第11話 学園生活④

 何故そんなことになるのか、俺はさっぱり見当もつかなかった。

 何故俺に模擬戦の相手をさせるのか。それなら自分でやればいいだろう。その方が、生徒の実力も分かりやすいし、何より怒られることもない。

 何を考えているのか、理解できずに俺は、堪らずレアに抗議する。


「おい、おかしいぞ。何で俺が相手をしなけりゃならないんだ。大体、今日ここに来たのはお前の機嫌を損ねないためだ。授業を受ける必要はない」


 俺の考えに、レアは首を横に振って拒絶。何が言いたい?


「お前がそう言うと思ったから、こっちもそう指示を出したんだ。お前を授業に参加させるためにな」

「だとしても、なぜ模擬戦なんだ。実力を図りたいなら、自分で剣を合わせて知ればいいだろう」


 俺の言葉は何も間違っていない。

 確かに、今ならあの指示ならば、俺はこの授業に参加することになる。

 だがそれはあまりにも非効率だ。彼女自身が剣を取ってしまえば、効率は圧倒的に良くなるはずなのに。

 それに対し、またもレアは拒絶。


「だって私、相手の実力を測るとかそういうこと出来ないから」

「……チッ。そうだったな。お前は『斬り合う剣』じゃなくて『斬り捨てる剣』だったな……」


 思わずため息が出てしまう。

 彼女は、自身がとても強いことを理解している。しかし彼女は、自分の弱さを理解していないのだ。

 元々天才肌で、努力などほとんどしてこなくても《剣聖》に成り上がってしまった彼女は、自分より弱い存在への理解がないのである。

 加えて彼女は、相手より先に斬るという戦法を取るので、更に弱者への理解は薄い。教鞭を取るべきではない人間ランクナンバーワンをキープし続けそうだ。

 おっとレア、音もなく《心器》を抜こうとするな、危ないだろう。

 

 まあ、それはともかく。


「レア、できないのはあくまでもお前の実力不足が原因だろう。それの尻拭いを俺にさせようとするな」

「尻拭いではない! ……まあいい。そんなことより、言われたことくらいはしろよ」

「あそこまで言われて一切意に介さずとか、相変わらずどんなメンタルしてるだ……」


 相変わらずの様子の彼女に呆れてしまう。

 彼女の辞書に、反省なんて言葉はない。それどころか、同じ失態をさらに酷くしてもう一度起こすようなタイプ。

 結局のところ、誰かが歯止め役にならないと、いつまでもいつまでも悪いことを起こすようなタイプである。度し難い。


 まあ、幾ら長々と続けていても、この時間が何かの役に立つ、意味のあるものにはなり得ないことも重々承知している。

 加えて、この日常会話は俺たちの関係性を詮索するものの量産に繋がりかねない。

 この辺りで切り上げるのが、賢明な判断か。


「まあいいさ。仕方ないし、いつまでも待たされているこいつらも可愛そうだから、特別にその話は受けてやる」

「最初からそう言え。よし、順番は——」

「ただし、四人までだ」

「!?」


 俺の言葉に、即座に凍りつくレア。

 したり顔を向けてやる——踏み込み始めているように見えるのは俺の気のせいだ。


「そこは譲渡しない。加えて、全責任はお前が持て。そのくらいなら許してやる」

「……お前、何だかエレノアに似てきたな」

「褒め言葉としては受け取っておこう」


 そこで俺は言葉を切り、その場を離れる。あとのことは、レアが円滑に進めるべき事案だ。

 彼女は俺がそれ以上口を出す気がないと判断すると、生徒たちに向き直った。


「さて。今の話の通りだ。この中から、最大四人まで、アイツと戦ってもらう。最初は立候補にしたいんだが……、いるか?」


 そこまでいった途端に、その場の全員が手を上げる。


「かの有名な《剣聖》の前で戦えるなんて……」「自分を売り込むチャンスじゃない!」「やってやるぜ……」「しかも相手はあの謎の男だ……」「楽勝っしょ!」


 ……分かってはいた。

 俺はこいつらの前では、絶対に本気は出す気はない。相手取るほどの器でもないし、なによりも薄汚い。

 そんな奴らの前で《秘剣》を使おうものは、それこそ彼女の剣技への冒涜になる。そんなことは断じて許されない。

 こいつら相手なら、全く戦う気にならない。それをする必要性が皆無だからだ。

 案の定、俺の考えを読める、というか理解しているレアは、こいつらの反応に戸惑っていた。

 キチンと実力差を理解できない奴らへの蔑みか、はたまた彼女の我が儘か。

 ……仕方ない。口を出すか。


「まずはボルト、お前から来い。同日のよしみだ。相手してやる」

「! お、応! やってやるぜ!」

「あとは好きなように成績上位者で固めればいい。そこはお前に任せるぞ。レア」

「分かった。そこからは私がやろう」


 俺はその言葉に頷くと、スタスタと持ち場に向かう。ボルトは満足気に移動している。


 さて。


 何年ぶりだろうか。殺し合い以外での対人戦など。

 決闘などは一切しないので、こんな機会ほとんどなかった。

 まして対人戦など、ほとんどした覚えがない。数少ない例外は、盗賊団の掃討くらいか。


 俺たちは、互いに距離を離して向かい合う。

 既に戦闘は始まっている。武器を抜き、如何様に動くのかまで。

 あらゆる可能性に頭を走らせ、俺の脳内は加速する。

 他の取り巻きは全員結界外に移動。

 このフィールドには、周囲の他の領域に、戦いの余波の影響を与えないよう、しっかりと防御結界が展開されるのだ。

 審判はレア。一見すると危なそうに見えるのだが、流石にこう言う場面はしっかりしている。


「ルールは一対一のシングルマッチだ。それでいいな?」

「ああ」「構わないぜ」


 レアの確認に、俺たちも頷く。

 そして、レアが叫んだ。


「両者、抜剣!」


 開戦の合図を——!!


「突き穿て——、《ひゃくそうかん》!!」

「喰らい尽くせ——、《月影》」


 互いの《心器》の顕現と同時に、戦闘の火蓋は切って落とされる——!

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