第15話 学園生活⑧

「はぁ、はぁ、はぁ……、ッ」

「はぁ、ハッ……。先に止まったのは、お前だったな……」


 激しい攻防の中、先に手を止めたのはシグルドだった。

 肩を上下させて息を荒くし、瞳に映る戦意にも、疲労の色が浮かんでいる。それでも決して俺から視線を話すことなく睨み続けているが、先ほどまでとは打って変わって弱々しい。

 大盾こそ構えているものの、距離を開けていて、その右手の剣は切っ先を下に向けている。

 肉体的な疲労は我慢できても、精神的な疲労は顕著に肉体に影響を示す。

 俺と互角の攻防を繰り広げ、長々と切り結び続けたのだ。気力は当然削り続けられていたのだろう。何しろ一瞬の油断も許されないのだから。

 そして結果はご覧の通り、先にシグルドが削り切られてしまった。それでも盾を構え続けているのは称賛に値するだろう。

 俺は試合を終わらせるため、刀を持ち上げると、シグルドは深く構え直す。だが最早、先ほどまでの攻防を成すほどの気力は残っていないだろう。

 地面を踏み砕く勢いで、深く踏み込んで飛び出す。刀は水平に構え、鋒は軽く外側に向ける。

 肺が破裂する勢いで深く息を吸い、左手を柄に添える。手首を捻り、斜めに落とし、下段からの大きな切り上げ動作。

 シグルドは、渾身の盾で受け止めるも、その一撃の重さは凄まじい。衝撃は流れ、盾を上へと弾き飛ばす。

 苦悶と驚愕の入り混じる表情を浮かべたシグルドを横目に、俺は腰を捻って回転。

 波のように滑らかに、流水の如くしなやかに——かつて、その秘剣・・・・を教わったときのレアの言葉が、脳裏にフラッシュバックする。

 その実力に敬意を示し、この一撃を捧げよう——!


「壱ノ秘剣——荒月あらつきうんうてな


 先代の剣聖たるレアの誇る十の《秘剣》。その最初の一つ、《荒月・雲霞の台》。

 流々と流れる雲霞の如きしなやかな斬撃が、シグルドの全身を切り裂いた。


     ——————————


 斬撃が、恐ろしく早くて重い斬撃が、流れるように食らいついてくる。

 僕の自慢の鎧すら易々と切り裂くその切れ味を、僕は初めて目の当たりにした。

 噂に聞きし先代剣聖の《秘剣》。かなり浅く切り裂いているが、その剣の術技たるや。あんなもの、人の使う技ではないだろうに。

 これが七星剣の力なのか。およそ力量差が計り知れない。

 そして、その人外の技を放った男は、その白銀の刀身を既に手放していた。最早用はない、ということなのだろう。


 なんと恐ろしいことか。

 そして、なんと素晴らしいことか。


 七星剣の力なんて、最早お伽話の領域だ。うちの家の人たちは、アークヴィレムの人間たちの多くは、彼らの力を見たことがない。だからこそ、血統が全て、などと世迷言を吐けるのだ。

 父さんの言葉を思い出す。現アークヴィレム公爵は、よく僕に話してくれた。


 ——その術技は、およそ人間の領域を超えていて。

 ——その膂力は、龍の如く計り知れなくて。

 ——そしてその気高さは、比べるものもないほど美しい。


 十年ほど昔に起きた、とある戦争にて彼らを直接見た父さんは、彼らのことを盲信的に褒めちぎっていた。

 本物の七星剣は——気高さだけは理解できないが——父の言う通りだった。

 そして、先代剣聖の技を継承した、眼前の男。当代の剣聖だって、これほどの力は持たないだろう。

 それよりも、彼は一体、どこであれ程の精神力を身につけたのだろう。僕ですらあれほど疲弊する攻防の中で、彼は一切乱れることなく全てを捌き、そして見事に耐え抜いた。

 まるで、これ以上の戦いを経験してきたかのような、そんな気すら浮かんでくる。


 力の全容の見えない彼に、僕は初めて、嫉妬と羨望を覚えた。


 幸いにも、彼と僕は同じ学園の生徒だ。

 絶対に、彼の強さを暴いて見せる。そして得て見せる。

 そう深く決意し、僕は意識を手放した。

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