調べてみると、それが純粋な金塊だと判明する。


「これやっぱり黄金王の仕業なんじゃない?」

「可能性は高い」

「じゃ、どうする?」

「返しにいこ」

「返すんだ……」


 文字通り宝の山。バラバラにされた欠片一つ持ち帰るだけでもかなりの値段が付きそうだ。

 懐に入れたい衝動に駆られるけど、生憎私の懐はそんなに広くなかった。

 ていうか、バラバラにしてしまうと余計に運びにくいと思うんだけど。


「準備できた」

「へ? はっ!?」


 とんとんと背中を叩かれて振り返る。

 そこには、血を細くロープのようにしてバラバラの鉄塊をつなげたシスティナが立っていた。


「こっちの方が運びやすい」

「血の魔法、そんな風に使って良いの?」

「別にルールはないよ?」


 額に手を当てて天を仰ぐ。

 なんというか、この理不尽な感情が形容できない。


「じゃ、行くよ」


 そう言ってシスティナが歩き出す。

 ずるずると引きずられる鉄塊金塊たちが、哀れな家畜のように見えた。

 私は強化魔法をかけ直すと、彼女の後に続いて歩く。 私たちが次の町に着いたのは、夜霧が背後に迫る夕暮れのことだった。


「あそこ、ロゼトニエル。金剛晶山と夜霧荒野の間の町」


 薄暗くなってきた荒野で、システィナが前方を指し示す。

 青い炎の町明かりがぼんやりと影を浮かび上がらせる。

 そこは、レストニエルと同じく強固な外壁に覆われた町だった。

 外観はよく似ているけれど、その大きさは全然違う。


「あれが普通の都市の大きさ?」

「うん。レストニエルが特別大きい」


 改めて、今朝発った町が大都市であることを実感した。

 ロゼトニエルは大体、レストニエルの半分にも満たない程度の大きさらしい。

 門に殺到する悪魔の数もそれほど多くなく、乱闘もそこまで激しくは――


「うぉぉぉ!」

「どけっ、どけっ!」

「俺が先だぁあ!」


 そこまで、まあまあ、うん酷い。


「どうやって中に入る?」


 私はシスティナが引きずる鉄の列を見て言う。

 これをぶら下げて飛ぶのは、少々目立つのではなかろうか。


「投げ入れてから、追いかける」

「へ?」

「ちょっと離れて」


 首を傾げる私を押しやって、システィナは鉄を縛る血のロープの先端を握る。


「ふっ」


 ぐわん、とそれが大きく回転する。

 小さなシスティナを軸にして、ハンマー投げのようにぐるぐると回り、


「はっ」


 町の方向へと飛んでいく。

 その重量からなる遠心力を余すことなく推進力へと変えて、それは軽々とロゼトニエルの高い外壁を越えていった。


「え、ちょ!? これ中の町大丈夫なの?」

「……あ」

「今あって言った!!」


 慌てて私を抱えてシスティナが飛ぶ。

 どれだけの力で投げたのか、ロープで繋がる鉄塊はまだ滞空している。

 それを追いかけ追いつき、地面に落下する前にシスティナが握る。


「ぴぃぃぃっ!」


 ぎゅるぎゅると視界が転がる。

 石造りの町並みに落ちていく。


「し、システィナ! あそこの空き地!」

「見えた」


 必死になって探し出した、人気のない場所。

 そこにめがけてシスティナが進路を補正する。

 隕石が落ちたような衝撃ともうもうと吹き上がる土埃。

 私たちはなんとか、怪我人を出さずに町の中へと侵入を果たした。


「……これ、どうする?」


 広場の石畳をたたき割り、瓦礫に埋もれて鉄と金の塊が鎮座していた。

 これを持ち歩くというのは少々非現実的だ。


「ここに置いてく?」

「それ一瞬で盗まれない?」


 ちらりと広場の外を見る。

 建物の影に隠れて入るけれど、騒動を聞きつけて悪魔たちがやってきてる。

 彼らが金の塊があると知って大人しくしているはずもないだろう。


「名前書いとけば大丈夫」

「そんなので大丈夫なの!?」


 システィナが鉄塊に爪を立てる。

 ギリギリと音を立てて鉄塊にシスティナの名前が刻まれる。

 鉄を抉れる爪の硬度が信じられない。

 悪魔的にも凄いことなのか、集まってきた人たちの目にも驚愕が浮かんでいた。


「システィナ!?」「あのシスティナなのか?」「あれがシスティナ……」「始祖の一人」「最強の」


 にわかに群衆がざわめき出す。

 悪魔たちに恐れられるほど、彼女の名前は広まっているのか。


「システィナ、有名人だったんだね」

「何年も生きてると自然とそうなる」


 彼女は一つ一つに名前を書きながら、そういった。

 この様子なら、盗難の可能性もないだろう。

 金は確かに貴重だけれど、自分の命のほうが大切だということを、悪魔も十分理解しているはずだ。


「これでよし」


 全てに名前を書き終え、満足げにシスティナが立ち上がる。


「それじゃあ、ごはん食べよう」


 きゅるるる、と盛大に腹の虫が泣き叫ぶ。

 町に着いたことで安心して緊張の糸が切れたらしい。

 思わず顔を赤くして俯くと、システィナが穏やかな笑みを浮かべた。

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